第27話

「なんだ、さっきから聞いていれば、もう諦めたかのような言い方ばかりして」


そのまま目を瞬く周囲の視線にも構うことなく、ズイッと一歩詰め寄る。


「確かにショックは受けた。言う通り、ここが現実ではない可能性の方が高い…いや、現実ではないと俺も今は確信しているし、状況的にお前の方は俺達以上に危険な状態にあるのかもしれない。

 だが、諦めたら本当に終わってしまうじゃないか。お前は本当に自分の人生を諦められるくらい、もうこれ以上はないというくらいまで調べて、考えて、行動したのか?」

「!」


ふつふつと沸き上がってくる感情のままに言葉を連ねると、ハッとしたように一樹が目を見開いた。

だがそれでもやはり俺の言葉は止まらない。


「俺だって状況はさっぱり分からない。だが今からみんなで考えて動けば、何か方法が見つかるかもしれない。お前だってそう考えたからこそ話してくれたんじゃないのか?少なくとも俺は、お前も含めた俺達全員が助かる方法をこれから死に物狂いで探していくつもりだ。だからお前も行動する前から諦めるな!それでは助かるものも助からないぞ!」


自分がそんな状況だというのに人の心配をして、一人で抱え込んで、挙げ句にまた俺達のことを気遣っている。

確かにもう少し甲斐性を付けて欲しいとは言ったが、こんな気の遣い方をするくらいなら、いっそまったくない方がいい。

こういうときこそ友を頼るべきなんじゃないのか。


「恭也…」


肩で息をしつつ睨みつける先で、一樹が目を見開いたまま固まっている。

他のみんなも何か思うところがあったのか、一様にハッとした顔をしているのが見えた。


「……」


しんと場が再び静まり返る。

いつの間にか運動部のかけ声は聞こえなくなっており、代わりに遠くから烏の鳴く声が響いてくる。


「そう、だな…。確かに言われてみれば、もう無理だと決めつけて全然足掻いてなかったな。…そうだよな、諦めるのは足掻ききってからでも遅くないよな」


でもしばらくすると、ぽつりと一樹が呟いた。

咄嗟に目を見開く中、なんだか目が覚めたような気分だよ、とまたイケメン野郎の顔に戻って笑う。

どうやら俺の思いはちゃんと届いたらしい。

それを見てようやく俺もホッと息をついた。


やれやれ…、まったく世話の焼ける奴だ。


「恭也君の仰る通りです」


そんな俺達の傍ら、先輩も表情を緩めて頷いた。


「私も勝手に諦めて絶望しかけていましたが、私達は一人ではありません。全員で考えれば何かしら突破口だって見えるはずです…って、すべて今恭也君が言ったことですね」


そのままクスクスと笑い出した先輩に、つられて俺達も笑いながら頷き返す。


「あの…渡良瀬、さっきはゴメン!」


すると、そう言って今度は栗山が両手を合わせた。


「アタシ、さっきはすごく怖くて…。アンタの気持ちも全然考えないで勝手に取り乱して、ホントにダメダメだった…!…だからゴメン!」


思わず目を瞬く先でさらに深く頭を下げる。

きっとあのとき、一樹の言葉にホッとしてしまった自分に罪悪感を覚えたのだろう。

やはり真面目な奴である。


「わ、私もです…、渡良瀬先輩の方が辛いはずなのに…」

「いやいや、あんな話を聞けば無理もないさ。二人とも真面目だなぁ」


続けておずおずと静音も謝るも、一樹の方は対照的に微笑みを浮かべて軽い感じでパタパタと手を振った。

どうやらすっかりといつもの調子に戻ったらしい。

そのことは二人にも分かったみたいで、ホッとしたように表情を緩める。


「そうとなれば、さっそくこれからのことについて話し合いましょうか」

「だね!これで終わりなんて冗談じゃないし!」

「はい!」


そして美弥子先輩の言葉にぐっと気合いを入れた。

その様子はなんだか姉妹のようにそっくりで、図らずも一樹と二人吹き出してしまう。

と、三人が一瞬きょとんとした顔になり、でも結局は全員で笑い合った。


「私、恭也先輩の言葉を聞いたら、なんだか元気が出てきました!やっぱり先輩は格好いいです、えへへ」


そうしてひとしきり笑ったあと、こちらを振り返った静音が少しはにかみつつ嬉しそうに顔をほころばせた。


「そ、そうか…?」


キラキラと輝くような真っ直ぐな眼差しに、眩しさを感じてつい目を逸らす。

とはいえ、後輩から格好いいと言われて嬉しくないはずもない。

だからちょっといい気分になりながら後ろ頭をかいていたものの、


「ひぎぃ!?」


急にまた脇腹に痛みが走ったため、あえなく情けない声が出た。

それも今度は両方だ。


なんだ!?またか!?

朝にも言ったが、俺の脇にいったい何の恨みがあるんだ!?


「ええい、何をす…」


なので勢いよく振り向けば、


「…何照れてんの」


栗山が先ほどとは打って変わりジトッとした目を俺へと向けて来ており、


「可愛らしい静音さんに微笑まれたんですもの、それは嬉しいですよね?」


対照的に先輩の方はニッコリと微笑んでいたものの、やはり同様に何か圧を感じてたちまち怯んでしまった。


いや、別に今のは照れてもおかしくはないのでは!?


「ぶはっ!?こ、こんな時でも変わらずとか、お前ってやっぱりすごい奴だよなぁ…、くくく…!」


そんな俺達を見て、いつも通り一樹の奴が吹き出す。


いや、こういうときこそ気を遣って欲しいんだが…。


こんなバラバラなメンバーで、果たして謎の解明などできるのだろうか。

なんとも前途多難な気がして、それに若干気負いも抜けて、内心でガックリと肩を落とした。


……。

…………。


「さて、それでは改めまして、今後の方針について決めていきたいと思います」


相変わらずやけに広く感じる生徒会室に、先輩のよく通る声が響き渡る。

すでに室内はオレンジ色に染まりかけていたが、今は少しでも時間が惜しいし、話が話だけにあのまま裏庭で続けるわけにもいかず、こうして移動してきたのだった。

なんだかここはいつも空いているような気もするが、先輩が言うには何か議題があるときにここで打ち合わせをするくらいで、この時期はほとんど使われないらしく、今の俺達には都合がいい。

正面へと目を戻せば、黒板には先輩の綺麗な文字で先ほど話した内容が箇条書きで記されていた。


現状:

 ・この「現実」の常識と、私達の知る常識との間にはいくつもの食い違い

  がある

  例:大半の怪我や病気は一瞬で治る、アメリカという国は元々存在して

    いない

 ・「現実」にて「消失」が発生すると、すべて「なかったこと」として認

  識される

 ・「消失」の発生には何かしらの関連性がある

  例:国や県などのグループ単位で発生している

 ・この場にいる全員が同じ「夢」を共有している


考察:

 ・「現実」に都合の悪い記憶や認識が書き換えられている?

 ・ここは現実ではなく、本当の私達は今も別の場所で眠り続けている?

  =「夢」と「現実」が実は逆だった?

 ・私達の本体が眠る「夢」では、何か異常が発生している?

 ・このため、認識が書き換えられなかった?

  →「現実」の異常に気づいた者は、

   「夢」で異常が発生したグループに属している可能性が高い


「…と言っても、どこから手をつければいいんだろ」


それを両肘をついて眺めつつ、栗山がさっそくお手上げだと言うようにため息をつく。


「こうして改めて文字に起こすと、とんでもないことを話し合ってますよね、私達…」


同じく静音も、黒板を眺めて何とも言えない表情になった。

確かにもし知らない人がこの黒板を見たら、物語の設定の打ち合わせか、あるいは熱狂的なオカルト好きの集団とでも思うに違いない。


…残念ながら、そのどちらでもないんだがな。


もしそうだったらどんなによかったかと、そんな場合ではないのに俺も小さくため息をついてしまう。


「…あの、実は俺、さっき話しながら少し思ったことがありまして」


すると、じっと考え込んでいた一樹が小さく手を上げた。

一斉に視線がそちらへと向く。


「ええ、何でしょう」

「ただその前に、まずはみんなが『夢』の方で聞いたアナウンスの内容について共有したいんですが…」


そう言って今度は俺達の方に顔を向けると、先輩が頷いてさっそく思い出すように口元に指を置き、記憶を辿り始めた。


「そうですね…私が聞いたものですと、『システムの電源供給系統に深刻なエラーが発生しています。管理者およびサービスマンは、優先度Sクラスのマニュアルに沿って至急然るべき対応を取って下さい』だったかと思います。皆さんはどうでしょう?」


そしてすぐにスラスラとつかえることもなくそう続けた。

先輩は記憶力も確からしい。


「うん、アタシもそんな感じだったと思う」

「私も同じです」

「俺もそうだな」


「…そうか。俺が聞いたのとは少し文脈が違う感じだけど、概ねはやっぱり一緒だな…」


三人で頷き返すなり、一樹がまた何やら考え込む。


「アナウンスの内容で何か気になることでも?」

「ええ。というのも、アナウンスの中に『管理者』という言葉が出てくるんです」


…ふむ?


確かに管理者という言葉は出てきたが、それがいったいどう関係してくるのだろうか。

どうにも話が見えずに首を傾げる。

しかし対照的に美弥子先輩と栗山は、それを聞くなりハッとした顔になった。


「!もしかして…」

「あ、そういうこと!?」

「おそらくは…」


目を見開く先輩と、さっきとは打って変わって目に期待の色を浮かべる栗山に、同じく一樹も少し興奮したように頷く。

どうやら何か分かったらしい。


「…すまん、どういうことだ?」

「す、すみません、私もよく分からないです…」


でも一方で俺と静音は状況についていけず、二人でおずおずと声をかける。

先ほど一樹にあんな大見得を切った手前ということもあって実に言い辛かったが、分からないままにしておくわけにもいかない。

だが、どうか俺達の理解が悪いのだとは思わないで欲しい。

というのも美弥子先輩は言うまでもなく、一樹も、それに栗山も成績上位者で頭がいいのだ(学年約四百人中、なんと常に十位以内だ)。

俺だって決して悪くはないし、静音だって同じだと思うんだが、それ以上に三人の頭の回転が早いのである。


「ああ、悪い。というのも俺達は、今もこことは別の場所で、コールドスリープのような状態で眠っているんじゃないかと考えただろ?」


と、すぐに一樹が、ばつが悪そうに苦笑いしながら補足を始めてくれたので頷く。

先ほどみんなで確認したことであり、黒板にも同じことが書かれている。


「加えて異常が発生するのは決まってアメリカ、埼玉といった何らかのグループ単位であること、東京出身の四人がまったく同じアナウンスを聞いているのに対して、埼玉出身である俺が聞いたアナウンスは若干異なっていたことの二点から、各グループ単位でまとまって眠っている可能性が高いとも推測できる。となると、俺達の状態を監視している管理者がいると考えるのが自然だ。

 そして実際…という言い方も変なんだけど『夢』の中では、『管理者』に異常を知らせるようなアナウンスが流れていた」


一樹の説明と並行して、カッカッと小気味いい音を立てて先輩がアナウンスの内容を黒板に書き足していく。

最初は、わざわざ黒板に書くのは大変なのではと思っていたんだが、確かに話し合った内容が書かれていると分かりやすいし、思い違いの防止にもなるから、非常に効果的であることが分かる。


「『夢』の中ではまったく人の気配がしなかったから、もしかしたら機械が管理しているのかもしれないとも思ったんだけど、それならあんなアナウンスを流す必要はないよな。それを踏まえれば『管理者』は人間である可能性が高く、その『管理者』と話が出来ればこの状況も何とかなるんじゃないかと考えたんだ」

「あ!」

「なるほど、そういうことか…!」


そこまで聞いたところでようやく納得がいき、静音と同時に声を上げる。

「夢」の方がどうなっているのかは各々が「夢」で見たことしか分からないので、もしかしたら実態は俺達の想像とは全然違うという可能性はもちろんある。

だが何にも手がかりもない現状において大きな前進であることは間違いなく、調べてみる価値はあるはずだ。

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