旅籠「朝起亭」 おれたちの心配

「はあ、ヤバかったな今日は……」

「まさか、あの扉からヴェルガが湧いてくるなんてよ……」

「ポーション持ってなかったら、おれら死んでたな……」

「おれらの前にはいった連中は、みんなドロドロに溶けてたなあ……」

「こわいこわい……」


 木のテーブルを、バンバン叩く音。

 けたたましい笑い声。


「あらぁ、素敵なお方……」

「おい、リザ、お前、なんでそっちに座るんだよ!」

「なによ、そんなのあたしの勝手でしょう」

「なんでって……なあ、お前、そりゃあ、だれだっていい男のそばの方がいいだろうよ」

「うふふ」

「なんだとぉ?! てめぇ! やるのかよ!」


 囃し立てる言葉。

 椅子の、がたんと倒れる音。


「……アス、ニンゲン、タベル、タノシミ」

「……シッ! ニンゲン、キヅク」

「ダイジョウブ……ニンゲン、オレタチノコトバ、ワカラナイ」

「ヒヒヒ……ジュル」

「オマエ、ヨダレ、タレテル」


 人のものでない、あぶくがブクブクはじけるような囁き……。


 旅籠はたご「朝起亭」は、貧乏冒険者たちの定宿である。

 お世辞にもきれいな宿ではないが、値段が安く、そしてそこそこの量の食事が出るため、なかなか稼げない冒険者たちで、いつもにぎわっている。

 夜になれば、「朝起亭」一階の食堂兼酒場では、一日のがんばりを終えた冒険者たちの喧騒が、姦しい。

 中には、なにか微妙に物騒な会話もあるようだが……。

 おれたち三人も、そんな騒がしい中で、いつものように晩飯をとっていた。


 あまり酒は飲まないパルノフが、今日は珍しくクワズ酒を注文し、泡立つその酒をぐいっと飲み干して、言った。


「なあ、アーネストよぉ……」

「なんだ、パルノフ」


 おれは、ザザ芋とナダ豆を煮込んだスープをすくいながら返事した。

 うん、いつもながら旨い。この酸味と甘味が絶妙の……。


「なあ、アーネスト……エミリア、戻ってくるかなあ?」


 心配そうな声だった。


「何言ってるんだよ、当たり前じゃないか」


 おれは言い返した。


「アーネスト、お前はそう言うけどな……」


 と、今度は、モカ鳥の串焼きを片手に、ヌーナンが言う。


「なにしろ、あの『白銀の翼』からのご指名だぞ」

「しかも、向こうは、すてきなお姉さんだけのパーティだ……」

「そうなんだよな……エミリアも、おれたちより、あっちにいたほうが居心地がいいんじゃないかな」

「おいっ! エミリアは帰ってくるって言ったんだから、あいつを信じようぜ」


 おれはそう怒鳴ったが、内心では、パルノフやヌーナンの言うことも、あながち見当外れではない気もするのだった。


 おっと、紹介がおくれてしまったな。

 おれたちは、ここエルランディアの地で、今、絶賛売り出し中の冒険者パーティ、その名も「暁の刃」である。

 リーダーである戦士のおれ、アーネスト。

 槍術士のヌーナン。

 盾使いのパルノフ。

 そして、紅一点の女魔導士、エミリア。

 幼なじみのおれたち四人が結成したこの「暁の刃」は、その目覚ましい活躍で、ぐんぐんのしあがっているのだ。

 まあ、なにしろ、この地にはあのスーパーパーティ「雷の女帝のしもべ」がいらっしゃるので、さすがにあの方たちをさしおいて、おれたちがナンバーワンとまではいえないが、それでも、おれたちだってそれなりのものである。おれたちがこの地にいる限り、地域住民のみなさまは、外敵の侵入など気にせずに、枕を高くして寝てもらって良いだろう。どんなトラブルも、おれたちが引き受けたら、あっという間に解決だ。


「アーネスト、おまえ、さっきから誰に向かって説明しているのか知らないが、なにか、ばちが当たりそうな大言壮語してないか? そもそも、そんな立派なパーティなら、朝起亭には泊まらないぞ」


 ヌーナンが遠慮なくつっこんだ。(槍術士なだけに、な。)

 するどいやつだ。

 それはそれとして。

 おれたちの心配は、今、ここにいないエミリアのことである。

 話は、少し前にさかのぼる――。


-----------------


「おおっ、いいところに来たな。ちょっとお前ら、こっちに来いや!」


 このおれたち「暁の刃」に相応ふさわしい、英雄的なクエストが何かないかと、いつものように四人で冒険者ギルドに入ったとたん、サブマスターのサバンさんから、どすのきいた野太い声がかかった。


「ヒェッ?!」


 おれはびびった。なにしろ、このサバンさんは、強面こわおもての巨漢である。もと狂戦士バーサーカーなのだ。闘気が満ちると、雄たけびをあげて戦斧をふりあげ、単身で躊躇なくドラゴンに突撃するようなお方である。おれは以前、アンデッドの討伐の件で、ギルド受付のアリシアさんに「なぜクエストを受けさせてくれない」と絡んで、サバンさんに、裏庭まで引きずっていかれたことがある。あれは、……とにかくおっかなかった。


 またなにか、おれたち、やっちまったのか?


 おれが必死で最近の記憶をさぐっていると


「おいおい、なにをおびえてるんだよ。これはいい話だから、ちょっと来いって」

「「「「は、はいっ!」」」」


 サバンさんにおそるおそるついていくと、おれたちは、ギルドの応接室に通された。

 立派なテーブルと高級そうなソファがある、とても広い部屋である。

 壁には、古いギルドの旗が誇らしく掲げられている。

 ギルドの長い歴史。幾多の戦いで高々と掲げられた、汚れ、裂け目のあるその旗についた赤黒いしみは、敵の流した血か、それとも旗を守った味方のものなのか。

 こんなところに入れてもらったことなど、おれたちはもちろん初めてである。

 全員が緊張して、一歩部屋にはいった位置で立ち尽くしていると、


「まあ、座れ。そんなに固くなるな、ま、そりゃあ、お前たちの行状には、いくつか忠告したいことはあるがな」


 サバンさんがにやりと笑う。


 ひいっ!


 とにかく、おれたちはソファに、かちかちになりながら座った。

 アリシアさんが、あたたかいお茶を運んできた。


「はい、みなさん、どうぞ」


 おれたちの前にカップをおくと、にっこりほほえむ。

 ああ、こんな優しい人に絡むなんて、あのときのおれはどうかしていたのだ。反省しきりである。


「でもな、今日はそういう話じゃない」


 アリシアさんが下がると、サバンさんがすぐに話をはじめた。


「じつは、お前たちを指名した依頼があってな」

「「「「えっ?!」」」」


 これは驚いた。


「この、おれたちにですか」


 そうか、いよいよおれたちご指名で依頼が来るようになったのか……。

 そうかあ、「暁の刃」も、とうとうここまできたかあ。

 おれは感慨にふけった。

 なにしろ、今まで、こちらから頭を下げ、必死に頼み込んでやらせてもらったクエストばかりだからなあ……。

 そのたびに、「お前らで本当にだいじょうぶか?」とか、「おいおい、お前ら、死にたいのか?」とか、「ばかやろう、百年修行してから来い!」とか、さんざん言われてきたしな。まあ、じっさい、いつも死にそうになったし。今こうして、五体満足で全員そろっているのが不思議なくらいである。


 うん、うん。おれたちはがんばったんだ。

 おれがじわっと来ていると、


「まあ、正確に言うと、エミリアに依頼だけどな」


 サバンさんが、さらっと言った。


「「「はい?」」」

「えっ? あたしですか?」

「そうだ、この依頼は、エミリアをご指名なんだ」

「「「って、残りの、おれたちは?」」」

「もうしわけないが、今回はお呼びではない」

「「「ええーっ?」」」


 男三人は、がっくりきた。

 エミリアは、ぽかんとした顔をしている。

 まあ、たしかに、最近のエミリアは、進境著しく、自信をつけてきている。あの、「紅の蜘蛛と蛇の魔導師」ライラさまに気に入られ、折にふれて指導をうけてるしな。なにしろ、ライラさまと言ったら、大魔導師である伝説のエルフ「麗しの雷の女帝」ルシアさまの、認められた唯一の後継者だから、その技量と指導は確かだ。

 しかし、それにしても、おれたちがお呼びでないというのは……

 くぅう、それはないよ……。

 意気消沈したおれたちに苦笑しながら、サバンさんが言った。


「おいおい、お前ら、そんなにへこむな。エミリアだけに依頼って言うのは、事情があるんだよ」


 そして、今回の依頼について説明してくれたのだった。


「実はな……」


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