第11話 もうごめんねもいえない

「おはよう!漣君!」

「おはようございます。真由さん。…大丈夫ですか?」

「…大丈夫だよ。だって私以外、一緒に悲しんでくれる人が三人もいたんだから!きっとお母さんが巡り会わせてくれたのよ。漣君たちに」

「僕は、僕はあんな風に、親や姉が苦しんでも、泣けはしないと思います。そして、僕が苦しんでも泣いてくれる人もいません。僕はずっと人形にしかなれません」


「…そんな…」


「え?」


「そんな事言わないで…そんなこと言わないでよ…死ぬどころか、漣君が何かに…誰かに…傷、つけられたら、私はその人を許さないから。だから、そんな悲しい事、言わないで」


と言って、真由さんは泣いた。



―ここから独り言―

あの時、なんで真由さんは泣いたんだろう?

あんなに、怒ったような、寂しげなような…そんなに、僕は悲しませること言ったんだろうか?


壊れそうな柵に寄りかかって、僕はを探した。

あの涙は、きっと真由さんからの問いかけだ。


真由さんや、多田さんや、平田さん…少なくとも、この三人は人だ。

泥棒や詐欺、殺人を犯すような、人間とは違う。


僕は、本当は生きたいのかも知れない。

そう思えたのは、真由さんのお母様の動画。

娘だけじゃなく、僕たち三人にもくれた………きっとあれはだったんだと思える僕は、少しずつこれから感情を覚えてゆけるのかな…?


誰にも…真由さんにも言えなかったけれど、あの動画は本当に温かかった。


…あたたかい…そんな事を思ったのか?

僕は一瞬、本当の、本当の一瞬、そんな感情が心に生まれたのか、只、あの人たちに重い扉で開けないように閉ざされて、鎖を扉に巻き付けられていただけで、本当は、笑ったり、むしろ泣けたり、もしかして、怒る事も出来るんだろうか?

それは今僕が考えるに、この頑丈な扉と、鎖の鍵。


大丈夫だ。

きっと、一旦開けば、何か僕でももっと何か中卒でも生きていけるんだ、って誰かに威張ってやりたい。

頭が良いのは申し訳ないが…。


良かった…。

今日は、僕が守りたかった自分の鍵が何処に落ちてるか解ったら、仲直りなんて可愛いものじゃないけど、余りに立派に作られ人形が、少し壊れて帰ったら、何か化学反応が起きるんだろうか?



只、僕が帰るなど言いたくはない。

今でも、あの家は地獄にしか思えない。

父親も母親も何故姉さんにはこの英才教育を受けさせなかったのだろうか?

仲間が出来たかもしれない。

二人で踏ん張れば、親とも、姉とも、笑いながら勉強出来たのではないだろうか?


それが…何故…僕独り…。



―ここから二人言―

「お…兄ちゃん…はぁ…いる?みぁ…だよ」

!!

「みぁちゃん!どうしたの!?」

「お…とうさん…が…ね、お外に行けって…はぁ…」

「くっ!」


そこには溝内の大きな青あざが出来ていて、左の人差し指が、多分骨折している。


「でも…みぁ…お兄ちゃんとまた…ふぃ…会えて…よかったぁ!!」

そう言うと、みぁちゃんは気を失った。

「みぁちゃん…」

しかし、大変な事件だ、と僕は瞬時に分かった。



―“命が危ない”―



僕は慌てて百十九番した。

救急車が来るまで、出来るだけの処置をして、屋上からみぁちゃんを、そっと抱いて、一階の出口で遅い遅いと思いながら、寒そうに震えるみぁちゃんを、昨日あげた上着で温めながら、救急車を待った。


―二人言終わり―



そして、救急車に僕も同乗した。

救急車の中で、僕は泣き叫んだ。

生きてるみぁちゃんを、ぼくは知っている。

おにぎりと棒から揚げを両手に持って、むさぼるように一気に食べきり、烏龍茶をごくごくと喉を鳴らし、口から零しながら、嘘のように速く、かさはなくなった。

「みぁちゃん!みぁちゃん!しっかり!また屋上でご飯食べよう?おいしいの用意しておくからさ!ねぇ!!みぁちゃん!!ねぇ!!」




その数分後、救急車が病院に着く前に、虚しい耳障りな音がした―…。




「死なないで…みぁちゃん…お願い。また僕とあの屋上でご飯を…食べて、話をしよう。もっといろんな話。あんな役に立たない…保護施設じゃなくて…僕の家に来ればよかったんだ…ごめん…みぁちゃん…守ってあげたかった…ごめんね」




―二人言永遠の終わり―

その四時間後、現れたのは太って薄汚い格好をした、内臓脂肪がここにいる、と宣伝でもしてるかのように太った腹、靴はビーチサンダル。


僕は、すぐにその男の胸ぐらをつかみ、訴えた。

「みぁちゃんは、昨日保護してもらったはずです!あちこちに傷やたばこを押し付けた跡も、いっぱいいっぱいありました!!なんで…なんでこんなことになったんですか!?」

「うっせーガキだな。お前に関係あんのかよ。あいつは自分から家に帰ってきて、勝手に転んだり、ぶつけたたりしただけだ。俺はなんも知んねーよ」

「くっ…っ」


「お前…自分の子供可愛くねぇのかよ!?あんな薄着で、ご飯もまともにくれなかっただろ!?そんなん…親じゃねぇよ…心で詫びろ!!」


そう言うと僕は思いっきり父親をぶん殴った。

お医者さんと看護師さんが何とか一発だけにとどめた。



僕は…泣いていた…。

泣いて…いたんだ―…。


「みぁ…ちゃん……ごめん…ごめんね…」

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