第12話

と、そんな風にして存分に店お勧めのブレンドコーヒーを堪能していたものの、


「……」


一方の静音は、俺とは正反対にものすごく顔をしかめていた。

そこからは「に、苦くて美味しくない…!」という気持ちがありありと伝わってきて、あまりにも分かりやすい反応につい吹き出してしまう。


「ははは、静音はブラックは苦手か」

「あうぅ…」


するとたちまちまた顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いてしまった。


おっと、いかん…。


それを見て、そういえば静音は子供っぽく見られるのを気にしていたことを思い出し、慌ててフォローするべく口を開く。


「ああいや、すまない。ただ…」


しかし、そんなときのことだった。


__ねえ、聞いた?あのコーヒーって奴、黒い泥水みたいな見た目で、

  しかも焦げ臭くて苦いらしいわよ!__


不意に頭の中に、何かの「記憶」が蘇ってきた。


「俺も昔は苦手で…」


__えっ、そうなのかっ!?ということは、なんだ。そんなものを飲む

  ために、彼らはあんな法外な量の電気を支払っているのか…?__


「だが、飲んでいるうちに段々、と…」


__とんだ物好きもいたものよねぇ…__


まるで再生ボタンが押されたかのように頭の中にくっきりと鮮明な映像が流れていき、思わず言葉を途切れさせてしまう。


な、なんだ、この記憶は…!?


突然の事態に内心で激しく動揺する。

何故なら、俺にそんなやりとりをした記憶はないのだ。

そもそも電気を支払う?とはいったいどういうことなのか。

なのにこれは確かに「俺」の記憶であることだけは何故かハッキリと分かり、ますます混乱は強まっていく。


「…先輩?」


しかしそんな中、恥ずかしそうにしていた静音がきょとんと目を瞬くのが見えて、ハッと我に返った。


「あ、ああいや、とにかく、俺も最初は苦くてどうにも楽しめなかったんだが、格好をつけて飲んでいるうちに、段々と美味しさが分かるようになってきたんだ。だから静音を見て、当時の自分のことを思い出してつい笑ってしまったんだが…、気を悪くしてしまったらすまない」

「い、いえそんな、気を悪くするなんて、全然そんなことはないです…!」


なので兎にも角にも謝ると、静音の方も慌ててパタパタと手を振り返してくる。


「でもそっか…、先輩も同じだったんですね…」


でも何を思ったのか、すぐにクスリと笑った。


「今の先輩からは全然想像できないですけど…、コーヒーを飲んで顔をしかめる恭也先輩、ちょっと見てみたかったです、ふふふ」

「いやいや、見たところで何一つ面白いことなんてないぞ?」


クスクスと楽しそうな静音の姿にひとまずホッとしつつ、俺も笑い返す。

ただ話しながら、そういえばどこぞの誰かも俺が顔をしかめる度にケタケタと笑っていたことを思い出し、なんだか少し複雑な気持ちにもなってきた。


もしかして俺のしかめ面は、見てみたくなるくらい面白いのか…?


と、何やら訳の分からないことはあったものの、もやもやもした気持ちも静音と話しているうちに頭の片隅へと追いやられ、店を出た頃にはすっかりと消えてなくなっていた。


「それじゃあ先輩、今日はありがとうございました!」

「ああ、俺も楽しかった。ではまたな」

「はい!」


すでに日は傾きかけていたが、静音はまた図書館に戻るとのことなので、ここで別れて駅へと向かう。


うむ、今日はなんだか気分がいいぞ。


理由は言うまでもなく、思いがけず同好の士と巡り会えたからだ。

基本的に安定と平穏を好む俺だが、こういうハプニングなら大歓迎である。


そんなわけで足取りも軽く、爽やかな気持ちで改札へと歩いていく中、そこでふと、スムージーの店が目についた。


そういえば栗山の奴が新しくできたと言っていたな…。

…ここのことかは不明だが。


駅の周囲以上に構内の店は回転が早く、次々と店舗が変わっていく。

だから新しい店ができたところで、いつもなら見向きもせずに素通りしていたのだろうが、不思議と今日は目に留まった。


そうだな…。何事も経験だと言うし、せっかくだから試しに飲んでみるか…?


店の前は人で溢れていたものの、ここは待ち合わせをする人も多数いるため、実際はさほど待つことなく買えるだろう。

混雑したところにわざわざ足を踏み入れるなど普段ならまずしないのだが、今はいい気分であることも手伝ってむしろ颯爽と歩みを進めていく。


ただそうして人混みをかき分け、店の前へとたどり着いたときのことだった。


「あれ?秋月?」

「うっ!?」


ここ最近だけでもうすっかりと聞き慣れた声が聞こえて来たので、思わずビクリと肩を震わせてしまう。

その声だけでキラキラした感じが伝わってくる雰囲気から、もはや振り向くまでもなく誰かは分かってはいたが、恐る恐る振り返れば、案の定栗山とその仲間達がこちらを見ていた。


な、何故こんなところに栗山達が…っ!?


相変わらずのキラキラ具合に気圧されて一歩後ずさりそうになるも、そういえばスムージーにはまっていると言っていたし、事実彼女達の手にはこの店で買ったと思わしき飲み物があった。

それにそもそもここは大きな駅で、構内には他にもたくさんの店が並んでいるわけなのだから、いても何の不思議もない。

むしろ今まで出会わなかったのが不思議なくらいである。


「え~、なにその嫌そうな顔~?軽く傷つくんですけど~」


するとそんな俺を見て、たちまち栗山がジトッとした目を向けてきた。


うっ…。


そう言われると、確かに今のは失礼だったかもしれない。

少なくとも真の紳士を目指す者としては、決して褒められた態度ではないだろう。


「べ、別に嫌な顔なんてしていないぞ。ただあれだ、ほら、店のメニューが見えなくて目を細めていたところで声をかけられたから、こんな顔を世間様にお見せしてしまうことが申し訳なくて、そんな気持ちがつい顔に出てしまった次第でだな…」


しかしそうは言っても、栗山相手に素直に謝ろうものなら、いったいどんな風にからかわれるか分かったものではない。

なのでつい目を逸らしつつ、ごにょごにょと誤魔化しを口にする。


そもそも栗山は、その仲間達も含めてとても目立つのである。

それは単純に格好が派手でかしましいからというのもあるが、存在感がすごいというか、中でも栗山はすらりとした綺麗なスタイルをしているので、ひときわ目を引くのだ。

前に何かの雑誌でモデル?のバイトをしていると言っていたがそれも頷ける話で、現に今も周囲の視線を集めている。


すなわちこの場でからかわれるということは、いつもの十割増し以上の羞恥ダメージを受けるということに他ならず、だから素直に謝れないのも、決して俺がビビりだからだとか、なんちゃって紳士だからなのではなく、あくまで周囲の状況に適応した結果なのだとここに表明しておく。


「あっははは!何その言い訳~!?つか毎度思うんだけど、アンタのリアクションってもはや天然記念物だよね~!」


だが俺の懸命な申し開きも空しく、それを聞くなりケタケタと笑い出した。


リアクションが天然記念物ってどういうことだ…。

ヤマネみたいにキュートで愛らしいリアクションだということか。


相変わらずよく分からないことを言ってくる栗山へと、今度は俺がジトッとした目を向ける。

けれど「ぶふっ、マジウーパー顔…っ!」とさらに笑われただけであった。

どうやら俺はヤマネのような癒やし系ではなく、あくまでウーパールーパーの系統であるらしい。


「あ~、おかし~。つーか、マジでどうしたの?誰かと待ち合わせ?」


ここは憮然とすべきなのか喜ぶべきなのか咄嗟に考え込む俺を余所に、栗山が目尻の涙を拭いながら話を続ける。


どれだけ可笑しかったんだ…。


「やれやれ…。いや、待ち合わせじゃない。俺もスムージーとやらを買ってみようと思ってな。前にお前から話を聞いて興味が出たんだ」


その様子にため息を吐きつつも正直に答える。

なにせ知らないと、地球人かどうかすらも疑問に思われてしまうようなものなのだ。

正真正銘の地球人としては一度くらい飲んでおくべきだろう。


「え!?」


しかしそれを聞いた途端、何故かびっくりした顔になった。


「あ、そ、そうなんだ…?ふーん…」


かと思えば少し視線を逸らして、自分の髪先をクルクルといじり始める。


な、なんだ…?


てっきりまた笑われでもするのかと思いきや、突如として何やらしおらしくなった姿にあえなく狼狽えてしまう。

そもそも女子という存在自体が俺にとっては未知数であり、行動の予測なんてまったくできないのだが、中でも栗山は輪をかけて分からない。


「お?お?なになに、なんかめっちゃ嬉しそうだけど、どうしちゃったんですか~、姫良瑠さん~?」

「顔もプチ赤くなってますけどぉ~?」


というわけでいったいどういうことなのか、これは何か重大なことが起きる先触れなのかと内心で大いに怯んでいたものの、すると彼女の仲間達、通称クリヤマーズが(俺が勝手に名付けただけだが)、何やらニヤニヤと栗山にくっつき始めた。


「はぁ?別に普通だし?赤くもなってないし?単純に今日買ったのが当たりだっただけですし?」

「はいはい、そういうことにしときますか」

「姫良瑠マジ乙女~」


そんな彼女達に栗山がキッとした目を向けるも、ますます笑みを深めるばかりで一向に気にした様子はなく、そのままきゃあきゃあと盛り上がる。

相変わらず仲がいい。


……。

べ、別に羨ましいだなんて思っていないからなっ。


ともあれ賑やかな栗山達を尻目に、さっそく俺も何か購入すべく、また若干わくわくしてくるのを感じながらメニューへと視線を移した。

物語然り、新しいものに触れるときはやはり気持ちが弾んでくる。


だが。


「ちょっと種類が多すぎじゃないか…」


視線を向けるなり、思わずそんな声を零してしまった。

というのも、メニューとおぼしき俺の身長くらいある縦長の黒板には、商品名がびっしりと書き込まれていたのである。

確かに目の前の店舗はかなり立派な構えで、無数のミキサーが並び、奥の棚にも同じくたくさんの果物や野菜が置いてあったから、種類はそれなりなのだろうとは思っていたが、想像以上であった。

とはいえ、ここまできたら兎にも角にも読み進めていく。


ええと、なになに…、マスカットに、パイナップルに、ベリーミックスに…、か、カボチャミルク…?

で甘酒に…青汁!?

ヨーグルトとバナナに、ゴーヤー!?


ただその内容も思っていたよりも遙かに混沌としており、そこまで読んだところで一歩後ずさった。


こ、これ、美味しいのか…?


正直、青汁とかゴーヤーが入って美味しくなる想像が俺にはまったくできないのだが、しかしこうして商品として売っている以上は、きっと想像しているような味とは異なるのだろう。…多分。


「あっははは、そこがいいんじゃん!種類あった方が色々楽しめるっしょ?」


と、盛大に怯む俺を見て栗山がケタケタと笑った。

どうやら会話が一区切りしたらしい。


「ま、たまに激マズのがあったり、名前ちょい変えしただけで中身全然変わってないじゃんっ、みたいなのもあったりするけど、それも含めて楽しむっていうか?あ、そーだ、なら、これ飲んでみ?マンゴー&メロン&キューカンバーなんだけど、けっこー当たりだったから!」


続けて、そう言って自分の飲んでいたスムージーを差し出してくる。


「おお、いいのか?」

「よきよき~」


その申し出につい目を見開いて聞き返すと、やはり楽しそうに笑いながら手のスムージをぷらぷらさせて頷いた。


単品だとそのまま過ぎだし、かといって複合したものは味の想像もつかず(というかやはり美味しくないのもあるんだな…)、しかも値段が思っていたよりもかなり高かったから失敗もできないという状況だったので、その申し出は非常にありがたい。

俺も一樹も割と珍しい物には目がない方で、だからコンビニなんかで得体の知れない味のジュースや菓子を見るとお互いが気になったものを買い、よくこんな風に一口ずつ交換したりするんだが、まさか栗山にもシェアしてもらえるとは思わなかった。


なんだ、結構いい奴じゃないか。

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