盗賊団の逆襲と、きらめく白銀の翼(エミリア)

 翌日、あたしが目を覚ました時には、もう朝ごはんのできるいい匂いが漂っていた。

 ケイトリンさんが、手際よく用意してくれたものだ。

 焼きたてのパンケーキは、とてもおいしかった。

 ほかほかで、ちょっと焦げ目があって(それがまたいい)、甘いはちみつも垂らしてあって。

 その上、香辛料をふんだんに使って焼いた肉などもあって、とても豪華だ。

 あたしが感心していると、ケイトリンさんが、にやりと笑って


「まあ、昨日の夜、行き掛けの駄賃に、いろいろ盗賊からぶんどったからね」


 というのだった。



 身支度を済ませ、あたしたちは五芒星城塞ペンタゴーノンに向かって出発した。

 しばらく道をゆくと、巨岩がごろごろと散在する場所に出た。

 たくさんの岩が荒地のあちこちに転がっている中、特に大きな、見上げるばかりの、巨大な四角の岩が二つ、天から放り出されたように、道の脇に並んでいた。


「この岩は、辺境に向かう街道の、有名な道標なんだ。『悪魔の骰子ダイス』って言われている……実際には、悪魔はこんな場所にはいやしないけどね。まあ、こんなところにいるのは……」


 と、ケイトリンさんが、解説してくれる。


「さて、そろそろかな……」


 アマンダさんが言った。


「そう、そろそろだろうな」


 アナベルさんが答える。


「えっ?」



 ビュン!


 と、まさにその時、風を切って飛んできた矢を、アナベルさんが、片手でこともなげにつかんだ。


「エミリア、守りの魔法できるね。詠唱お願い。ケイトリンとあなたのところだけでいいわ」

「は、はいっ」


 アマンダさんに言われ、あたしは、風の結界を起動した。


「風の精霊が土の精霊に告げて踊る、ここより、風の結界!」


 ビュン!


 ビュン!


 ビュン!


 矢は立て続けに飛来するが、アマンダさんとアナベルさんは、どれも軽々と払いのける。

 そしていくつかは、わたしの結界にはばまれて、ポトリと地面に落ちた。


「ああ、やっぱり、来たようね」

「バカだねえ、なんで懲りないのかねえ」


 ケイトリンさんがつぶやく。

 盗賊たちが、岩陰から次々に姿を現す。

 昨日の生き残りだろう。

 生き残りといっても、まだ二十人近くはいるようだ。

 そのうちの何人かは、血まみれの包帯をまいており、すでに手負いの状態だ。

 こいつらは、昨日、ケイトリンさんに襲撃されて、傷を負ったものの、なんとか逃げることが出来た者たちだった。

 血走った目で、あたしたちをにらんでいる。

 ケイトリンさんの夜襲をうけて、いったんはなすすべもなく敗走したものの、態勢をたてなおして、報復に燃え、この場所で待ち構えていたようだ。

 前後からわたしたちをとりかこむ。

 その顔は、怒りと憎しみに歪んでいた。


「てめえら、昨夜はよくもやってくれたな!」

「昼間ならこっちのものだ! 昨日の礼をさせてもらうぜ」

「ハハッ、女ばかりの、たった四人か」

「おい、こうしてみたら、いい女ばかりじゃないか。まずは殺さずに楽しませてもらおう」

「そうだな、へへへ……まあ、一人はガキだが」


 などと、かってなことをほざいている。

 しかも、最後のやつの、一人はガキだ、とはなんて失礼な言い草だ!

 まあ、それはそうかも知れませんけどね。


「バカだ、ほんとうにバカだ……」


 ケイトリンさんが苦笑する。


「エミリア、まあ、あたしらはここで見物してればいいから」


 と、あたしに言う。

 囲まれても、まったく動じている雰囲気はない。


 アマンダさんと、アナベルさんが、無言で、大剣を抜いた。

 アマンダさんは右手で、アナベルさんは左手で。

 完璧に同調して、対称シンメトリな動きだった。


「おっ?」


 最前列の盗賊は思わずたじろくが、まだ状況はよくわかっていないようだ。


「やるか? お前ら、この人数に勝てると思うのか? ケガをしないうちに、大人しく降伏したほうが……」


 その言葉がおわらないうちに、


「「おおおおおおおおお!」」


 白銀の髪をなびかせながら、馬を駆り立てて、同時に突撃する、アマンダさんとアナベルさん。

 大剣を構えたその二人の姿はまさに「白銀の翼」。

 一瞬に距離をつめ、大剣がひらめき、まだ口を開いていた男の首が宙に舞った!


「ぎゃっ!」

「ぐぇっ!」

「げっ!」


 次々に切り捨てられる盗賊たち。

 あわてて反撃しようとするが、盗賊たちの攻撃はことごとくかわされる。

 白銀の翼に、掠りもしないのだ。

 弓をもった男が、離れたところから、アマンダさんを狙って弦をひきしぼるのがあたしの目に入って、


「火と風の精霊が、お互いの周りを廻るとき熱が生じる、炎球弾ファイアボール!」


 あたしは思わずファイアボールを飛ばして援護した。

 あたしのファイアボールは男を掠めるだけで、残念ながら当たらなかったが、近くを通過したその熱波に男がひるみ、その間に距離を詰めたアナベルさんが剣をふるった。

 男の両腕が、一刀のもとに切断され、ぼとりと落ちた。


「ぎゃーっ!」


 叫んで逃げ出そうとした男の、その首を、アマンダさんがスパンと刎ねる。

 アマンダさんとアナベルさんが、あたしを見て、ニヤリと笑う。

 まあ、たぶん、あたしのファイアボールは必要なかった気もするけど。

 二人は駆け出し、

 そして、また、次の盗賊が悲鳴をあげて切り捨てられる。


 ——あっという間だった。


 盗賊団は壊滅し、全員が地に倒れ伏していた。

 おそるべし「白銀の翼」。

 アマンダさんとアナベルさんの剣の技倆はすごい。

 その上、二人は完璧な連携で攻撃をすることができる。

 二人掛の攻撃をかわすのは並大抵のことではないだろう。

 そして優秀な暗殺者アサシンのケイトリンさん。

 おそらく、体調を崩しているという魔導師のオリザさんも、そうとうな実力者だ。

 直接攻撃の三人に、遠隔で技を使える魔導師が加わったら、もはや無敵だ。

 へなちょこな、あたしたち「暁の刃」とは違うのだ。



 盗賊団を壊滅させた「白銀の翼」は、何事もなかったかのように、馬を進めていく。

 道すがら、あたしは、ケイトリンさんに、前から気になっていたことをきいてみた。


「あの……ケイトリンさん」

「ん? なんだい、エミリア」

「あたしを、ライラさまが推薦してくださったって聞きましたが」

「うん、そうだよ」

「みなさんは、じゃあ、ライラさまに会ったんですね」

「うん……実は……」


 と、ケイトリンさんは言いにくそうに


「気を悪くしないでね、エミリア。わたしたちは、いちばんに、ライラさんの参加を頼みに行ったんだ」


 前を行くアマンダさんとアナベルさんが、申し訳なさそうな顔で、こちらを振り返る。


「ああ、そうだったんですね」


 なっとくだ。あたしだって、頼むならライラさまに頼むよ。だって、あの人、本当にすごいんだもん。


「でも……断られたんですか」

「そうなんだ……、それは、こんなふうだったんだよ」


 そう言って、ケイトリンさんは、その時の話をしてくれたのだった。


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