第20話
そんなこんなですでに胃はキリキリと痛み始めていたものの、対照的にタピオカとやらが入った飲み物を買って鼻歌交じりに戻ってきた栗山と合流したあとは、さっそく全員で近くのショッピングモールへと向かうことにした。
その際喫茶店で打ち合わせはいいのかとも思ったが、口にする前に一樹にやんわりと止められてしまう。
曰く「流石に親友として、これ以上火に油を注ぐのは見過ごせないからな…。というかお前はもう少し女心の勉強をした方がいいと思うぞ、本当に」なのだとか。
言っていることはよく分からなかったが、一応俺の身を案じてくれたらしい。
それならさっきも笑っていないで、フォローの一つでもしてくれてもよかったのではないだろうか。
こいつもよく分からない奴である。
ともあれそうして俺達が、というか女性陣が真っ先に向かった先は服屋だったのだが。
「わぁ、ここが服屋さんなんですね」
「え!?先輩、まさか服買うの初ですか!?」
「お恥ずかしながら。私が着る服はいつも清水が…あ、清水というのは私の教育係なのですが、彼女が用意してくれますから…」
「うっわぁ…、教育係とかガチのセレブじゃん…。あ、なら、今日はアタシが選んでも良いですか?」
「まあ、よろしいのですか?それではお願いしますね、姫良瑠さん」
「あ、あの、姫良瑠先輩、もしよければ私の服も選んでもらえませんか…?私もあまり服屋さんって来なくて…。あっ、もちろん美弥子先輩みたいなお金持ちだからじゃなくて、単純に似合う服がよく分からないからってだけなんですけど…」
「よきよき~!静音ちゃんも可愛いから、組み合わせも普通に星数だし!あ~、なんかめっちゃアガってきた~!」
入るなり、三人がきゃあきゃあと盛り上がり出した。
いつの間にか名前で呼び合っていて、今日初めて会ったとは思えないほど仲良くなっている。
共通の趣味があればたちまち結束が強まるのは、やはり女性でも同じらしい。
それにしても、女子というのは本当に服が好きなんだな…。
その様子を見て改めて感心する。
俺と父もよく姉と母の買い物に付き合わされるので、女性の装いに対する興味の強さは身を以て知っている。
「あっ、ねえ、これめっカワじゃない!?先輩、チラ見だと百で和ってカンジですけど、ちょいゴスめな大人ガーリーも絶対似合うと思うんですよね~!」
「め、めっかわ…?ちょいごす…?」
「ってよく見たらルノワールの新作じゃん!うわ~、ペールトーンもやっぱいい~!今年はフェミニン系で行こうと思ってたけど、やっぱ買っちゃおっかな~。あ~でも今月ってアモロゼとリピュアだけだと思って、すでにニットとシアー系買い漁っちゃったんだよね~…。う~、チェック漏れとか軽くビビるんだけど…」
「うぅ…、日本語のはずなのに、姫良瑠先輩が何を言っているのか全然分かりません…」
「つか静音ちゃん、やっぱガチめでおっぱいヤバくない…!?は~、マジうらやま~、あ、ちょっと触ってい?」「ひゃぁぅ!?い、言いながら触らないでください~!」
…まあ、栗山はいささか盛り上がり過ぎな気もするが。
というかあいつは公共の場でいったい何をしているんだ…。
案の定すぐに美弥子先輩から控えめに窘められ、照れたように笑いながら静音に謝っている。
基本的にいつもテンションの高い奴だが、四六時中あの調子で疲れないのだろうか。
そしてそんな女性陣の一方、
「お、おい見ろよ恭也!このシャツの柄、なんか『アレ』に似てないか…!?」
「『アレ』?いったい何を言って…なっ、ほ、本当だ…っ!この段々になったシルエット、先端の流れるようなフォルム…!これは間違いなく狙っているな…」
我ら男組は、主に小学生男子が喜びそうな柄が描かれたシャツを眺めて二人して唸っていた。
いや、どうか誤解しないで欲しいのだが、これは決して我々が子供っぽいのではない。
男子というのは、何歳になっても少年心を忘れない生き物なのである。
「だよな…。流石にこれを着て飲食店には行けないよなぁ…」
「まあ、飲食店以外でも嫌だけどな…」
「…となると、トイレ限定か?」
「江戸の提灯か…」
なお、俺達も別に服に興味がないわけではない。
イケメン野郎の一樹は服装も顔と同様嫌味なくらい爽やかだし、俺も俺で下手な格好などしようものなら即座に姉からダメ出しの嵐を受けてしまうので、流行は常にある程度押さえた服装をしている。
とはいえ一度買ったらしばらくは店にすら入らないし、やはり女子のような情熱は持ち合わせていない。
俺達が常に最新を追い求めるのは、服ではなくゲームなのだ。
そんな風にして盛り上がりながら、服屋だけでなくアクセサリーにアロマ、インテリアなど、色々な店を巡っていく。
ここのショッピングモールは屋上の庭園も含めれば全部で八階層となっており、かつそれが二つもくっついているので、一日かけて歩いても全部は回りきれないほど大きい。
俺は基本的に人の多い場所は苦手で、こんな大きなショッピングモールなど、姉達に拉致されるようにして連れてこられない限り近寄りさえしないのだが、人が多いのには理由があるわけで、いざやってくれば目を引かれるものも多く、女性陣に連れられて見てまわる内に俺達男組もなんだかんだと夢中になって楽しんでいた。
ただそれはいいのだが、再び別の服屋に入ったとき、
「あ、ねえ、これなんて秋月にぴったりじゃない?」
不幸にも栗山に目を付けられてしまい、何故か俺の着せ替えタイムが始まってしまった。
しかもよりにもよって女物である。
度々姉と母にも女物を勧められるのだが、これはいったいどんな拷問なのだろうか。
なんだ、世間では女装男子が流行っているのか。
加えてあろうことか、止めてくれることを期待した良識ある美弥子先輩と静音もすごい勢いで食いついてきて、ますますヒートアップするような始末。
とどめとばかりに店員まで「こちらもお勧めですよ」などとしれっとやって来たときには本気で逃げようかと思ったが、店員を含めた女性陣の巧妙な連携によりそもそも逃げるという選択肢がブラックアウトしていて、ただ絶望しながら翻弄されるより他に道はなかった。
なおこの間、イケメン野郎はと言うと、
「ぶっふぁ!?お、お前って実は、す、すごい美少女だったんだな…!に、似合ってるぞ…!ふ、くくく…、あっはっはっは!」
ひたすら爆笑していた。
楽しそうで何よりである。
…あとで覚えておけよ。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、そろそろ昼時ということでレストランフロア(ここだけで三階分もある)へと移動することにした。
「これはまた、食欲をそそられる香りですね…」
エレベーターを降りた途端、ふわりとえも言われぬ匂いが漂ってきて、スッカラカンの腹を直撃してくる。
「はい…。それにこれだけ種類があると、目移りもしちゃいますよね…」
たちまち強烈な空腹感を覚える中、先輩と静音がうっとりとした声を上げる。
宜なるかな。
空腹時に嗅ぐ料理のかぐわしい香りというのはそれだけで凶器さながらの威力があるというのに、その上店舗によってはガラス張りで調理しているところが見えるようになっていたり、ジュワッと肉を焼く音が聞こえてきたりと、嗅覚だけに留まらず、あらゆる方面から攻撃を仕掛けてくるのだから堪らない。
ただ、そうして破壊的とすら言える魅惑の空気にクラクラする反面、
「…これで値段も安ければ最高なんだけどなぁ」
「本当にな…」
やはり同じことを思っていたらしく、軽く肩をすくめる一樹に頷きつつため息を吐いた。
何故ならどのメニューを見ても、俺達がいつも食べる定食屋の三倍は軽く超える値段なのである。
もちろんそれはここに来る前から分かっていたことで覚悟はしていたのだが、改めて眼前に突きつけられると若干冷静にだってなってくる。
学生というのは、いつだってコストとの戦いを強いられているのだ。
「恭也君達は、いつもこういうところで食事をなさっているんですか?」
「い、いえいえ、まさか!俺達はいつももっと安いところです…」
「このお値段だとお小遣い、あっという間になくなっちゃいますもんね…」
「たまにならいいんだけどね…」
このフロアも目新しいようで、楽しそうに周囲を見渡す先輩に慌てて手を振り返す。
なお朝の一件以来ずっと虫の居所が悪かった先輩と静音だったが、例の着せ替えが終わった頃には実に晴れやかな顔になっており、機嫌もすっかりと直っていた。
女性の心理というのは本当に複雑である。
「ああでも、栗山はよく読モにも出てるし、戸叶先輩ほどじゃないとは思うけど、ここの食事も余裕そうだよな」
そんな中、ふと思い出したように一樹が肩をすくめた。
「え!?姫良瑠先輩、読モしてるんですかっ!?」
途端に静音が大きな目を見開いて瞬く。
服屋にはあまり来ないと言っていたが、栗山に服選びをお願いするくらいだし、やはり興味はあるのだろう。
興奮したようにキラキラと瞳を輝かせている。
「…読モ、ですか?」
「読者モデルのことですね。ファッション誌なんかでモデルをするバイトのことです」
「えっ、それってすごいじゃないですかっ」
一方の美弥子先輩は首を傾げていたものの、すかさず一樹が微笑みながら説明をすると同じく目を見開いた。
静音然り、相変わらず表情豊かな人である。
二人並んでびっくりしている姿はなんだかとても微笑ましい。
「確かに姫良瑠先輩、ものすごくスタイルいいですもんね…。うぅ、複雑です…」
「そうですね…。……。…ね、恭也君もやっぱりそう思いますよね?」
けれどすぐに静音が言葉通り複雑そうな表情になり、美弥子先輩の方は何やら意味深な目を向けて同意を求めてきたので、首を傾げつつもともあれ大きく頷き返しておく。
「それはもちろんですとも!派手な服装はともかく、あのスタイルの良さには何度目を奪われたことか……ひぎぃ!?」
しかし素直に答えたにも関わらず、また脇腹をつねられてしまった。
理不尽である。
「彼女、色んなところによく載ってて…って、あれ?そういえば栗山は?」
案の定賑やかな俺達のことをニヤニヤと楽しそうに眺めていたサイケデリック野郎だったが、口を開いて間もなくキョロキョロと周囲を見渡し始めた。
…言われてみれば、さっきからやたらと静かだな。
泳ぐのをやめたら死んでしまうサメかと思うくらい騒がしく、いつまたとんでもない言動が飛び出してくるのかと常にハラハラさせられる栗山だが、静かなら静かで不安になってくる。
何とも難儀な奴である。
というわけで若干焦りながら同じく俺も辺りを見渡せば、程なくして一つの店前でじっと佇んでいる栗山の姿を発見した。
栗山は格好含めて大変目立つので、こういうときは実に便利である。
「…なにやらメニューを睨みつけているな」
「ああ…、すごい真剣さだ…」
同様に一樹も見つけたようで、鬼気迫るとすら言える表情で一点を見つめる栗山の姿に、二人同時に思わずゴクリとつばを飲み込む。
だが、いったい何をそこまで真剣に見ているのかと疑問に思ったのもつかの間のこと。視線の先を追って直ちに納得した。
というのも栗山が見ていたのは店のメニューだったのである。
より具体的に言えば、メニューに書かれたカロリーの表示。
先ほどから静かだったのは、色々な店のメニューを比較していたからなのだろう。
こういった場所ではメニューにカロリーが書かれていることが多く、我が姉もメニューを見る度に、まるでカロリーが長年の宿敵であるかのように目つきを鋭くしている(そして下手なことを言うと、俺も強制的に同じ低カロリーメニューを選ばされるのだ)。
美容関係にかける女性の情熱は素直にすごいと思う。
ただ、そんな風にして入る店を吟味しているときのことだった。
「…ん?」
急にざわざわと周りが騒がしくなった。
思わず視線を向ければ、皆が皆スマホを覗き込んで何やら忙しなく話をしており、それは客だけに留まらず、店先にいた店員までもが同じように驚きや困惑をその顔に浮かべている。
なんだ…?
「?皆さん、どうかされたのでしょうか?」
「何か驚いているみたいですけど…」
すぐに美弥子先輩と静音も気づき、周囲を見渡して同じく首を傾げる。
「なになに~、どしたの?」
するとメニューとにらめっこしていた栗山も流石に気づいたようで、キョロキョロしながらこちらへと小走りにやってきた。
「いや、みんなしきりにスマホを眺めているから、何事かと思ってな」
「あー、確かにみんな、なんかめっちゃ見てるね~。んじゃ、ちょっと聞いてみますか。あ、すみませ~ん!」
でもそう言うなり、今度は近くの家族連れの元へと駆けていく。
「す、すごいですね、姫良瑠先輩」
「あいつのあの物怖じしない行動力は素直に羨ましいよな…」
「そ、そうですね…」
それを見て三人でしみじみとしてしまう。
知らない人に声をかけるなど、俺だと事前に話す内容をしっかり整理し、深呼吸を何度も繰り返してようやくできるかという凄まじい難度なのだが、奴にとっては息をするくらい何でもないことなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます