三髪シュリ

 私は幸せ。


 それなりに幸せ。


 旦那がいて、愛する娘がいる、大切な家族がいてそれなりに幸せ。


 それなりっていうのは、幸せか? 幸せじゃないか? って考えると幸せじゃない事はないから幸せっていうだけ。


 様々な要素を混ぜ合わせて何とか幸福度51%って感じ。


 端から見ると、何を贅沢を言っているんだと思われるかもしれないけどそれが本音。


 幸せな要素は間違いなく娘。大切でかけがえのない娘との尊い時間。


 旦那なんて本当にどうでもいい存在。決して嫌いではない。ただ、興味が無くなっただけ。


 どこかで聞いたことがある。


 1番好きな人とは一緒にならない方がいい。


 良く見られたいから、頑張ってしまうし疲れる。相手がいないともやもやするし、他の人となんて気になるし、変に聞きすぎると関係がギクシャクすると思う。精神的に不安定になる。


 でも、1番じゃない人なら気を遣わなくて済む。まぁまぁ雑に扱っても大丈夫。気にもならないから浮気の心配なんかもしない。むしろ、どうでもいい。


 家にお金さえ入れてくれたら事足りる。


 その点で、私は幸せだったんだ。娘が自立してから離婚して快適なセカンドライフを過ごせばいい。


 今日まではそんな事を考えていた。


 プライドだけが無駄に高く上から目線。いつも他人を見下している。その根拠は経済力。たったそれだけで人として優れていると誤解してるんだ。


 低収入や無職の人を人として見ていない。友人との飲み会の後、やっぱり俺が1番だったと自慢する。マジでこいつの魅力がそれしかない。


 妻の事にも娘の事にも興味がなく、自分の事にしか興味がない人間。夫として父として最低だって事に気付いていない。しかし、そんなのも気にしなければどうってことない。空気みたいなもんだから。


 ただただ、時間が過ぎされば良かった。


 でも、このATMが何やら急にとんでもない事を言い出した。


「ふざけんなっ!くそがっ!」


 いつもの経済力で守られた嫌な余裕がまるでない。


「どうしたの?」


「同僚に責任を押し付けられたんだ……会社を辞めさせられるかもしれない。俺は何にも悪くないんだっ!」


「じゃぁ、会社でそう言えば?」


「聞き入れてもらえないんだよ!お前は黙ってろよ!」


 私を突き飛ばし大声で怒鳴り散らしてきた。あちこちで物に当たり家の中がグチャグチャだ。このままいくと私にも娘にも危害が及ぶかもしれない。


 もう、ダメだなこいつ。ここぞというところでまるで冷静じゃない。逆によく今までいい会社で働けてたなって思うわ。


 できる事なら今すぐにでも離婚したい。しかし、出産を機に仕事を辞め子育てがある現状、離婚して急に仕事を始めるのもなかなか難しい。


 受け入れてくれる実家があるわけでもない。


 それ以来、私は特別なスキルがなくても、家事育児の隙間でもできる稼げそうな仕事を探した。


 ある日見つけた、「副業ゲーム」。何やら簡単な仕事で高額報酬がもらえるらしい怪しいアプリを見つけた。


 立ち上げるとそれがまさに詐欺以上に最悪なアプリだった。


 対戦? いやいや、これって殺し合いじゃん。やだよそんなの。もうこのアシスタント拒否できないとか言ってくるし、拒否したら……とか残酷な映像を見せられるし。もう受け入れるしかないんだ。最悪。


 守りたい存在があるのに。娘とまだまだ一緒にいたいのに。


 ただ、ひたすら必殺技を決めろとか促してくる。もう拒否権がないなら死ぬ気で生き残るしかない。


「ねぇ、100%腕力強化にした人同士の力は同じってことよね?」


「いえ、強化はあくまで個々の身体能力がベースとなります。その場合、元々の力の強い方が上です」


「はぁっ!?何それ不公平でしょ。じゃぁ、絶対喧嘩強い男が勝つじゃん」


「そうとは限りません。必殺技の種類、戦略が大事です」


「いや、そうは言ったって……どこを強化したら強いのよ?」


「それは、私からは申し上げられません。申し上げられるのは、強化可能かそうじゃないか、だけです」


 口喧嘩は数え切れない程してきたけど、殴り合いの喧嘩なんてした記憶がない。


 ましてや、力のない私は無駄なく効率よく強化の配分をして、戦わなきゃいけないのにそれをカバーする技術も知識もない。


 もはや、詰んでるっていう状況。


 もう、私死ぬしかないのかな。それか、負けて奴隷にされるのかな。30歳だしスリムじゃないし美人でもないけど、物好きに犯されたりなんか……。怖い、想像しただけでも震える。


 思い浮かんだのは3歳の娘。自分しか興味のない夫は知らないかもしれないけれど、娘はもうめちゃくちゃしっかりしてる。拙くても自分の言葉で自分の意見だって言える。


 なぜかふと思い出した。そんな娘が褒めてくれたんだ。優しく撫でてくれた。汚れのない透き通った目。世界一優しい笑顔。


『ママ、きれいなかみ』


 やっぱり私はまだ死ぬわけにはいかない。


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