速水ノゾム
俺にはたった1つどうしても欲しいものがある。
それは称号だ。
その称号とは、『人類最速』
それだけが欲しい。それだけを目標にこれまで生きてきたんだ。
その為に短髪。その為に仕上げた体。
俺は小さい頃から走るのが好きだった。両親が言うには家の中を走り回るなと何度注意しても聞かなかったらしい。
物心つく頃にはとにかくずっと外を走りまくっていた。どんなに記憶を辿っても追い抜かれた事を思い出せない。
常に先頭を走っていた気がする。
同級生の誰と走っても負けなかった。
学校の運動会では常にヒーローだった。
走るのが速いっていうだけで、みんなから頼りにされ讃えられる。
そして、誰と走っても1番が当たり前になった。
学校の同級生じゃ相手にならない。
地方大会でもそう。
全国大会でもそう。
それは中学校、高校に行っても変わらなかった。
この結果は決して天性の才能ではないんだ。
だが、周りは言う。アイツは違う。天才だ。別格。比べるべき相手じゃないと。
いやいや、違うだろ。
俺は決して天才なんかじゃない。
ただ、走る事が好きなだけ。
ただ、走る事だけに全てをかけてるからだ。
美味い物を食べたいか? 遊びに行きたいか?デートしたいか? セックスしたいか? 見たいテレビは? 映画は? 読みたいマンガは? 旅行は? SNSは?
数え切れない程の誘惑がある中で、俺を唯一ここまで惹きつけるのは『人類最速』の称号なんだ。
ただ、それだけの為に。
ただ、それだけが欲しい。
なのに、舞台を日本から海外に向けた途端、突然そうはいかなくなった。
期待された世界大会での活躍。日本人初。
どこからともなく聞こえてきた声。
『陸上競技は日本人には無理だよ』
『骨格が違う。体の作りが違う』
『正直、ここが限界がだよ』
いつもそうやってお前らは!
やりもしないで挑みもしないで、限界を勝手に決めつけてるんだ。
俺を見てろ。限界を超える。世界の常識を変える。日本人として初の偉業を達成する。
状態は完璧。最高に仕上がった体。
あとは、合図と共に100Mを誰よりも速く駆け抜けるだけ。
やれる事は何でもした。もう、他に何も思い浮かばないくらいだ。
生まれて初めて神にも祈った。
勝利の女神にも問いかけた。
どうか、お願いします。
生涯1度の頼みを聞いてくれ。今回だけでいい。
俺に微笑んでくれないか?
その時、スタートの合図が響き渡った。
最高の反応。
よしっいける! いけるぞっ!
しかし、他国の有力候補は最後の伸びが違うのを知ってる。
くそっ! 抜かれてたまるかよっ!
腕を脚を、限界まで振り抜く。
俺が。
俺がっ! 1番速いんだっ!
……えっ?
突然、妙な浮遊感に襲われた。走馬灯のようにスローに景色が流れる。あっさり抜いていく他の選手達。天地逆転の映像。
そうか、俺は。
トップスピードのまま豪快に地面に突っ込んだんだ。
途方もない喪失感に襲われた。そこから先の記憶が無かった。
気が付いた時には病院のベッドの上だった。
病院の先生を通して、神からの返事を俺は受け取る事ができた。
「残念ですがもう、選手としての復帰は絶望的でしょう」
何も言えなかった。ただ、泣くしかなかった。
俺の目の前には何も無くなった。
日常生活はできるのに、体は動くのに、俺は生きているのに!
どうしてもう走れないんだよ……。頭では理解できているのに心が受け入れようとしなかった。
ところが、ある日。
何気なく触っていたスマホ。取得したアプリ。突然、現れた女がとんでもない言葉を俺に届けてきた。
「身体性能強化による必殺技の設定をして下さい」
心のどこかで思った。勝利の女神が今頃俺の願いを聞き届けにきたのか?
命がけ? そんなもん関係ない。全く迷う事もない。俺は常に命を削りながら毎日をすごしてきたんだ。
「防御も何も必要ない。走る為の身体性能強化だ!足の筋組織に100%振り分ける」
「かしこまりました」
そこからマッチングが行われた。
対戦相手と目が合った瞬間。迷い無く相手に蹴りを繰り出した。
俺は自分の速さに驚いた。まさか、これ程までとは。
スタートした瞬間。相手の出方を伺う時間。その刹那、俺の攻撃は相手に届くんだ。まさに電光石火。一撃必殺。
勝者・ノゾム
相手は必殺技すら発動してなかったんだろう。完全に油断していたな。ありえないぐらいに体が吹っ飛んだ。
あばらもバキバキだろう。内臓の損傷もひどいだろうな。それほどまでの手応えだった。寝転がった相手は血を吐きピクリとも動かなくなった。
試合後、自然に涙がこぼれ落ちた。俺はやっと手に入れたんだ。欲しくて欲しくてたまらなかった称号。
『人類最速』を。
いや、違うな……。このスピードはそんなもんじゃない。
俺は手にしたんだ。チーターでさえ置き去りにするスピード。神の領域。
まさに神速。
この俺こそが『地上最速』だ。
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