軟波カシン(ナンバカシン)

 どこにでもいる男。


 良くも悪くも特徴の無い人間。それが俺だ。


 ボウズでもロン毛でもない。痩せでもデブでもない。ノッポでもチビでもない。格好良くも悪くもない。印象に残らない普通の人間。


 群衆の中のその他大勢。エキストラ。村人。


 女が俺を見ると決まって言うんだ。優しそうな人。つまり、興味のない人。


 それなりに、平凡な人生を平凡に生きてきた。


 まさに俺にふさわしい波風のない人生。ミスター平均。いや、何も秀でたものがないミスター平均以下だな。


 とにかく平均ってのはダメだ。今の時代、どれほど欠点があっても、何かたった1つ人より抜きん出るだけで認められるんだ。


 だからこそ俺は平均以下の会社。平均以下の収入。平均以下の人間なんだ。


 それなりの人生で満足しときゃよかったのに。変に金を稼ごうなんて考えるから酷い目に合うんだ。俺はとあるアプリで非日常の出来事を体験した。


 どうやら俺は身体性能を強化できる人間になったらしい。


 アプリを起動するとマッチング開始の項目がある。これをタップするといつでも命がけのバトルができるらしい。


 現在の勝利報酬は100万円。副業にしちゃやりすぎだな。命がけにしちゃ安すぎるし。


 しかも、アンインストール不可。放置してると強制マッチング。


 いつでも好きな時に仕事ができるってのが副業の良いところじゃないのか?


 しかし、そう文句ばっかり言って嘆いてられないんだ。


 仕事が終わり自宅に帰る電車、そろそろ最寄駅に着く頃だった。


 アプリの通知が目に入った。


『まもなくバトルを開始します』


 アプリが立ち上がりタイマーがセットされている。


【60:00】制限時間

【10:00】必殺技


 本当に急に始まるんだな。あと、1時間で生死が決まる。それか1時間も経たない間に死んでるかもしれないんだ。


 冷たい汗、手の震え、息苦しさ、喉の渇き。極度の緊張状態の中、電車は駅に到着した。


━━━━ソロバトル━━━━


 カシンVSカイリキング


━━━━━━━━━━━━━


『相手を視認し、スタートとなります』


 かいりき…んぐ?怪力…か。分かりやすい名前だな。絶対そのままの腕力パワータイプだろ。そう思い込ませるトラップか?


 すると、スマホに顔写真が表示される。


 普通のオッサンだな……。いわゆる中年。眉毛が濃くて短髪。


 扉が開きホームに降り立った時、電車1両先くらいの場所で俺と同じようにスマホを眺めながら何かを探しているやつがいた。


 いた。あいつだ。顔も間違いない。背が180以上はあるか。しかも名前通りスーツの上からでも分かる程にガタイがいい。普段から鍛えてるのか。たぶん、服脱げばムキムキなんだろうな。


 俺が170くらいだからこう見るとかなりでかいな。普通に殴り合ったら勝てる要素ねぇよ。俺格闘技も何もやったことない一般人なんだし。


 あんなやつが強化した身体で全力で襲ってくるのかよ。改めて命がけなんだと認識させられる。


 本当に勝てるのか……? いや、勝つしかないんだ。


 大丈夫。その為に必殺技がある。


 ふいに、お互いの目があった。


『バトルスタート』


【59:59】……


 カウントが始まった。

バトルスタートと共にやつはこちらに向かって走ってきた。


 そして、体が巨大化した。大きすぎる。2メートル超えてるんじゃないか?


 周囲には駅を利用するたくさんの人間がいるのに誰も見向きもしない。あんな不自然に巨大化するやつがいるのに。


 これも不思議な力のせいか。監視カメラはどうする……? 事件にさせないと断言したぐらいだし、どうとでもなるってことか。まぁ、そんなことを気にするのはやめよう。とにかく思う存分、殺し合えるわけだ。


 しかし、やつを正面から見ると壁が迫ってきているみたいだ。どう見てもあれ必殺技だろ。巨大化……とことんパワー特化だな。


 大丈夫。必殺技使用時間には限りがある。このまま無駄に消費させるんだ。俺は距離をとって消耗戦をすればいい。


 その考えから逃げて距離を保った。すると、やつは巨大化を解除した。


「逃げずにかかってきたらどうだ?」


「あんたこそ、致命的な必殺技だな。そんな事したら必殺技使用がすぐにバレるぞ。相手に警戒されるだけだ。そして、使用時間が無くなり終わりだな」


「確かにそうだな。これは強い反面、致命的なんだ」


 あっさり肯定した。しかも、余裕の表情だな。何か勝つ作戦でもある……


 まさに考え事をして向かい合っているその時。やつが話終えたかと思うと、思わぬ速さで一気に距離を詰められた。ヤバい。


 あいつ。脚力も強化してたのか。分かりやすい巨大化は必殺技使用していると思わせる為のフェイクだ。巨大化していない=必殺技を使用していない、と思わせられた。


「偉そうにすんじゃねぇよガキが、死ねぇぇえええっ!」


 反応の遅れた俺はやつのパンチをもろに顔面にくらった。普通に殴られただけでは信じられない程、体が宙に浮き吹っ飛ばされた。


 マジでヤバかった。必殺技が間に合ってなかった

ら今頃、頭と胴体繋がってなかったな。


必殺技【軟化】【9:58】……


 ある程度は受け流したが痛みはある。頭もクラクラする。何発も当たると流石に持たないな。やつは握り拳をさすりながら俺に問いかける。


「ほぅ……俺のパンチをまともにくらってもまだ立ち上がるか。手に残る柔らかな感触、お前はタコの能力でも手に入れたのか?」


 人をバカにした見下した目。半笑いの口元。もう、勝てると思っていやがる。


「くそっ」


 こいつ絶対許さねぇ。


「ったく。忠告してやる。命がけの勝負なのに、油断なんかするからそんな事になるんだよ」


 俺はダッシュで距離を取り逃げた。近くにあった売店の裏に身を潜める。男は続けて語りかける。


「おい、逃げても無駄だぞっ!お前初めてだろ? 対戦開始の場所からドーム状に俺達を囲う壁があるらしい。決着つかない場合は両者処分って言ってたろ? 時間が経つ程にドームはだんだんと小さくなる。あれは、最終的にお前みたいな根性なしが相手に何もしなかった場合、中央に寄せてゴミのようにぐちゃぐちゃに押し潰すって事なんだよ」


 やつの得意気な言葉は続く。


「お前にできる選択は2つ。観念して俺にやられるか、泣いて負けを宣言して俺の奴隷になるかだ」


「おいっ。あんた、対戦中に相手から目を離していいのかよ?」


「はははっ。無駄な負け惜しみはやめろ。お前に逃げ場はない。逃げても隠れても最終的にここに戻らなければならない。お前はもうサンドバッグ確定なんだよ」


 よし、試してみよう。頼むから上手くいってくれよ。


必殺技【???】

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