第21話
「……」
ただそんな中、ふと一樹だけは一人、先ほどの栗山にも負けず劣らずの真剣な表情で自分のスマホを睨んでいることに気づいた。
「?何か分かったのか?」
「あ、いやいや、まだ調べてるところだよ」
なので思わず声をかけるも、すぐにハッと慌てたように手を振り返してくる。
「?」
「なるほど、そうだったんですね~。ありがとうございました~!」
なんだか様子がおかしい気もしたが、その前に栗山が戻ってきたのでいったん考えるのを中断し、みんなと一緒になってわらわらと寄っていく。
「ど、どうでした?」
「ん~…?」
しかし俺達を代表して静音が尋ねるも、当の本人は頭に疑問符を浮かべていた。
「それがアタシもなんだかよく分かんないんだけど、なんかアメリカのサーバー?か何かが落ちたらしくて、サイトに繋がらないんだって」
「アメリカのサイトと言っても色々ありますが…」
「えっと、なんか全部?繋がらないらしくて、サイトが見られないだけじゃなくてメールとかもできないとかなんとか…。ごめん、アタシその辺の話は苦手で…」
そう言って言葉の通り申し訳なさそうな表情を浮かべる栗山に、咄嗟に目を瞬く。
アプリだスタンプだとスマホを使いこなしている印象があっただけに、なんだか意外である。
だがよくよく考えれば俺も電話の原理なんてさっぱり分からないで使っているし、案外そんなものなのかもしれない。
「やっぱりそのことか…。うん、騒ぎの理由が分かったよ」
と、ここまでずっとスマホをいじっていた一樹が栗山の言葉を引き継いだ。
みんなの視線が一斉に一樹へと向く。
「え、ホント!?」
「ああ。調べてみたんだけど、今栗山が言った通り、ニュースサイトに始まり果てはFXなどのトレードに至るまで、どうもアメリカにサーバーがある、あるいはそこが管理しているあらゆるページに影響が出ているみたいだ。急にアクセスできなくなった、エラーが返ってきたと全国各地で大騒ぎになっているよ」
しかし一樹が口にした言葉は、予想を大きく上回るものだった。
「それは…ずいぶんと大事ではありませんか?」
すかさず美弥子先輩が俺達の気持ちを代弁してくれる。
トレードはよく分からないが、デイトレーダーなんて職業があるくらいなのだから、突然アクセスできなくなったら大変だろう。
それにニュースサイトはむしろこういう時にこそ機能するものであり、しかも数もそれなりにあるというのに、そのどれにも一切アクセスできないとは、どう考えても尋常なことではない。
「まさか、テロとか…?」
一間空けて栗山が少し声を潜めてそう切り出した。
確かに海外で規模の大きな異常が起こったら、真っ先にそこを疑いたくなる。
だが。
「それにしては規模が大きすぎじゃないか…?」
幸い日本ではテロとは無縁の生活を送れるためまったく詳しくはないのだが、アメリカにあるすべてのサイトを落としたなんて事例はこれまでにも聞いたことがない。
「そうですね…。例えば特定のニュースサイト、つまり一つの企業に対して攻撃を仕掛けて障害を発生させるというのならまだしも、アメリカ全土となると流石に現実的ではない気がします」
やはり美弥子先輩も同じ意見のようで、少し目を細め、口元に指を置きながら小さく頷いた。
どうやらこれは考えているときの先輩の癖らしい。
「…いや、問題が起きているのは、どうもウェブサイトだけじゃなさそうだ」
というわけで今度は全員で疑問符を浮かべていると、なおもスマホで何かを調べていた一樹が再び口を開いた。
「え、なになに、渡良瀬、どういうこと?」
また全員の視線が集まる中、一樹がスマホから顔を上げる。
ただ何故かその顔はひどく青ざめているように見えて、思わずぎょっとするも、
「『アメリカ自体』がなくなったらしい」
「…は?」
続けてそんなことを言い出したため、たちまち呆気にとられた。
あ、アメリカ自体がなくなった…?
それはどういう意味なのか。
もちろん言葉の通りに取るならば無くなったということなのだろうが、例えば国としての存在がなくなった、あるいは住んでいる人達がいなくなった、はたまた物理的に大陸が消えたなど、一口になくなると言っても色々な種類がある。
もっともいずれにしても起こりうることではなく、それこそアメリカ全土を巻き込んだテロが起きるよりもさらに可能性は低い、というより皆無だろう。
「いやいや、何を言ってるんだ、お前…」
普段から冗談ばかり言う奴だが、こんな不謹慎な冗談を口にしたのは初めてであり、だから窘める意味も込めて声をかける。
だが一樹の表情は至って真面目でむしろ何か切羽詰まっている色さえあり、結局それ以上は言葉にならず、口を開きかけたまま固まってしまう。
ただならない雰囲気を感じ取ったのはやはりみんなも同じようで、程度の違いこそあるものの一様に戸惑った表情を浮かべている。
「…ほら、これ見てみろよ」
そんな俺達へと一樹がスマホを見せてきたので、ともあれみんなでのぞき込む。
と、そこに映っていたのは一つの動画だった。
船で撮った映像らしくものすごくカメラがぶれていたが、よくよく目を凝らせば恐らく海にいるのだろう、水を挟んだ先には一面に大陸が広がっており、活気ある街並みが見える。
とはいえ、これが先の話とどう繋がるのかはさっぱり分からない。
なので首を傾げながら眺めていたとき、突如として目の前から大陸が「消えた」。
一瞬カメラが大きくぶれたのかとも思ったが、周囲に映っている物は変わっておらず、依然同じ方を向いていることを示している。
なのに大陸と街並みだけが文字通り消えたのである。
大陸があった場所にはまるで最初から何もなかったかのように地平線が広がっており、それを呆然と眺めていたものの、その間にもどんどんカメラのブレはひどくなっていき、やがて動画は終了した。
「……」
動画を見終えても、しばらくは誰も発言しなかった。その理由は恐らく全員一緒で、
「いやいや、これでアメリカがなくなったは流石に無理あるっしょ」
案の定、今度は栗山が気持ちを代弁してくれた。
そうなのだ。
確かに目の前から突然、街並みも含めた大陸が一瞬で消えたのには驚いたが、まあそれだけである。
このご時世、画像編集のアプリなどはフリーでもざらに転がっているし、それを使えばいくらでもこんな動画は作れるだろう。
言うなれば今の気分は、世紀の衝撃映像と言われて見たものの、内容はごくありふれたマジックだった、といったところだろうか。
「てか、渡良瀬も冗談とか言うんだ?はぁ~、なんかめっちゃマジな顔してるから、普通に騙されたわ~。まあでも最後のオチはイマイチだったけど、結構ビビったかも」
「な、なんだ、冗談だったんですね…」
そのまま栗山が笑いながら肩をすくめると、静音もホッとしたように胸に手を当てて表情を緩め、元の賑やかな雰囲気が戻ってくる。
しかしそれも一時のことで、なおも真面目な顔のままでいる一樹を見るなり、すぐにまた戸惑った空気が広がっていった。
「…もちろん、最初は俺だって悪戯だと思ったさ。でも動画はこれだけじゃなくて、他にもたくさんあるんだ。見てくれ」
そしてそう言って次に見せてくれたのは、どこかの大学で撮った動画だろうか。四人の男女が仲良く映っていた。
内二人は明らかに国籍の違う容貌で、かつ片言の日本語を喋っていることから、どうやら留学生らしいことが分かる。
ところがそうして楽しげに笑い合っていたものの、次の瞬間、件の二人が「消えた」。
その消え方はさっきの動画と同じで、何の前触れもなくいなくなったのである。
突然の出来事すぎて咄嗟には理解できなかったのか、残った二人が目を瞬く。
けれど一間置いてとカメラが大きくぶれ、きっと二人の名前なのだろう、名を呼ぶ動揺した声が聞こえてきて動画が終了した。
先ほどの大陸消失マジックの動画とは違い、今度はやけに現実的だ。
名を呼ぶ声も、二人が消えた瞬間の表情も妙に生々しく、ひどく不安をかき立てられる。
だが動画はこれで終わりではなかった。
続けて見たのは「消える兵士!?」というタイトルの動画で、再生してしばらくの間は訓練をする兵士達の様子が映されていた。
だが、途中でやはり同じように突如兵士達が「消えた」。
他にも、リング上でグローブをはめて戦っていた選手の一人が消える動画や、店内から商品がごっそり消失する動画、挙げ句には飛行場に到着した旅客機が消えるものまであり、まるで瞬間移動でもしたかのように座ったままの姿勢でパッと空中に出現した乗客員が、悲鳴を上げながらバラバラと地面に落下していく。
「消失」あるいは「消える」といった用語が使われたタイトルの動画は他にもまだまだたくさん上がってきていたが、それ以上はもう誰も見ようとはせず、無言で一樹にスマホを返す。
「……」
先ほどと同じく誰も口を開こうとはせず、俺達の間にはずっしりとした沈黙が広がっていた。もっとも今度は沈黙の意味合いが大分変わっており、少なくとも俺は、ともすれば寒気すら感じるほどのショックにより、喋る気力を失っていた。
「な、何これ…」
そんな中、思わずといった様子で栗山が呟く。
やはり栗山も俺と同じ気持ちなのか、少し血の気の引いた顔で愕然としている。
「そ、それにこれ、もうアメリカは関係ないような気がするんですけど…」
続けて静音も、気味悪そうに両腕で自分を抱えて口を開いた。
声が若干かすれているのは動揺の証だろう。
だが確かにその通りで、すでにアメリカがどうこうという話の範疇を超えている。
内容があまりにも猟奇的すぎて、途中からアメリカという単語は完全に頭から抜けていた。
「いや、今見たのはすべて『アメリカに関係するもの』なんだ」
しかし静音の言葉に、青ざめた顔のまま一樹が首を横に振る。
ど、どういうことだ…?
そして再び視線が集まると、自分を落ち着けるように大きく息を吐き、口を開いた。
「言葉の通りだよ。最初に見たものはアメリカ本土を映した動画だし、次に見てもらったのは国際大学と沖縄基地のアメリカ人生徒と兵士達。他の動画で消えたのも、アメリカ出身の選手だったり、アメリカから来た物だったりと、すべてアメリカに関係するものなんだ。それもすべて『同時刻』に、一瞬で…」
「ちょ、ちょっと待って!」
ただそこまで言ったところで栗山が声を上げた。
見ればもはや戸惑いを超えて混乱した表情をしており、懇願するように両手を顔前に広げている。
とはいえ俺もまったく同じ気持ちであり、静音も不安そうに俺達の間で視線を行き来させているし、美弥子先輩も真剣な表情で何やら考えてはいるものの、やはり理解し切れてはいないようでその頬に一筋の汗を伝わせていた。
当然だ。
誰がこんな状況をすんなり飲み込めるというのか。
「い、いやいや、アメリカに関係するものって…。アメリカが消えたってだけでもイミフなのに、渡良瀬、アンタ自分が何言ってるのか分かってる?」
「もちろん分かっているさ。…残念ながら、多分この場にいる誰よりもね」
引きつった笑みを浮かべる栗山に、相変わらず真面目な表情のまま一樹がおもむろに頷く。
その際、最後にごく小さな声でなにやら呟くのが聞こえたが、それを気にする余裕は今の俺にはなかった。
こ、これは一体、どういうことなんだ…!?
ここまで来ると、もはやテロがどうこうという話じゃない。
もし本当にこんなことができるのならそれは魔法使いだ。
そもそも人の手に負える相手ではない。
かと言って悪戯にしても手が込みすぎている。
というより不可能だ。
何故ならアップされているものはすべて別のアカウントからだし、何より今一樹が言いかけた通り、いずれも「同時刻」に撮られているのである。
別の角度から撮った同じような動画もいくつもアップされているし、俺は画像や動画の編集には詳しくないが、それでもこれが編集の域を超えていることだけは分かる。
なら、本当にアメリカが消えたのか…?
馬鹿な、そんなことあり得るはずがない…!
しかし現に今、直接この目で見たわけではないとはいえ、こうして次々と情報が上がってきているのである。
どんなに否定しようとも、それが事実なのだ。
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