第9話

ともあれそんなこんなで一樹と合流すれば、さっそく街へと繰り出していく。


ズボンなどと言ったら指をさされて笑われるシャレオツな服屋を回り、トールだかハンマーだかまるで呪文のようなメニューが並ぶコーヒー店でスタイリッシュにお茶をし、カラオケで今流行のなんかこういい感じな曲をなんかこういい感じで熱唱する。

…などということはまったくなく、俺達が向かったのはゲームショップだった。


というのも、俺は好きなゲームのことなら一晩中でも語り明かせるくらいには嗜んでいる歴としたゲーマーだが、実は一樹もこう見えてかなりのゲーマーなのだ。

そもそも俺達が仲良くなったきっかけもゲームだったし、逆にゲームがなければ、こんな完全体イケメン野郎には眩しすぎて近づくことさえできなかったに違いない。


しかもほんの少し前には、俺の好きなゲームが新作を発売したのである。

昔からずっと遊んできたシリーズものの一つで、時代の最先端を行く高画質や映画のような迫力、人間ドラマで見せてくれる超有名なタイトルは、ゲームを知らない者でも一度は耳にしたことがあるに違いない。


他にもそれとは対照的に、昔からずっと変わらない王道にして安心の基本システムを根幹に、絶妙な戦闘バランスとキラリと光るストーリーで根強い人気を誇るタイトルや、身体が異次元と繋がっていると専ら評判のピンクの悪魔が活躍する、ほのぼのした世界観とは裏腹に意外とシビアな難易度で楽しませてくれるタイトルなど、俺が好きなゲームはたくさんあるのだが、そちらも新作が楽しみでならない。


というわけでうきうきと向かったのだが。


「ば、馬鹿な!?まだ発売していないだって…!?」


驚愕の事実に俺は立ち尽くしていた。


俺の記憶ではもう発売しているはずなのに、新作コーナーのどこにも置いていない。

一瞬売り切れを疑うも、それでもタイトルくらいは並んでいるはず。

なので慌てて調べてみれば確かにまだ発売しておらず、それどころかそんな情報すらないことが分かって、今度こそ固まった。

気分は、自転車の前かごに入れていた炭酸飲料をうっかり開けてしまったときのようである。


「なんかさっきの会話でもおかしいとは思ったんだけど、むしろなんで発売していると思ったんだよ?そんな情報どこにも出てないじゃないか」


愕然とする俺を見て、案の定一樹が肩をすくめてくる。

その仕草もやはり妙に様になっていたが、今はそれどころではない。


「い、いやだって、今日は二四二一年の九月一日だろう?それならもう発売して……」


…え?


しかし、言いながら自分の言葉に目を瞬いてしまう。


に、二四二一年…?


今度は別の意味で愕然として手に持ったスマホへと目を戻せば、画面には二○二一年五月二十日と表示されている。

それはそうだ。

少し前に一年生の入学式があったばかりだし、俺達もクラス替えやら大学受験に関する説明会やら、新しい環境に少し浮き足立つ中で始業式を終えたのだ。

それが何をどうして三ヶ月も、いやそれどころか四百年も日付を間違えてしまったのか。


「……」


思わず一樹の方を向けば、ハッと息をのんだ表情をしているのが見えた。


「二四二一年って、ふくく…っ!お、お前、どれだけ盛大に間違えるんだよ…!普通そういうのって一年前後間違えるもんじゃないの?四百年も間違えるのなんてお前くらいだぞ、くくく!」


ただそれも一瞬のことで、すぐに大笑いされてしまった。


「し、知らなかった…。俺は、未来人だったのか…!?」

「ぶはっ!い、いやいや…、お前はどっちかって言えば過去だろ?少し前まで『SNS?なんだ、その助けを求めてそうなものは…?』とか言ってたじゃないか。くくくっ、お、思い出したらまた…!」

「う、うるさいな。あれはもちろんただの冗談で、断じて本気で言ったわけでは…」


そのまままた馬鹿なやり取りをしながら盛り上がる。


うーん、疲れているのか…?昨日は早く寝たんだが…。


なんだか違和感を覚えて首を傾げるも、さりとてゲームショップはゲーマーにとって言わば宝の山。

俺達が興味を引かれるものはたくさんあるわけで、


「おおっ、これは『チャボ伝説LOM』じゃないかっ!」


案の定疑問も次の瞬間にはすっかりと霧散し、即座に夢中になった。


「なんだって!?おお、本当だっ!うわっ、懐かしいなぁ…、これ。小学生の時に発売したんだっけ?音楽と、絵本のような世界観がいいんだよなぁ…」

「ああ…」


一樹の言う通り、このゲームの世界は絵本のような温かなタッチで描かれていて、全体的に幻想的な雰囲気が漂う名作RPGである。

登場キャラクター達も姿や台詞がなんとも特徴的で世界観と共に謎が多く、プレイヤーの想像力をかき立ててくれる。そして何より特筆すべきは曲であり、世界観にぴったりの非常にメロディアスな名曲の数々は、ぐっとプレイヤーの心をゲームの世界へと引きずり込んでくれるのだ。

当時まだ小学生だった俺の心もこれには当然のように一瞬で囚われてしまい、あまりの感動に、しばらくはプレイする手が止まってしまったほど。

あれが初めて曲というものに感動した瞬間であった。


「俺なんて未だに曲を聞いている……あっ、こっちにあるのは『グレンクロス』!?」

「な、何だって!?あの未だにリメイクが数多く作られている超名作RPGの続編にして、仲間になるキャラクターは星の数、なのに一人一人にもちゃんとストーリーがあって、中にはホロリとさせてくれるものもある一方、本編には至る所に謎と伏線が散りばめられていて、新規プレイヤーはもちろん、前作を知っているプレイヤー達をより一層ドキドキさせてくれた、音楽にも相変わらず定評があるあの『グレンクロス』だって!?」

「うむ、説明をありがとう」


と、この通り一樹も一端のゲーマーであり、そんな人間が二人揃ってゲームショップにいるのだから、この盛り上がり様も分かっていただけるかと思う。


「この曲も俺は未だに聞いて…はっ!?見ろ、一樹!あっちにはなんと…店員のお兄さんがいるぞ!?」

「おおおおお!?懐かしいなぁ!」

「…おい。懐かしいってなんだ」


なので試しにとからかってみると、思った通り、ちょっと疲れたような顔で在庫整理をしている店員のお兄さんを見て歓声を上げた。


いや、俺達が店に入ったときに「いらっしゃいませ」って言ってくれただろうが…。

なんだ、あのお兄さんは生き別れて久々に会った親戚か何かなのか。


予想通りのことだとはいえ、もはや床に落ちた埃を見ても驚きそうな勢いであった。


「おい恭也、見ろよ!あそこの値札、外れかかってるぞ!」

「な、何だってーー!?」

「はははっ、お前もノリノリじゃないか!」


…まあ俺も人のことを言えた口じゃないが。


というわけで実に下らないことで盛り上がりながら店を転々としていき(値段然り、店ごとに売り出し方が違っていて面白いのだ)、いつもの安い定食屋でも同様に賑やかに昼食を食べる。


そうして別れた後は、予定通り中央図書館へと向かった。


ああ、やはり図書館の空気はいいな…。


足を踏み入れた途端、独特な紙の匂いが全身を包み込む。


この場所は外の喧噪からも切り離されており、聞こえてくるのもページをめくる音や、貸し出しと返却のやり取りくらいのもの。

心地良い静寂が全体に広がっていて、来る度にホッと息をついてしまう。


ただそれも間もなくのことで、すぐに今度はわくわくしてきた。

何故ならここにも無数の宝が眠っているのだ。

もちろん目に付く本が片っ端から楽しいなんてことはなく、それを探し出す必要はあるのだが、この広大な本の山からまだ見ぬ素晴らしい物語を探すというのも、宝探しをしているかのようで気持ちが弾んでくる。


そんなわけで俄然胸を躍らせながら、さっそくまずは小説が置いてあるコーナーへと足を進めたのだが、


「…ん?あれは…」


そこに着くなり知っている姿が目に付き、咄嗟に瞬く。


というのもこの図書館は学校から近いということもあって俺も含めて生徒はよく利用するのだが、知り合いはほとんど見かけないのである。

まあ制服を着ていない者が大半だから見逃しているだけなのかもしれないが、そういった理由から知り合いがいることに驚きつつも、同時に嬉しい気持ちにもなって近づいていく。


「やあ、静音。こんなところで会うとは奇遇だな」


そしてほっこりとした気持ちで声をかけた。

きっと俺と同じく、素晴らしい物語を求めてその本を手に取ったのだろう。

ここ最近よく昼を一緒する後輩の女の子が、大きな棚の前に埋もれるようにして立ったまま真剣な顔で本を広げて読んでいた。


同好の士を見つけると、妙に嬉しくなるのは何故なんだろうな。


単純に話が出来るからというだけでなく、親近感もわいてくるというか、まるで異国で同郷の者を見つけたかのような気持ちになってくる。


「……」


しかし一方の静音に気づいた様子はなく、瞬きすら忘れているかのように相変わらず真剣な表情で本を読み続けていた。

すごい集中力である。

恐らくお宝を見つけたに違いない。


ならば邪魔をするのは不粋というもの。

蔵書の数が膨大なだけに毎週通っていてもなかなかお宝にはありつけないのだが、だからこそ見つけた時の喜びはひとしおなのだ。


なので同じく本を愛する者として心の中で祝辞を送りつつ、抜かりなく作品名を記憶して俺も書棚へと向き直り、目を引いたタイトルを順々に手に取っていく。


そうしてすぐに俺の方も夢中になって、時間の流れを忘れ始めた頃。


「…えひゃぁ!?」


これはなかなか当たりかもしれないと、そのうちの一つを手にしながら文字を追っていたところで、またなんとも形容しがたい声が隣から聞こえて来た。


「せ、せせ、先輩!?」


思わずそちらへと顔を向ければ、静音が大きな目をまん丸に開いてわたわたと慌てふためいていた。


「ああ、奇遇だな」

「え、あ、あのっ、いつからそこに…!?」


その言葉にスマホを取り出して時間を見る。

と、すでに一時間経過していることが分かった。

どうやら俺の方も思っていたよりも集中していたらしい。


「一時間ほど前かな。その時も一応声をかけたんだが、集中しているみたいだったからそれ以上は邪魔をしないようにと思ってな」

「す、すみません…!」

「ははは、構わないとも。それよりもその本、ずいぶんと面白かったみたいだな」


今度は顔を赤らめて謝ってきたので手を振り返しつつ、さりげなく今静音が読んでいた本の方へと水を向ける。

本に夢中で気づかないなんてことはよくあることで、別に気にするようなことでもないのだが、静音は遠慮がちな性格なのでこのままでは恐縮しっぱなしになりかねない。

それに何より、俺自身が本の内容が気になって仕方がないのである。

もし面白そうなら静音の後で是非とも借りなくては。


「あ、はい、何となくタイトルに惹かれて手に取ったんですけど、文章がとても上手で、あっという間に引き込まれてしまいました…」


すると思った通りすぐ話に飛びついてきて、キラキラと瞳を輝かせながらうっとりとため息をついた。

それを見てついしみじみと頷いてしまう。


「ああ、いいよな…。

 ふと顔を上げれば、いつの間にかそれなりに時間が経っていることに気づいて、『ああ、俺は今本の世界に入り込んでいたんだなぁ…』と実感したときのあの充実感は本ならではのものだよな…。しかもそれが長編で、まだまだ先があると分かったときのあの安心感とわくわくした感じがまたな…」

「そうなんです!だから私も長編物が大好きで…。わぁ、先輩も本が好きだったんですね!」


嬉しそうに笑う静音の姿に、同じく俺も笑顔を返す。

同好の士を見つけると嬉しくなるのは、やはり俺だけではなかったらしい。


そんなわけで本の話でひそひそと盛り上がりつつ(図書館だからな)、各々気に入った本を手に読書スペースへと移動する。


どうやら静音は友人と来ていたらしく、彼女達が取っているという席に到着すると、そこには女の子が一人座って本を読んでいた。


「……」


小さな顔に不釣り合いな大きな眼鏡をしたおさげの女の子で、何というか本が好きであることが一目で分かる風貌をしている。


「おや、ようやく戻ってきた」

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