第29話

「そしてもう薄々お察しのことかと思いますが、私が東京各タウンの『管理者』をしております」

「!!」


やっぱりか…!


「管理者」と関係があるどころか、まさかの本人といきなり出会うことができたらしい。

このことはやはり美弥子先輩も聞いていなかったようで、同じく驚きに目を見開いている。

いや、むしろ自分の母親がこの世界の管理者だったと知ったのだから、驚きは俺達以上だろう。


だがそれなら話が早い。

美弥子先輩と、同じく愕然とした表情の栗山と静音にちらりと視線を向ければ、ハッと我に返ったあとで頷きが返ってきたので、すぐにまた都知事へと向き直った。

実は今回の話し合いは、俺が代表者を任されているのだ。正直口下手な俺なんかよりも生徒会長であり身内でもある美弥子先輩の方が適任だと思うのだが、何故か他ならない本人も含めた全員からご指名に与ったのである。


「あ、あの、なら聞きたいことが、いえお願いしたいことが…!」


そんなわけで思わず前のめりになりながら口を開く。

東京「各タウン」という言い方は少し気になったが、今は何より一樹のことだ。

それに俺達みんなが助かる道についても確認しなければ。


しかし言葉を続ける前に、軽く手を上げて制された。


「渡良瀬一樹君のことですね?その件につきましても、つい先ほど美弥子から連絡を受けていますので状況は理解しているつもりです」


流石は先輩、あの混乱した場にあっても抜かりなく連絡してくれていたらしい。

恐らく、都知事との面会時間に制限があることを考慮してのことだろう。

感心すると同時に、まさに聞きたかったことを先んじられて目を瞬く中、都知事が言葉を続ける。


「ですがそもそも現在の我々は意識が加速された状態であり、本体側の方ではほとんど時間が経っておりません。そうですね、向こうでの一分がこちらの一月といったところでしょうか。なので焦る必要はありませんし、何より彼のことをお話しする前に、まずは現状について正しく理解しておいた方がいいでしょう。でなければ、きっと納得できないでしょうから」


だがその言葉を聞いて、たちまち今度は目を見開いた。

それは、時間に関する驚くべき新情報が得られたからというだけでなく、ここまですんなりと真実を教えてくれるとは思わなかったからだ。

聞いておいてなんだが、こういったことはどう考えても一介の高校生に話すべきことではなく、だからこそいかにして話を引き出すか念入りに議論を重ねたというのに、まさか管理者であることばかりか、状況の説明まで進んでしてくれるとは思わなかった。


とはいえ、戸叶都知事の表情に俺達を高校生だと侮った色はまったくなく、誠実さが伝わってくるし(もっとも政治家の表情を読むなんて芸当が俺にできるはずがないのだが)、加えて美弥子先輩も太鼓判を押す公明正大な人物であること、そもそも俺達にことの真偽を確かめる術はないことを踏まえれば、ここは言う通りまずは話を聞くしかない。

なので相変わらず焦りは感じつつも、分かりましたと頷いて浮きかけていた腰を再び椅子に戻した。

それを見て、都知事が少し表情を緩めて小さく頷く。


「では、まず我々の本体が眠る『現実』の世界についてお話ししましょう」


そしてすぐにまた引き締まった雰囲気に戻ると、さっそく説明をしてくれた。


しかし。

それは想像を遙かに超えた話であり、間もなくして俺達は、呼吸することさえ忘れて聞き入っていた。


「…以上が、この世界の実情です」

「……」


戸叶都知事が話を終えても誰も口を開かなかった。

さもありなん。

昨日一樹の話を聞いたときも同じようにショックで硬直していたが、今回のものはそこに輪をかけて衝撃的だったのだ。

何故なら、今戸叶都知事が話してくれた内容が本当であるならば、俺達は、いや人間は…。


「…驚くのも無理はありません。ですが現在、我々人類は最盛期のすでに一割程度しか残っておらず、あとは滅びいくだけという状態にあります」


顔色を失い凍り付く俺達の一方、目を瞑った都知事がそう続けて長いため息をついた。

もちろん俺達だって、県や国という規模の人数がコールドスリープ状態にあると考察していたくらいだ。

向こうの世界が恐らく大変な状況にあるということは、ある程度は予測していた。

だがここまでだったとは、いったい誰が想像できただろうか。


しかも戸叶都知事が言うには、俺達人類をそこまで衰退させたのは他ならない自分達が作りだした機械だという。

より詳しく言えば、意志を持った機械。向こうの世界では元々AI技術が発達し、今まで人が行ってきた仕事のほとんどをAIが担うようになっていたらしい。


ところがある日を境に突然AI達が意志を持ち始め、人類を「世界の敵」と認識し、一斉に攻撃を仕掛けてくるようになった。

このため、日常の家事からセキュリティに至るまで生活基盤の大半をAIに依存していた人類はあっという間に淘汰され、命からがら生き残った三割程度の人々が各地の地下に「タウン」という名のシェルターを造り、地上の機械達に見つからないよう、完全に隔離されたその場所へと逃げ込んだ。


ただ、地下では地上のように資源に恵まれてはおらず、かといって発掘のための大がかりな設備を建造すれば地上を徘徊する機械達に見つかってしまう。

そんな状況下で人間がどういう行動に出るのかは、遺憾ながら歴史が証明している。

間もなくして各タウン内では熾烈な資源の奪い合いが発生し、これにより三割程度だった人類はさらに半分以下にまで減少。

皮肉にも数が減ったことで何とか種としての寿命を延ばし、争い自体もほぼ鎮火したが、生産できない以上は枯渇する一方であり、そうして最終的に人類が導き出した答えは、全員で仮想空間へと逃げ込み、緩やかな死を待つというものだった。

そして資源、つまり電気が枯渇していったところから「消滅」をしていく。

アメリカなどのように。


そんな…、そんな馬鹿な…!


これではもはやSFの世界だ。

現実だと言われても、あの夢を見た俺達でさえとても受け入れられるようなものではない。

しかし戸叶都知事に冗談を言っている様子はまったくなく、何よりそんな背景でもない限り、国民全員がコールドスリープ状態で仮想空間に意識を移すなんて状況になり得るはずもなく、否定することはできなかった。


「……」


想像を遙かに超えた事態に瞬きも忘れて凍り付く中、戸叶都知事が静かに目を開く。


「さて、それで先ほどご質問いただいた渡良瀬一樹君のことなのですが」


けれどそう続けるのを聞いて、ハッとなった。


そ、そうだ…!呆けている場合じゃないぞ…!


あまりのショックに一瞬失念しかかっていたが、元々俺達は一樹を助けるために動いていたのだ。


一樹はまだ無事なのか、それとも考えたくはないがもう…。


ショックから立ち直れば、途端にまた緊張と不安が広がっていく。

なので今度は戦々恐々と答えを待っていたものの、


「『渡良瀬一樹』なる人物は埼玉も含め、日本にあるどのタウンにも存在していません」

「…え?」


ところが返ってきたのはそのどちらでもなく、再び予想を大きく上回る答えだった。


そ、存在しない…?


「そ、それは、どういう…?」

「…言葉通りの意味です。念のため国外の方でも検索をかけてみましたが、やはり該当者はおりません」


狼狽える俺達にもう一度ハッキリと告げる。

都知事が噓を言っているようには見えないし、そもそもそんな必要もない。

つまりは本当に「渡良瀬一樹」は、存在していないことになっているのだろう。


だが、そんなはずはないんだ…!


だって俺達はついさっきまで会話をしていたのだ。

なのに存在していないと言われても、流石に今回ばかりは受け入れることができない。


「……」


立て続けにやって来た常識を覆す事態に、もはや今自分がどんな感情なのか分からないほど頭は混乱していた。

それはやはりみんなも同じで、お互いに表情の抜け落ちた顔を見合わせる。

人は混乱が極まると、逆に無表情になるらしい。


「…!」


すると突然、美弥子先輩がハッとしたように目を見開いた。


「あ、あのっ、お母様。…ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか」


そのままずいぶんと慌てた様子で母親へと向き直ってそう尋ねる。


「…どうしましたか、美弥子さん」


思わぬ反応に目を瞬く中、戸叶都知事の方も、急速に顔色を悪くさせる娘へと静かに目を向ける。

それを見てふと、二人ともお互いに尋ねつつもすでに何を言いたいのか理解しているような気がした。


「聞いておいてなんですが、何故このような重大なお話を私達にして下さるのですか?」


ただ続く先輩の言葉を聞くなり、俺の方もハッとなった。

言われてみればそうだ。

あまりのショックにすっかりと頭から抜け落ちてしまっていたが、このような核心に迫る話は言わば国家機密のようなもの。

いくら娘の友人達だとはいえ、ただの高校生である俺達に話していい内容ではない。


「…もしかしてお母様は、私達の記憶を『書き換える』おつもりなのではありませんか」


だがそれについて考える間もなく、今度はぎょっとした。


「か、書き換えるって、何言ってんの!?先輩のお母さんなんでしょ!?」


すかさず栗山が気持ちを代弁してくれるも、しかし先輩が答えるよりも先に、


「…ええ、その通りですよ。後ほどここでの会話も含め、すべて『なかった』ことにさせていただきます」


スッと顔から表情を消して、戸叶都知事が驚くべき答えを返してきた。


「といっても誤解なさらないで下さい。『記憶を書き換える』と言うと何やら物騒に聞こえますが、これは『不安の要因を取り除く』だけのことであり、言わば精神内科における処方と何ら変わりはありません。当然人格に影響を及ぼすようなことは一切ありませんし、処置もごく一瞬のことですから、何も心配はいりませんよ」


再び凍り付く俺達とは対照的に、淡々と話を続ける。


「それでもこうして時間を取って話そうと思ったのは、私なりの誠意と謝意です」


そしてそう締めくくると、真っ直ぐに俺達へと視線を返してきた。

きっとその言葉に噓はないのだろう。

今本人が言っていた通り、もし書き換えようと思えばわざわざこうして話をする必要なんてないのだから。


だが、それじゃ困るんだ…!


確かに話を聞いて絶望的だとは思った。

いや、そもそも状況は未だに飲み込み切れてはいない。

でも目を覚ませば、向こうの世界に戻れば、まだ何かできることはあるかもしれない。

少なくともこのままでは待っているのは死だけであり、ならば例えどんなに絶望的だったとしても足掻いた方がいいに決まっている。


「待って下さい、俺達は…!」


だから慌てて口を開くも、


「なりません」


しかし俺の言わんとすることなどやはりお見通しだったようで、ピシャリと言葉を被せてきた。

先ほどまでとは違う有無を言わせない迫力に、思わず言葉を詰まらせる。


「仮に目を覚ましたところで、一体どうなさるおつもりですか?

 今お話しした通り、タウンの資源は枯渇の一途を辿り、しかもそこから出たところで今度は敵性存在である機械がひしめいているのですよ。彼らの能力、装備、数、資源、どれも我々人類の比ではありませんし、常時お互いの状況をリアルタイムに共有するという、人間ではおよそ不可能な、まさに一糸乱れぬ統率と連携までとれています。どちらが有利かなど、もはや改めて考えるまでもありません。

 そもそもこの計画はそれら状況を踏まえた上で、日本だけでなく、世界各国におけるタウンの首脳陣が何度も打ち合わせを繰り返し、やむなしと判断して実行に移したものです。それを貴方達高校生が何かできるとお思いですか?それはいささか自惚れが過ぎるというものでしょう」

「……」


滔々と並べられた絶望を上乗せする言葉に、ただ圧倒されて沈黙する。

そんな俺達へと、変わらず都知事としての厳しい表情を向けながら言葉を続ける。

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