『白銀の翼』VS『歌う嵐の獣人女王』

「さあさあさあ、こちらへ」


 ジーナさんは、うきうきした声で、わたしたちを案内する。

 孤児院の建物の裏に、整地された空き地があった。

 そこが錬技場として使われているようだ。


「それでは、アマンダさん、アナベルさん、どちらからでも、どうぞ」


 ジーナさんは、錬技場のまんなかに立つと、すらりと魔剣をぬきはなち、両腕をひろげて


「さあ、どこからでも、こい!」


 と叫んだ。


「うーん、いいね、スタイルだねえ、ぼくは好きだなあ」


 ジーナさんの構えを見て、アンバランサー・ユウが感想をのべるが、なにをいっているのか、わたしにはさっぱりわからない。


「ライラさま、あれはいったいどういう意味なんですか?」

「ああ、ユウさんのいうことは、よくわからないことばかりですから。いつものことです。無視してください」


 ライラさんが、あっさり言う。


「では、わたしから……」


 これも剣を抜いたアマンダが、すっと前に出る。


「参る!」


 と叫ぶや否や、アマンダは電光の速さで距離をつめ


「やああっ!!」


 袈裟懸けに剣をふるった。


「あっ、アマンダ!」


 わたしは思わずうなった。

 渾身の一撃だ。

 アマンダは、いきなり、遠慮なし、躊躇なし、全力で斬りすてにかかっている。

 並の相手なら、このひと振りで致命傷だ。

 しかし


「おっとぉ」


 ジーナさんは、紙一重でアマンダの必殺の剣を躱す。

 アマンダの剣が、ジーナさんの前髪に、かすかにふれて、一筋、切られた髪が舞った。

 その動体視力。見切りの鋭さ。

 ためらいなく真剣で斬りつけるわたしの仲間もすごいが、それをあっさりかわすこの人もすごい。


「むうっ?! やああっ!」


 かわされたアマンダの剣は、そのまま速度を緩めずに反転し、逆方向からジーナさんに襲い掛かる。


「ほいっ!」


 ジーナさんは、わずかに体をひねって、これもかわした。


「くそっ!」


 アマンダが、斬撃を神速で次々に打ち込んでいくが、ジーナさんはそれをことごとくかわしていく。驚くべき反射神経と体捌きだ。

 剣を振り続けるアマンダの額から、ぽたぽたと汗が滴る。


「やあっ!」


 ガイン!!


 はじめてジーナさんが剣をふるうと、それはアマンダの剣の背を打ちつけ、


「ああっ!」


 アマンダの手から剣が弾き飛ばされた。


「次はわたしが!」


 と、間髪を入れず、アナベルがとびかかる。


「あれ? ああ、そうか……左利きで」


 アナベルの太刀筋は、アマンダとは逆なため、ジーナさんも一瞬戸惑ったようだが、すぐに適応して、必死に振るうアナベルの剣を、すいすいとかわしていく。

 アナベルも汗だくになっているが、ジーナさんはまだ汗一つかいていない。

 おそるべき手練れと体力だ。

 やがて、がっくりとアナベルが膝をつく。

 肩で息をしている。


「次は、お二人同時でも構いませんよ。たぶん……それがもともとの、お二人の戦い方なんですよね?」


 と、ジーナさんが言う。


「なかなかやるなあ、ジーナ」


 と、アンバランサー・ユウさま。


「うーん、でも、まだまだねえ。どうも、身体能力に頼ってしまって、動きに無駄が多いわね」


 と、ルシアさま。

 なかよく並んで、見物している。

 いつのまにか、二人は、さっきのジーヴァ茶のカップまで手にしているのだった。


「あっ、ケイトリンさんも、もう一杯いかがです?」


 アンバランサーさまが、緊張感のない声で、わたしに聴いてくる。


「ユウさん、あたしにもください!」


 とライラさんが横からいい、


「あっ……はい、いただきます」


 と、手に汗握る戦いに、のどが渇いてしまった、わたしも答えた。

 とたんに、わたしたちの手元に、ふっとカップが現れた。

 カップの中の、漆黒のジーヴァ茶は、淹れたてで湯気を立てている。

 いったいこれはどうなっているのか。どこから現れたのか?


 やがて、息を整えたアナベルが立ち上がる。

 少し離れたところに待機するアマンダに目配せをし、うなずくと


「「いやああああああっ!!」」


 二人は裂ぱくの気合とともに、同時に切りかかった!


「おっとっとっと」


 アマンダとアナベルの攻撃は、言葉に出さずとも完璧に連携が取れ、片方の剣を避けると、その避けたほうにもう一人の剣がまちかまえている。

 さすがに、体捌きだけでこれをかわすのは難しく、ジーナさんも、剣で攻撃を払うことがふえてきた。


「まだまだっ!」


 白銀の翼の、怒涛の攻撃が続く。


「はっ、やっ、ほっ」


 それでも、ジーナさんはかわし続けるが……


「うーん……ジーナは素直すぎるわね、あれはわかってないなあ」


 ルシアさまがつぶやく。

 そうなのだ。

 アマンダとアナベルは、その攻撃で、かわし続けるジーナさんを徐々に追いつめて、計画的に逃げ場をふさいでいるのだ。

 最後の、決定的な攻撃に備えて。

 そして、そのタイミングがとうとうやってきた。


「「いぇええええええええい!!!!」」


 ジーナさんの態勢が崩れるその瞬間、アマンダとアナベルの刃が、同時に別方向から、どのように動いても避けられない角度で、ジーナさんに襲いかかる!


「うわっ?!」


 さすがにこれは逃れられないだろう、そう思った。

 その瞬間、ジーナさんの目が黄金に光り、瞳孔が全開になって、


「オオオオオオオオ!!」


 魔剣イリニスティスが吠えた!

 暗殺者アサシンである、このわたしの目にもまったく把握できない速度で、ジーナさんとその剣イリニスティスが閃光のように回転し、


 バキィイイイインッ!


「「ああっ!」」


 アマンダとアナベル、二人の剣が、二本とも真ん中からへし折られ、折れた切っ先がくるくると回転して、


 ザクリ!


 地面に突き立った。


「ふうぅ……あぶなかったあ」


 ジーナさんが言う。


「ジーナ、あなた、まだ考えなしに動くのが直ってないようねえ」


 ルシアさまが、ぴしりという。


「てへへ……」


 ジーナさんは頭をかく。


「「剣が……」」


 アマンダとアナベルは、折れた剣に、呆然としている。

 わたしから見ても、最高の攻撃だったのだが、あれをはねのけられてしまうとは。

 完敗だ。


「ああ、折れちゃったね。それじゃ困るでしょ、ちょっと貸してもらっていいかな?」


 そこに、アンバランサー・ユウさまが、すたすたと近づいていき、地面に刺さっている切っ先をひろいあげた。そして、二人から、手元にのこった剣の部分を受け取る。


「これをこうして、こうすれば……」

「「ええっ?」」


 アンバランサーさまの手元が一瞬光ったかと思うと、そこには元通りの……いや、なんだか元の剣よりも、より神々こうごうしく輝く、完全な剣が現れた。


「……つ、つながっちゃった?!」

「はい、どうぞ」


 驚く二人に、アンバランサーは剣を手渡す。

 折れたはずの剣には、つなぎ目一つなく、そしてこれまでの戦いでついてしまった傷も、刃こぼれも、一切が無くなっていた。ぴかぴかで、まるでうちたての剣のようだ。美しい刃文が、輝いている。


「ついでに、ちょっと、調整してみた。アマンダさん、この草を軽く切ってみて、こんなふうに」


 アンバランサーは、そこに生えている一本の野草をしめし、水平に手を動かした。


「は……はい」


 アマンダが、すっと剣を横に振った。


「「「えええっ?!」」」


 アマンダ、アナベル、そしてわたしは驚愕の声を上げた。

 いちばん驚いたのは、剣を実際に振った、アマンダだろう。

 なんの抵抗もなく、垂直に立つ草の茎を、剣が通り抜けていった。

 まるで、実体のない、幻の剣のようだった。

 剣が通り過ぎた後も、草はそのまま立っていたが、吹いた風に揺られたとたん、切断された部分から上が、ポトリと倒れて落ちた!


「この切れ味って……いったい……これは、この世のものとは思えませんが……」


 アマンダは呆然としている。


「うん、ちょっと刃のふちの原子配列を加工したからね、単分子の刃だから、なんでも切れちゃうよー」


 アンバランサーさまは、またよくわからないことを、何事もないかのように言った。


「あ、でも、切れ味は持ち手の意思に反応するようにしてあるから、アマンダさんが切ろうと思わなければ切れないから安心してね。うっかり、手とか切ったらいやだもんね」


 いや、そういう問題だろうか……。

 ひょっとして、この二本の剣は、たった今、この世界に唯一(唯二つ、か)の、神話級の宝剣アーティファクトに生まれ変わってしまったのではないだろうか?

 わたしたちはあっけにとられていたが、そのうちに、わたしは、はっと気が付いて、アンバランサー・ユウさまに、あせって声をかけた。


「あの! ユウさま!」

「はい?」

「あの、もしよろしかったら、あの!!」

「ええと?」

「できれば! わたしの暗器!」

「はあ」

「わたしの暗器! にも! ユウさまのその『調整』を!! だめですか?! だめですか?!」

「あ、はい、かまいませんよ」

「やった!!!」


 というわけで、わたしの愛用の暗器もまた、このときから、とんでもない代物に変わったのだった。

 わたしが、アンバランサーさまに暗器を調整してもらっている横では、アマンダとアナベルが、ルシアさまからアドバイスを受けていた。


「アマンダさん、あなたは剣をふるうときに、左手をもう少し絞ったほうがいいと思うわ」

「はい!」

「アナベルさん、あなたは、右足のつま先の向きを、もう少しひらくと動きが速くなるはず」

「はい!」

「先生、あたしは? あたしはどうすればいいですか、あたしにも、ちゃちゃっと教えてください!」

「ジーナ……あなたはねえ……あなたはねえ、これはどうしたものかしらねえ」

「ええー? 先生ぃー?」

「ジーナ、あんたねえ……」


 ライラさんがあきれた声をだす。

 アンバランサーさまは、わたしの暗器を『調整』しながら、クスリと笑うのだった。



「本当に、ありがとうございました」


 わたしたちは、深くお礼を言って、孤児院を後にする。


「宝探し! あたしも行きたいなあ……」


 と残念そうなジーナさん。


「エミリアのことを、くれぐれもよろしくお願いしますね」


 ライラさんは、最後まで、そういっていた。

 そうして、わたしたち『白銀の翼』は、エミリア、あなたに会いに来たのよ。


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