第19話

だから例え膝だけに留まらず、全身がマッサージ器のように振動したとしても、俺は抗議の姿勢をやめないぞっ!


でも笑うのはどうかやめて欲しい。

前にも言ったが男子高校生の心は繊細なのだ。


「…ふぅん、あ~そうだよね~。秋月って、先輩とか静音ちゃんみたいな大人しい感じの子がタイプだもんね~?」

「!?」


しかしそんな風にして身構えていたものの、予想に反してふっと視線を落とし、そのままとんでもないことを言い出した。


いや俺は別に大人しい女性が好みなのではなく、心に一本の芯が通った、美しい生き様の大和撫子に憧れるのであって…ってそうじゃない!


何事かと動揺する俺を余所に、栗山が力なく笑って肩をすくめる。


「てか、アタシみたいなうるさいのはそもそもお呼びじゃないよね?いつも迷惑そうにしてるし…。なのにアタシ一人はしゃいじゃったりして、あはは、バカみたいだよね。うん、なんかごめんね…」


その様子に美弥子先輩達がパチパチと目を瞬く。

さもありなん。

先ほどまで赤兎馬さながらに暴れ回っていたのに、それが急にしおらしくなって殊勝なことを言い出したのだから、驚くなと言う方が無理だろう。


もっとも休憩時間のたびに話しかけられている俺の目には、その姿からもやはりわざとらしさが垣間見えてたちまち内心で唸ってしまう。

栗山の性格を知らない人からすれば、これではまるで俺の方が悪者である。

ここまでの流れから察するに、恐らくこれも狙ってやっているに違いない。


うぐぐ…、おのれ軍師栗山め…!

妙なところで高いコミュニケーション力と策士ぶりを発揮しおってからに…!


どうやら何が何でも俺達と一緒に行きたいらしい。

いったい何がそこまで栗山を駆り立てているのかは分からないが、相変わらず強引というか強かというか、ここまで来るといっそ感心する。

肩を落とす裏で、ペロッと舌を出す栗山が見えるかのようであった。


「……」


ただ、あながちまったくの演技というわけでもないらしく、その目には不安そうな本心も見え隠れしていた。

どうやら俺が栗山のことを迷惑に思っていると、本気で心配しているらしい。


はぁ…。まったく、こいつは器用なのか不器用なのか分からないな…。


「待て、いつ俺が迷惑そうにしたというんだ」


思わず内心でため息を吐きつつ声をかける。


「…だってアタシが声をかけると、アンタいっつも『げっ…!?』って顔してんじゃん。今だってそうだったし…」

「うっ…!」


しかしすぐさま栗山が口を尖らせ、案の定美弥子先輩と静音の二人にも「恭也君…?」「先輩…」とちょっと非難めいた目を向けられたため、あえなくまた怯んでしまった。


ち、違うんだ、二人とも…!これには正当な理由があって…。

ええい、一樹っ、お前はいつまでも笑っていないで、親友なら少しくらいフォローしたらどうなんだ!


「そ、それは、お前がいつもとんでもないことを口にするからだろうがっ」


なにやらますます俺の立場が悪くなってきたので、心の中で一樹に八つ当たりをしつつ、ともあれしっかり釈明しておく。

実際、職員室前でのことだとか(静音が弁当箱を落としそうになったのを目撃された件)、教室でのことだとか(美弥子先輩と登校しただけで二股とか言われた件)、おかげさまで担任の先生には呼び出されるわ、廊下を歩く度に周囲から冷たい視線を向けられるわと散々だったのだ。


それを忘れたとは言わせないからな…っ!


なのでそういった諸々の苦い思い出を目に込めてギロリと改めて視線を向ければ、予想に反して、うっと今度は栗山の方が怯んだ。


「あ、あはは~、そうだったっけ?いや~、ごめんごめん~」


そのまま目を泳がせながら誤魔化すように笑うのを見て、咄嗟に目を瞬く。

これだけの策士ぶりを見せる一方で、どうやら自分の発言が及ぼす影響についてはあまり考えが及んでいなかったらしい。


そういうところでこそ、是非その能力を発揮してもらいたいのだが…。


「とにかく、俺は別にお前のことを迷惑だなんて思ったことはないし、むしろお前からは学べるものが多くあって、会話を毎回楽しみに思っているくらいなんだぞ」

「…え?」


ただため息交じりに話を続けると、意外だったのか、栗山が驚いたように目を見開いた。


「ん?いや、だって栗山は人と話すのにまったく物怖じしないし、根は真面目で努力家だし、よく気が付く几帳面な性格をしているだろう?」

「!」


栗山は一見すると派手な格好と発言ばかりが目立つが、先生や友人から頼まれたことはきっちりやり遂げるし、何気に成績も常に学年上位だったり、スムージーの件に限らず困っていたらなんだかんだと手助けしてくれたりと、前にも言った通り外見に限らず内面の魅力もしっかり持っている。


「そういった点は素直に尊敬しているし、好ましいとも思っている。だからもう一度言うが、俺はお前のことを迷惑だと思ったことなどただの一度もない。そこは誤解しないで欲しいな」


まあ、今日みたいにぐいぐいと強引に来たり、無自覚にとんでもない発言をしたりするのだけは勘弁してもらいたいが、今言った言葉は紛れもない俺の本心だ。


と、その目を見据えてありのままの気持ちを話したのだが、


「え、あ、ありがと…」


すると栗山が視線を横へと逸らして、はにかみながら小さく言葉を返してきた。


お、おお…?


今度は演技ではないらしく、珍しい姿に思わず目を瞬く。


「そっか…、ちゃんと見ててくれたんだ…」


そんな俺を余所に栗山がクスッと笑う。

それはいつものからかいを含んだものではなく、本当に嬉しそうな顔で、つい見惚れてしまうような魅力的な微笑みだった。


「てか何~?アンタってアタシのこと、そんな風に思ってたんだ?へぇ~ぇ?」


しかしそれも一瞬のことであり、直前までのしおらしい姿から一転、また普段通りの…いやそれ以上のニマニマとした顔になって詰め寄ってくると、指先で人の頬をツンツンといじり始めた。


「な、なんだ、その顔は…!」


相変わらずの急激な変化に、ツンツンされたまま大いに怯む。


こらやめろっ、指先で人の頬をつつくんじゃない…!


「べっつにぃ~?あ~、アタシなんか喉渇いちゃったから、ちょっちその先の店でタピ買ってくるね~!」

「え!?あ、おい…!」


でもひとしきりつついて満足したのか、妙に弾んだ声でそう言い残し、跳ねるような足取りで表通りの方へと歩いて行ってしまった。


いや、まだ話は終わっていないんだが…。


あっという間に見えなくなった背中を、手を伸ばしたままの姿勢で呆然と見送る。

そもそも栗山の強引さが目に余るから諫めていたわけで、むしろここからが本題だというのに、その前にいなくなってしまったのだから、俺の戸惑いも分かってもらえるかと思う。


本当に何だったんだ…。


そんなに俺の頬の感触が気に入ったのだろうか。

相変わらずよく分からない奴である。


ところがそうして首を傾げていたものの、


「ひぎぃっ!?」


突然脇腹をつねられたので、思い切り変な声が出た。


だ、誰だ!?今度は何だ!?


とは言いつつも、こんなことをするのは栗山を除けば一樹くらいのものだ。

そういえばさっきから楽しそうに状況を眺めているばかりで、まったくフォローも何もなかったことを思い出し、いささか憤慨する。

なんと友達甲斐のないやつなのだろうか。


「ええい、何をする!?大体お前な、仮にも友が困っているときに…って、あれ!?」


なので一言文句を言ってやろうと、変な声を出してしまった恥ずかしさを誤魔化す意味でも勢いよく振り返るも、しかしそこにいたのは美弥子先輩であった。

てっきり一樹だとばかり思っていたのに、意外な人物に思わず目を瞬いてしまう。


「……」


一方の先輩は、俺と目が合うなりニッコリと微笑みかけてきた。

それは相変わらず素敵な笑顔で、普段なら即見惚れていたことだろう。

だが今は何故か先ほどの栗山に勝るとも劣らない凄まじい威圧感があり、たちまち冷たい汗が頬を伝って流れてくる。


というかそもそも俺は今、どうしてつねられたんだ…。


「あ、え、ええと、美弥子先輩?その、今のは…?」

「…恭也君なんてもう知りません」


でも恐る恐る声をかけるなり、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。


え、えぇ…?


立て続けにやって来た理解を超える反応に、ますます動揺は強まっていく。


「恭也先輩の女たらし…」


しかもそれで終わりではなく、あろうことか同じく頬を膨らませた静音からも、ものすごく恨めしそうな目を向けられるような始末であった。


お、女たらし…!?


これには咄嗟に動揺も忘れて愕然となる。

今のやりとりのどこにそんな要素があったというのか。

むしろ弄ばれたのは俺の方だと思うのだが…(頬も指でつつかれたし…)。


「さ、こんなひどい人はもう放っておいて、さっそく買い物に行きましょう、静音さん」

「そうですね。…って、あ、あの、本当にお邪魔しちゃってよかったんですか…?」

「もちろんですよ。私、こんなに大勢でお買い物に行くのは実は初めてでして。なので恥ずかしながら今、とてもわくわくしているんです」

「そ、そうなんですか…。でも実は私も、こんなに大勢でお買い物するのは初めてで…。だから私も嬉しいです、えへへ」

「ふふ、静音さんは可愛らしい方ですね」

「えひゃぇ!?い、いいいえいえ、私なんて、戸叶先輩や栗山先輩に比べたら…」


しかしそんな俺を余所に、先輩達の方はそのまま仲良く談笑を始める。


あ、あれ、どうして俺はこんな扱いになっているんだ…!?


俺は誠心誠意、栗山の行動を諫めていたはずなのに、いつの間にか完全な悪者になっていることに激しく動揺する。


するとポンッと肩に手が置かれた。


「デートの邪魔をした俺が言うのもなんだけど、今のは完全にお前が悪いと思うぞ」


思わず振り返れば、一樹が困った奴を見るような目を向けてきていた。


「それにしても、この状況であんな殺し文句を真顔で口にできるとはね…ふ、くくくく…!いやあ、お前って本当に大物だよなぁ~!」


かと思えばすぐにまた笑い出す。

いったい何なのだ。


「…お前は何だ、俺が困っているのがそんなに楽しいのか。いつからクリヤマーズの一員になってしまったんだ」

「ぶはっ!?く、クリヤマーズって、まさか栗山の友人達のことか…!?くくく、そ、そのネーミングセンスも、す、すごいな…!ふくく…!」


そこはかとない理不尽さを感じながらすかさずジトッとした目を向けるも、案の定と言うべきか、ますます笑うばかりでまったく効果はなかった。

笑っていてもやはりイケメン顔なのが妙に憎らしい。


ああ、いったい今日はどうなってしまうんだ…。


トラブルメーカーの栗山に、親友の不幸をただひたすら笑うイケメン野郎に、何故か大層ご機嫌が斜めの美弥子先輩と静音。

メンバーが混沌過ぎて、先のことを考えただけで頭が痛くなってくる。


「くくく、ま、まあ、お前なら何とかなるって…!くく…っ!」

「ええい、励ますか笑うかどっちかにしろ!」


そんな俺の肩へと、サイケデリックな血が流れているイケメン野郎がまた手を置いてきたが、直ちに払い落としてギロリと睨み返しておいた。


…果たして俺は今日、無事に家に帰れるのだろうか。

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