孤児院ドムス・アクアリス

「わたしたちは、ルシアさまのところに、お願いに行ったんだ」


 と、ケイトリンさんがそのときの経緯を話してくれた。


__________________


 わたしたち、わたしとアマンダ、アナベルの三人は、ルシアさまに会うために、孤児院ドムス・アクアリスを訪れた。

 伝説の冒険者、「麗しの雷の女帝」ルシア・ザイクさまが、その孤児院の院長だということ、そのルシアさまとともに、この世界を救うような活躍をした冒険者パーティ「雷の女帝のしもべ」の構成員である、アンバランサー・ユウ、「歌う獣人女王」ジーナさん、「紅の蜘蛛と蛇の魔導師」ライラさんの三人が、孤児院でいっしょに暮らしていることは、知らない者はないからね。

 わたしたちは、緊張しながら、丘の上にある孤児院の門までたどりついた。

 おりよく、ルシアさまご自身が孤児院の庭で、こどもたちに読み書きを教えているところだったよ。

こどもたちは、草の上に、ルシアさまをとりかこむように座って、膝の上に石板をおいて、石墨でいっしょうけんめい文字を書いていた。

 ルシアさまは、その様子をにこにこして見ておられた。

 すぐに、門に立っているわたしたちに気づき、「あら、お客様かしら?」とやさしく微笑んでくださった。


「わたしに用事なら、もう少しで授業が終わるから、それまでお待ちいただけるとありがたいのだけど……」

「は、はい、もちろんです」


 わたしたちが、あわててうなずくと、ルシアさまは建物に向かって、


「ライラぁー、ジーナぁー、お客様をわたしの部屋にご案内してー」


 と呼びかける。


「「はーいっ、ルシア先生!」」


 返事がして、わたしたちより年下の、二人の少女があらわれた。一人は剣を背負った獣人の少女で、もうひとりは魔導師のローブをはおった人族の少女だ。

 二人は、わたしたちの前まで駆けてくると、


「はじめまして! ルシア先生にご用の方なんですね! 大歓迎です、こちらへどうぞ」


 ひとなつっこい笑顔で、わたしたちを、孤児院の中へと導く。


「いきなりおじゃましてすみません。わたしは、アマンダと言います」

「わたしはアナベル」

「わたしは、ケイトリンだよ」


 わたしたちは、二人に名乗った。


「ごていねいに、どうも。わたし、ライラです」

「あたしはジーナです!」


 と二人も名乗り、ぺこりと頭を下げる。


(この二人が!)


 わたしは、二人を、思わず、まじまじと見ちゃったよ。

 噂をきいて、考えていたのとはずいぶん違っていたんだ。

 なにしろ、二つ名が「歌う獣人女王」と「紅の蜘蛛と蛇の魔導師」なんだから。

 もっと年上の、いかつい人物を想像していたんだ。


「あの……お二人があの、『紅の蜘蛛と蛇の魔導師』ライラさんと、『歌う獣人女王』のジーナさんですね」


 わたしは、おどろいて、確認してしまった。


「ええ……まあ、そんなふうにいう人もいますね……」


 と、恥ずかしそうに答える、ライラさん。


「そうだよ! あたしが『歌う獣人女王』その人だよ!」


 と、胸を張るジーナさん。


「ジーナ、いつも思うけど、どうなのかなあ、その二つ名はさあ……」


 ライラさんが言い、


「なによライラ、何が悪いのよ」


 ジーナさんが言い返す。


「あのさあ……だいたい、女王はないでしょう、女王って、もうちょっとなんていうか大人のさあ」

「むうっ? あたしが、子どもっていいたいわけ」

「どうみても大人じゃないでしょ。みなさんもそう思いますよね?」


 たしかに、そう思わないでもないけれど、すなおに、そうですねと言えるはずもなく、わたしたちが困っていると


「ライラ、あんたこそさあ、さっさとヴリトラさまのところに修行にいきなさいよ。あそこに修行に行きもしないで、『蜘蛛と蛇の魔導師』って名乗るのは、詐欺じゃんよ!」

「詐欺って何よ! あたし自分からは名乗ってないよ。それにあんた、あたしがヴリトラ様の神殿に修行に行かされそうになったときに、心細くて泣いてたじゃん!」

「はああ? 一人で行くあんたが心配で泣いたのよ! それにねえ、あんたは、なんども自分から名乗ってました! あたしは聞きました!」


 けんかをはじめてしまった。

 どうするの、これ?

 わたしがあきれて、アマンダとアナベルをちらりと見ると、ふたりは、


 ハッ!


 と、ほんのかすかな殺気を放った。

 相当の手練れでも、これに気づくのは難しいくらいの、一瞬の殺気だ。

 しかし、そのとたんに、ジーナさんも、ライラさんも、そのかすかな殺気に反応し、話をやめてアマンダとアナベルをみる。

 さすがだ。

 やはり、二人の二つ名は伊達ではないと、わたしは悟ったね。

 この、みかけにだまされてはいけないのだ。

 アマンダが言った。


「ジーナさん、その背負っておられる刀が、あの……」

「あ、これ?」


 ジーナさんが、にっこり笑って


「はい、そうです。魔剣イリニスティス。どうにも困ったヤツですよ」


 答えたジーナさんの瞳孔が金色に光る。

 そして、その口から太い声がもれる。


おうとも! 我こそが獣人族の守り刀、イリニスティスである! 困ったヤツではないぞ」


 名匠マクスウェルによって鍛えられた、魂をもつ魔剣イリニスティスが、ジーナさんの口を借りてしゃべっているのだった。

 ジーナさんの声に戻り


「あっ、イリニスティス、かってに出てこないでよ」


 すると、また太い声で


「細かいことを言うな。それより、みたところ、この二人はなかなかの手練れだぞ。面白いではないか。手合わせでもするか?」

「あっ、それいいね! アマンダさん、アナベルさん、ひとつ、どうですか?」

「ちょっと、ジーナ。あんた失礼だよ」


 ライラさんがたしなめる。


「いえ。こちらこそお願いしたい。ぜひとも」


 アマンダが言い、


「はいっ、よろこんで!/腕が鳴るな!」


 ジーナさんとイリニスティスがうれしそうに答える。


「もう! あんたたちは……なんだか、どうもすみません……」


 ライラさんが、あやまってくれたのだ。


 わたしたちは、院長室に案内された。

 光が溢れる窓際に、テーブルとソファが置かれ、そこに座るようすすめられた。

 壁に作り付けの本棚は、ぎっしりと本で埋まっている。

 書名をちらっとみたが、『ナコト写本』『無名祭祀書』などなど、名のみ聞く、非常に貴重な魔道書の類いがずらりとならんでいた。


(ああ、もし、ここにオリザが来たら……)


 わたしは思った。


(あれを見て、狂喜乱舞だろうなあ……オリザ……)


 ここにこられないオリザのことを思うと、胸が痛んだ。

 アマンダとアナベルも同じ思いなのだろう。

 本棚をみて、そんな顔をしていたよ。

 本棚の横に、無造作に立てかけてあるのは、黒光りするフレイル。

 あれが、ルシアさまの得物だ。

 エルフであるルシアさまは、本質は魔導師だ。

 尋常でない魔力をもち、古今のあらゆる魔法に通暁しているが、もっとも得意とするのは雷魔法だ。敵の大軍勢を、魔法一つでことごとくなぎ倒す、究極の雷魔法「無限放電」。「麗しの雷の女帝」の由縁である。

 それにくわえて、ルシアさまは体術もおどろくべきもので、フレイル使いとしても超一流だ。

 まさに、ギルドのレジェンドである。冒険者であるからには、その名に憧れない者はない、伝説の存在なのだ。


「あっ、いらっしゃいー」


 なにか緊張感のない声がした。

 院長室の横の扉が開いて、少年と言っていいくらいの見た目の男性が現れた。

 両手で、お茶を載せたお盆をもっている。

 手が塞がっているにもかかわらず、音もなく、大きな扉が勝手に開き、少年が入ってくるとまたすっと閉まったところをみると、なんらかの力を使ったようだ。

 不思議なことに、そこに魔力の発動はまったく感じず、どんな力が働いたのかがわからない。


「はい、どうぞ。これはシンドゥーからもらってきた、ジーヴァ茶ですよ」


 少年は、わたしたちの前に、いい匂いのするお茶のカップを並べてくれた。


「あっ、グジャムンもある!」


 とジーナさんが、お茶うけのお菓子らしいものをみつけて叫んだ。

 見たところ、焦げ茶色の揚げパンにシロップをかけて、色とりどりの粒をふりかけたようなものだ。

 ジーナさんは、さっと手を伸ばそうとして、ライラさんにその手をはたかれた。


「ジーナ! お客様が先!」

「えへへ……すみません」


 照れくさそうに笑うジーナさん。


「これ、すごく、美味しいんですよ、めちゃくちゃ甘くてねえ! さあ、いっこくも早くいただいてください!」

「ちょっと、ジーナ、言葉遣いおかしいよ。本音がもれてるのよ。いっこくも早くいただきたいのは、あんたでしょう」


 ライラさんが、冷ややかに言う。


「あ、まだ自己紹介もしてませんでしたね。ぼくは、ユウ。アンバランサー・ユウです」


 この、黒髪の、ふんわりした少年がアンバランサー?!

 『アンバランサー』なるものが、いったいなんなのか、それを知る者は限られている。

 わたしの知るところでは、アンバランサーとは、『世界を司るもの』によって、別の世界からこの世界に召命された、数百年に一度現れる、世界の理をこえる存在、なのだそうだが……。

 しかし、今、私の目の前にいるこの少年は、その言い伝えとはうらはらに、あまりに普通で、何の魔力も発しておらず、のほほんとして緊張感がない。

 わたしは、失礼なこととはわかっていたが、思わず、暗殺者アサシンのスキルの一つである「鑑定」の力を、この少年に向かって使いかけ


 うわああああっ!!!!


 内心で叫び声をあげ、あわてて、途中で打ち切った。

 心臓がばくばく踊り、冷や汗が流れる。


「どうされました? ひょっとして、こういうお菓子とか苦手ですか?」


 アンバランサー・ユウが、心配そうな顔で聞いてきた。


「いえっ、いえっ、なんでもないのです! ちょっと動悸が……」


 わたしは、冷や汗をながしたまま、ごまかす。


「もし甘いのが苦手でしたら、無理せずにいってくださいね」

「ユウさん、こんな美味しいお菓子に、そんなわけないじゃん。でも……」


 ジーナさんが言う。


「もしも、もしも苦手だったら、あたしが代わりに、ぜんぶいただきますからご安心下さい! ジュル」

「だから、ジーナ!」


 ライラさんが怒る。


(なんなの、これ……?!)


 けして人間が触れてはならないような、とんでもなく恐ろしいものにふれそうになり、あわてて「鑑定」の力をひっこめたが、


(こんなの……見たことない……まるで、これは)


 一瞬だけ、ちらっと垣間見たアンバランサーの本質は


(世界そのもの……複雑で、力に溢れた巨大な渦……)


 あまりに深く広大で、わたしたちの認識の範疇を超えている。

 そんな恐ろしいものを、この少年はその中に抱えこんでいて。

 もしそこから、さっき手もふれず扉をあけたように、アンバランサーが自在に「力」を引き出してこられるとしたら……。

 なるほど、その力があればなんでもできてしまう、この世界のことわりを覆すことも。

 おそらく、あっさりと、この世界を滅ぼしてしまうこともできるだろう。

 世界を滅ぼすことのできる力を、一身に背負っている、一人の少年。

 それがアンバランサー……。

 なんという存在か。

 この人が、その力を正しい方向に使ってくれるのを祈るばかりだ。

 わたしは、口の中がカラカラに渇き、ごくりと目の前の漆黒のお茶、ジーヴァ茶を飲んだ。

 たちまち、馥郁たる香りが、口の中にひろがり、その感覚がわたしの緊張をほぐしていく。


「ああ、これはすごく美味しいです」


 わたしがそう言うと、


「よかった! うまく淹れられたみたいだ」


 アンバランサー・ユウは、その返事に、うれしそうに笑った。

 屈託のない笑顔だった。

 そこに、


「お待たせしました、みなさん」


 そう言って、ルシアさまが入ってきた。


「それで、わたしに用というのは?」

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