「サバジオスの手」とエミリアの魔法(エミリア)
「わたしが、リーダーのアマンダ。属性は、見ての通り、戦士だ。魔法も少しは使えるけど……」
と、話し始めた女性は、すらりと背が高く、見事な銀髪の、美しい人だった。鮮やかな戦闘衣。胸甲、肩甲、前楯、籠手、脛甲で身を守り、背に大剣を背負うその姿は、とても凛々しい。
「こちらが、アナベル。アナベルも、わたしと同じね」
アマンダさんは自分の横に立つ女性を紹介する。
その女性、アナベルさんは、アマンダさんと瓜二つ。背の高さも、顔つきも、そしてその銀髪も同じ。服装も同じ。ちょっと見分けがつかない。唯一の違いは、背負う大剣の向き。つまり、アマンダさんは右利きであり、アナベルさんは左利きなのだ。
アナベルさんは、無言ですっと一礼した。
「まあ、お分かりかと思うけど、アナベルとわたしは、双子の姉妹なわけ」
おそらく、これが、「白銀の翼」の名前の由来なのだろう。白銀の髪をもつ、双子の戦士。並び立つ二人が、両の翼なのだ。
そして、アマンダさんは、もう一人のメンバーを紹介する。
「この子が、ケイトリン。属性は、
ケイトリンさんは、小柄で、短髪の、敏捷そうな女性である。
からだにぴったりした黒衣をまとい、腰に下げた袋はおそらく収納魔法がかかっている。
アサシンは、盗賊シーフの上位互換の属性だ。シーフであることによる斥候としての能力、罠を見分け、解除し、閉ざされた場所に忍び入る能力に加え、アサシンは、恐ろしい暗器を使った、クリティカルな攻撃も駆使することができる。たしかにダンジョン探索にうってつけだ。
「ケイトリンだよ、よろしくね」
そういって、にやりと笑った。
「わたしたちは四人組のパーティなので、本来なら、ここに、オリザもいるはずなのだけれど……」
アマンダさんは、そういって顔をすこし曇らせる。
その、オリザという人が、体調を崩している魔法使いなのだろう。
「事情は、うかがっています……はやく良くなられるといいですね」
あたしは、急いでいった。
「うん、ありがとう。あなたが、エミリアだね、そして……」
アマンダさんは、あたしたちの名前を、すでにぜんぶ覚えていた。
「白銀の翼」にぽかんと見とれていた、わが「暁の刃」のメンバーの名を、一人ひとり呼んで、挨拶する。
あたしたち全員のことが、ちゃんと下調べがしてあるのだ。
さすが一流だ。
初対面のあいさつを終え、あたしたち「暁の刃」と、アマンダさんたち「白銀の翼」は、テーブルをはさんで、それぞれ席に着いた。
ケイトリンさんが、おもむろに、腰に下げた袋から、黒い縦長の箱をとりだして、テーブルの上に、コトリとおく。
表面はつるりとした漆黒の箱である。材質はよくわからない。
魔法による厳重な封がしてあるのがわかる。
そして、それにもかかわらず、その内部からは、なんだか禍々しい力が漏れ出してくるのを感じた。
どうも剣呑だ。
アーネストが、ほう、これはいったい何だろう? と、のんきな顔で眺めている。
おそらく、この箱から漂う魔力を、まったく分かってない。
あっ、アーネストまさか、「白銀の翼」のみなさんが、あたしたちに手土産を持ってきた、なんて思ってないよね?
「それで、早速だが……」
アマンダさんが、わたしに言う。
「エミリア、あなたは、解呪の魔法が使えると聞いたが、それは本当だね?」
「解呪、……ですか」
「うん、ライラさんから聞いているよ」
ダンジョンに潜れば、呪われアイテムなどごまんと転がっている。
うかつに装備したらアウトなものから、ただ触れただけでも呪われてしまうようなおっかないものまで、さまざまだ。その呪いの程度も、やたらにハエが寄ってくる、とかいうだけの、ただうっとうしいレベルのものから、触った瞬間から
いったん呪われてしまうと、その呪いを解くためには、それなりの手順を踏まなければならない。
そのために使うのが、解呪の魔法である。
ダンジョンに潜る冒険者なら、必須といってよいだろう。
わたしの指導をしながらライラさまが、
「そうそう、エミリア、あんたたち『暁の刃』も、これからダンジョンで稼いでいくなら、解呪の魔法があったほうがいいね。アーネストうかつだし……あいつ、すぐに呪われそうだからね」
そういって、つい先日、あたしに教えてくれたばかりなのだった。
もちろん、解呪の魔法にもレベルがある。
強力な呪いを解くためには、レベルの高い解呪魔法を使わなければならない。
いきなりハイレベルの魔法は、そもそも習得が無理なので、あたしが今使えるのは、中級レベルのものである。初級からはじめて、なんとかそこまでたどり着いたのだ。
それでも、中級の解呪で、普通の呪われアイテム程度ならたいていはなんとかなるのだけど。
ただ……この箱から漂ってくるこの気配……もしこの箱の中にあるのが、何かの呪われアイテムだとしたら、その呪いの強さは、ちょっとあたしの手に余るような気がするのだが。
まさか、ためしにやって見せてなんて、いわれないよね?
だが、みなさんご承知の通り、悪い予感というのは当たるためにあるのだ。
アマンダさんが、
「エミリア、気を悪くしないでほしいんだけど……」
申し訳なさそうな顔をして
「ひとつ、用意してきたものがあるから。ためしにこれ、解呪をやってみてくれる?」
ああ、やっぱり……。
「えっ? ひょっとしてこの中に呪われアイテムが?!」
アーネストが、びっくりした声を出す。
そういったアーネストの手は、その黒い箱をまさに、無造作に手に取ろうとしているところだったのだ。
「ひぇっ?」
あわてて、震えて後ずさるが、その拍子に指先が箱にふれてしまい
パタリ!
箱が倒れた。
「あっ、バカっ! アーネストお前っ」
ヌーナンが叫んだがもうおそい。
たおれた箱の中で、ガシャンと何かが壊れるような音がし、
ブワワッ!
箱の蓋を突き破って、もくもくと黒い雲がふきだした。
「みんな、その雲にさわるなっ! 呪われるぞ」
わたしたちは、もちろん、さっと逃げた。
——ただ一人を除いて。
倒れた箱の上部が、まさにアーネストの方を向いていたため、
「うわわわわわーっ」
なすすべもなく、あっという間にアーネストは呪いの黒雲に包まれてしまったのだ。
「たっ、たすけてー!」
アーネストの悲鳴。
黒雲は、ぐるぐるとアーネストの周りを取り巻いて流れている。
濃い黒雲に覆われて、アーネストの姿は見えなくなった。
「……」
黒雲に包まれたアーネストは動かない。
「……なんてこった……お前ってやつはつくづく……」
「おーい、アーネスト、まだ生きてるかあ?」
「アーネスト、あんた……だいじょうぶなの?」
あたしたちが口々に聞くと、
「うーん……わからん……何も見えない……でも、たぶん大丈夫じゃないかなあ……」
と、黒雲をとおして、くぐもったアーネストの声。
「いやいや、これはもう確実に呪われちゃっただろう」
「おれもそう思う」
ヌーナンとパルノフが言う。
「うむ、おれも、そう思うぞ。やられたな、アーネスト」
とサバンさんも冷たく言う。
「そっ、そうなのか?!」
アーネストが焦って言う。
「あのっ、みなさん、そんなのんきに会話してないで、なんとかしてください……」
情けない声をだすアーネスト。
「エミリア、さあ、解呪を!」
アマンダさんがわたしに言う。
「は、はいっ!」
そうだ、アーネストを助けないと。
わたしはあわてて、覚えたての解呪の魔法を詠唱する。
「四大よ光の網と剣もて善なるものを縛る忌まわしき絆をとらえ断ち切れ 解呪!」
詠唱にともなって発生した光の網が、箱と黒雲を包む。
こころの中で、その網をグイっと絞る。
網がしまり、光がその濃度をますと、
バジッ!
はじけるような音がして、箱の中から何かが飛び出し、黒雲の中に逃げ込むのが見えた。
「うわっ? なんだっ? なにか来たぞ?」
アーネストの驚く声。
「光よ呪縛を断ち切れ、えいっ!」
あたしが手刀を切ると、空中に光の刃が現れ、
ビカッ!
きらめいて、網ごと、黒雲を両断する。
キィエエエエエエ!
悲鳴のような声を上げて黒雲は消滅。
「ひゃあっ!」
黒雲がきえて、目が見えるようになったアーネストは、自分の胸にはりついていたものを見て、叫びをあげた。
つかんで、放りなげる。
それはさっき、箱から飛び出して黒雲に飛び込んだものだ。
アーネストに取り憑こうとしたのか。
あっさりアーネストから引きはがされて、テーブルの上にポトリとおちた。
手首。
人間の手首から先を切り取り、ミイラ化したものだ。
甲の一面に、不気味なシンボルの刺青がされて、それぞれの指先は小さな蛇の頭に変じている。今、テーブルの上で、五指の蛇の口は力なく開かれ、だらりと舌がはみ出していた。
親指は横に突き出し、人差し指と中指はそろえてまっすぐに伸ばされている。
「サバジオスの手、だな、これは」
サバンさんが言った。
「おいおい、お前ら、ぶっそうなものを持ち込みやがってよぉ……」
サバジオスの手は、死人の手を使ってつくられた呪具である。
呪いの強さ、種類などは製作者によって調節が利くが、今、目の前にあるこれは、相当なものだと思う。現在は、込められていた呪力がすっかり霧散し、無害なものと化しているが。
「アマンダ、これ、どうするつもりだったんだよ、もしエミリアが解呪できなかったら」
文句を言うサバンさんに、
「なにをおっしゃいます、サブマスター」
アマンダさんがにこやかに答える。
「なにしろここは冒険者ギルドですから。なにがあろうと、なんとでもなると思ったので……」
さすがだ。その度胸。
「はあー、びっくりしたぁ……」
アーネストがつぶやく。
「アーネスト、お前、なんともないのか?」
「呪われてたんだろ、さっきまで」
「生命力吸われてない?」
「いや、アーネストの場合、知性を吸われてないか? そっちが心配だ」
「いやいや、そんなものは、もともとアーネストには、たいして無いから、それは大丈夫だろう」
「いやいやいや、ただでさえ低いんだ。これ以上低下したらたいへんなことになるとおれは思うぞ」
「おいっ、お前ら! なにをいってるんだ、ひどいぞ!」
アーネストは、首をひねったり、肩を回したりしていたが、
「うーん、なんにも特別なことは感じないな……すごいぞ、エミリア。お前の魔法のおかげだ」
ケロッとしている。
たしかに大丈夫そうだ。
呪いにもかかっていない。
うん、よかった。
それはよかったけど、……なんだか疑問が残る。
あたしの解呪の魔法って、このレベルのサバジオスの手の呪いを消せるほどのものだったっけ?
ライラさま、あたしにこれを教えたときに、「まあ、これだと、まだまだ、中級程度だからね。ちゃんと相手を選んでね」とか言ってんだけどなあ……。
しかし、
「うん、うん、みごとに証明されたな。ごめんねエミリア、試すようなことをして悪かったね……でも、あれをあっさりと解呪してしまったんだから、エミリアの実力はたいしたものだよ」
アマンダさんが嬉しそうに言う。
ケイトリンもうなずいている。
「エミリア、ぜひとも、わたしたちのクエストに協力してほしい。その力が必要なんだ」
「白銀の翼」は、そういって、頭を下げたのだ。
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