「白銀の翼」の懇願と、ジーナの提案

 ルシアさまを前に、わたしたちはあらためて自己紹介をした。


「……そして、今、ここにはおりませんが、魔導師のオリザを加えて、四人が『白銀の翼』です」

「あなたたち『白銀の翼』の活躍ぶりは、わたしも耳にしてますよ。ずいぶん、がんばっておられるようね」


 ルシアさまが、わたしたちを順にみて、にこやか言う。


「「「いえいえ!」」」


 わたしたちは恐縮してしまった。


「さて、それで、わざわざここまで訪ねてきてくださったのは」

「はい、実は……」


 と、緊張した声で、アマンダが切り出した。


「まことにぶしつけなお願いで、心苦しいのですが――魔導師ライラさんに、わたしたちのクエストに同行していただけないかと……」

「あたし?!」

「ライラが?」


 ライラさんとジーナさんが、びっくりした顔で言った。


「それは……さしせまった事情があるのね?」


 ルシアさまが聞いてくる。


「はい……」


 アマンダが言う。


「わたしたちは、五芒星城塞ペンタゴーノンに行かねばなりません」

「ふうむ……ということは、隠し部屋の探索ね」


 ルシアさまが、すぐに言った。


「となると、強力な解呪の魔法を使える魔導師が必要……」


 わたしたちは、はっとルシアさまを見た。


「ご存知でしたか?」


 ルシアさまはうなずく。


「解呪ができなければ、隠し部屋にはたどりつけないし、その中にあるにもおそらく、かなり危険なのろいが……」

「どうしてそれを?」

「昔……ずいぶん前に、ある冒険者のパーティーが、そこで全滅したのだけれど、最後まで命を保っていた暗殺者アサシンが書き残したという遺書を読んだわ」

「そうなんですね……」

「彼らは、なまじ実力があるばかりに、ランクの低いものたちなら気づかないで通りすぎる、危険な場所にふみこんでしまった。そして、なにより決定的な敗因は、解呪の魔法を使える者がいなかったこと……」


 ルシアさまは、わたしたちに確認した。


「あなたたちの魔導師、オリザさんが行けないのね」

「はい……」


 アマンダは無念そうな顔で


「訳あって……それも、クエストを『白銀の翼』が受任してしまった後になって、そんなことに」

「それはお困りでしょう」

「はい。困り果ててしまいました。解呪ができる代わりの魔導師もいまだ見つからず、クエストの期限も迫り、それで、せっばつまって……」

「事情は、よく分かりました」


 ルシアさまが言う。


「では?」


 わたしたちは期待をこめて、ルシアさまの言葉を待った。

 しかし、


「それが……」


 ルシアさまは、顔を曇らせた。

 すまなそうに言う。


「わたしたちも、ほどなく旅立たなくてはいけないの。四人で、全力でかからなければならないことがあって、申し訳ないけど、今、ライラを、あなたたちと行かせることはできないのよ……」

「ああ……そうなんですか……」


 アマンダの声には、失望が隠せなかった。

 この、とんでもない人たちが全力で挑まなければならない試練とは、いったいどんなものなのか。

 おそらくそれは、この世界の存亡にかかわるような重大な事案にちがいなかった。

 それがわかるから、わたしたちには、それ以上の無理は言えなかった。

 しかし、となると、わたしたち『白銀の翼』は、これで万事休すだ…。

 ここが、最後の頼みの綱だったのだから。

 まったく面識のない、この高名な方たちに、いきなり頼み事をするほど、おいこまれていたのだ。

 断られて、全員が暗い顔になっていると、


「あっ、そういえばさあ」


 と、ジーナさんが言った。


「ライラ、あんた、解呪の魔法をあの子に教えてたでしょ」

「あ」


 ライラさんが


「エミリア?」

「そう、あんたの一番弟子よ」

「一番弟子かどうかはさておき……まあ、たしかに教えたけど」

「使えるようになったんだよね?」

「うん……まあ、なんとか、中級までは」

「あの子にいってもらったらどうなの?」


 ライラさんは、なぜか、考えこむ様子だった。


「エミリアね……うーん、それは、どうなのかなあ」

「あの……」


 アマンダが聞く。


「その、エミリアという人も、魔導師なんですか?」

「ええ、まあ……」

「聞いたことある? 『暁の刃』っていうパーティのメンバーだよ」


 とジーナさん。

 『暁の刃』……なにかどこかで聞き覚えがあるような気もした。

 あれは……たしか、王立古代遺跡院の「絶望の湖」調査に参加し、生還した冒険者パーティではなかったか。


「では、ライラさんの指導で、そのエミリアさんも解呪の魔法が使えると」

「そうだよ!」


 わたしたちは、一条の光明を見いだしたような気持ちになり、


「その、エミリアさんにお願いするのはどうでしょうか?」


 と、ライラさんに聞いた。


「それがいいよ、たぶん、『暁の刃』はヒマだと思うな」


 ジーナさんも賛成する。


「うーん……どうかなあ」

「なによライラ、煮え切らないわねえ」

「だって、『暁の刃』だよ。大丈夫かなあ」


 ライラさんは不安げだ。


「あの……なにか、問題があるんですか?」


 ライラさんが、わたしたちに言う。


「たしかに、エミリアには解呪の魔法を教えました。それなりに使えるとは思います。ただ、正直言って、あの子の実力はまだまだです。みなさんとは、比べものになりません。いろいろと心配なんです」

「ライラ……」


 ジーナさんが茶化すように言った。


「あんた、ずいぶん立派なことを言うようになったわねえ……」


 ライラさんは、真面目な顔で、


「当たり前でしょ、師匠として責任があります。ルシア先生の話では、全滅したパーティもあるのよ。この『白銀の翼』のみなさんは実力者揃いだけど、それでもエミリアには荷が重いのでは……」

「でもあいつら悪運強いよ。いままでだって、かならず生き残って来たじゃん」

「でもなあ……」


 アマンダが、真剣な声で言う。


「わたしたち『白銀の翼』が、全力を挙げて、エミリアさんを護ります。例えわたしたちが命を落とすようなことがあっても、エミリアさんには生還してもらいます……ですから」

「うーん……」


 と、そのとき。


「エミリアさまを行かせても、大丈夫でございます」


 突然、部屋の隅から声がした。


「うわっ、出た!」


 ジーナさんがびっくりして言った。

 わたしも、驚愕した。

 部屋の隅に、いつのまにか見知らぬ小柄な男が立っていたのだった。


(この男、いつのまに?!)


 この人物の接近に、暗殺者アサシンである、このわたしが、まったく気づくことができなかったのだ。

 アマンダ、アナベルも、男が声を発するまでその存在を感じとれなかったことは同様だ。

 不意をつかれ、衝撃を受けている。

 どうやって、ここに現れたのか?

 扉は、いちども開かなかった。

 男から魔力は全く感じない。魔法では無い。

 そして、驚くべきことに、今も、そこにいるのに、この男には、まったく存在の気配が無かった。

 不気味な人物だった。

 いや、はたして人間なのか?

 年齢も、種族もはっきりせず、その顔かたちも、目をそらすとたちまちあいまいになる。

 もしこの男が暗殺者だったら、その手から逃れられるものは、この世界には一人もいないだろう。とんでもなく恐ろしい存在だった。


「ああ、ゴッセンさん……いつも驚かしてくれるなあ、もうー」


 ジーナさんが気安く言う。

 ルシアさまもにこにこしている。

 彼女らには、なじみの人間のようだった。

 その男は、わたしたちに向かって一礼すると


「『白銀の翼』のみなさま、お初にお目にかかります。わたくしは、ゴッセンと申します。『司るもの』に仕える『時の監視者』です」


 『時の監視者』?

 わけがわからない。

 この、孤児院ドムス・アクアリスは、いったいどうなっているのか。

 ルシアさまをはじめ、アンバランサー・ユウ、ライラさん、ジーナさん。規格外れの人たち。

 そしてこの男、ゴッセン。

 驚かされることばかりだ。

 ゴッセンという男は、


「ライラさま、ご安心下さい。問題ありません」

「ゴッセンさん、そうなんですか? まだエミリアは……」


 ゴッセンは、納得いかないライラさんに、にこりとしてうけあった。


「エミリアさまは、大丈夫です。大丈夫ではないといえばいえるのですが、ライラさまの心配なさるようなことにはなりませんよ」

「またあ、ゴッセンさん、その言い方、あいかわらずだねえ」


 と、ジーナさんが、ゴッセンをつつく。

 なんというか……その度胸はすごい。

 ゴッセンは、そんなジーナさんに気分を悪くする様子も無く


「なにしろ、彼女には、『暁の刃』のみなさまが……アーネストさまがついていらっしゃいますので」

「ええ? あの連中が? どういうこと? エミリアより頼りないのに」


 ライラさんは首をひねったが


「うん……まあ、でも、ゴッセンさんが大丈夫って言うのなら大丈夫ってことね」


 と、安心した声をだした。


「そうね、ゴッセンがそういうなら、そうなのでしょう。ゴッセン、あなたには、なにかいるのね」


 ルシアさまも言う。

 この、正体不明のゴッセンという人物は、ずいぶん信頼されているようだ。


「……わかりました」


 ライラさんが、わたしたちに言った。


「エミリアを誘ってみてください。でも、エミリア自身がどう言うか……彼女の意志を尊重してあげてくださいね。そこは、お願いします」


 そういって、ライラさんは頭を下げた。


「良かったね!」


 ジーナさんがうれしそうに言った。


「さあ、話がまとまったところで、アマンダさん、アナベルさん、さっそくやりましょう! こちらへどうぞ!」


 目を輝かせて、二人を手合わせに誘うのだった。


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