速水ノゾム−3

 まだ、よそ見している。目が合わない。


 もうすぐだ。奴が視線を向けるまで。


 ……。なんだあいつ。


 端から見れば、髪の毛を触りながらただのんきに歩いているだけ。


 いやいや、それが異常なんだ。おい、何も感じないのか?


 緊迫感を1ミリも感じない。スマホのバトル開始の通知を見たろ? どうしてそんな平然としてられる? これから命のやり取りが始まるってのに。1分後には死ぬかもしれないってのに。それが1位の佇まいなのかよ?


 まるでペットを散歩させているような。コンビニへ買い物に行くような。その様子はただの日常の中の一コマのようだ。


 俺はやっと神に返事ができる。あの時、与えられた神の試練。初めて経験した挫折。


 その全てを乗り越えて今ここにいる。神への祈りは届かなかった。なら、今ここで直接望みを届けてやる。


 そして、俺が最速最強だって事を証明してやる。


 目の前の若者は無関係だ。だが、運が悪かったな。俺の前で神を名乗る以上、きっちりとケリをつけてやる。


 奴がどんなに強いか分からない。どんな必殺技か分からない。しかし、発動させなければどんなやつも同じだ。全員が強化無しのただの無防備な人間。そこを一撃で狙い撃つ。


 レース前と同じだ。合図が鳴る前の緊張の一瞬。


 俺を包む静寂。周りの音は聞こえない。ゾーンに入った。


 いつでもいいぞ。


 さぁ、来い……来いっ!


 この瞬間も、奴は薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。


 その時……目が合った。


『バトルスタート』



【59:59】……


 決まっただろ! 超反応!


 かつてない反応速度。最高の初速。


 俺の蹴りは完璧に奴の顔面を捉えたはずだ。


 ここまでわずかコンマ何秒かの世界。俺だけが到達した世界だ。他の誰も真似できないリスクを負ったからこそ成せる技だ。


 俺はノゾム。何よりも速い者。


 新幹線と同じ。こだま(音)より、ひかり(光)より、のぞみ(望)、人の思いが最も速いんだ。


 後、数センチでそれが証明される。


 いっけぇぇぇええええええええええ!


「あぶねっ」


 ……はずだった。


「くっ」


 信じられなかった。いとも簡単に俺の必殺をかわした。


 心乱すな。こんなこともある。切り替えろ。集中を切らすな。偶然だ。1度目があっても2度目はない。


 奴にかわされ、俺はそのまま着地したと同時に次の動きに入った。完璧な対応だ。


 次で終わりだ! くらいやがれっ! あとわずかで奴に届くその時だった。


「残念。俺は時を止められる」


「え……?」


 声が聞こえたような気がしたその時、無防備な俺の腹に重い一撃が入った。


「ぐはぁっ」


 血を吐きそのまま地面に倒れ込んだ。


 重いパンチに加え、俺の速度がさらにダメージを増やしたんだろう。息が出来ず身動き1つ取れない状態だった。


 這いつくばる俺にそっと手を置き声をかけてきた。


「ねぇ、俺の奴隷になってくれない?」


 爽やかな笑顔。フランクな話し方。俺は友達か? 友達に言うセリフじゃねぇけどな。


 一体どんな能力だよ。裏技だろ。


 こりゃ勝てねぇわ。次元が違う……。


「ああ。降参だ」




━━━━ソロバトル━━━━


   ノゾムVS神


 勝者・神


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