第9話 はじめてのふたりごと

「真由さん、どうしたんでしょうか?」

四月が終わって、引っ越しも最盛期の頃からすると、多少低迷したが、色々な人のめ

ぐり逢いは四季問わず…と言った感じだ。

「俺も電話してみたんだけど、出ないんすよ」

「う~ん…困ったなぁ」

多田さんも平田さんも首をかしげていた。


しかし、僕には一つ心当たりがあった。


「多田さん、平田さん、真由さんのお母さんのホスピス、きっとそこです。行ってみましょう」


僕は昨日の仕事終わりに真由さんが、泣きながら、電話をしているのを見たていた。


(あぁ…逝かれたのですね…真由さんのお母様…)

咄嗟にそう思った。


そして、ホスピスに行ってみると、やはり、真由さんのお母様は、永眠されていた。

ベッドの手すりをぎゅっとつかんで、真由さんは泣きじゃくっていた。

「お母さん…お母さん…う…あぁ…嫌だよ…一人にしないでよ…お母さん!」


そして、僕らがお部屋の外でその光景を見ていたら、真由さんがそれに気づき、多田さんでも平田さんでもなく、僕の胸に飛び込んできた。


「真由さん?僕は動揺したり、感動したり、面白がったりできません。真由さんを泣き止ませる方法も分かりません…。只…きっとすごく大事な方だったんですね」

「…ん…うん…大好きだった。お母さんともっと一緒に居たかった」


「真由さん、今日はお仕事お休みして、お母様の傍にいてあげてください。良いでしょうか?多田さん」

「あぁ…。構わない」



その後、少し時間が遅れて、お客様に少し、イラっとした顔だったのは覚えている。

その時間を取り戻す為、僕はいつも以上に荷物を大切にしながら、しかし、迅速に仕事をこなした。

終わってみれば、指定の時間より、三十分早くお客様の出発に時間の余裕が出来た、と苦情ではなく、賛辞のお言葉をいただいた。


今日は悲しい日だったのか、安堵出来た日だったのか…解らないけれど…。

「真由さん、明日、待ってます」

「ありがとう。漣君。お休み」

短いが、何か変な事は言わなかっただろうか?

只、母親の死が、あんなに取り乱す事なのか…。

僕はきっと唾くらいしか出てこないだろうな。




―ここから二人言―

今日はご飯何にしようかと、コンビニでウロウロして、棒から揚げと梅のおにぎりとまた、烏龍茶を買って、いつもの場所へ来た。

しかし、驚いたことに先客がいた。

「お兄ちゃん…今日もいたぁ!」

「え?」

「きのの(昨日の)夜ね、階段のそこまで来たの。でも、お兄ちゃんが怖かったから、すぐ逃げたの…。ねぇ、お兄ちゃんは怒らない?怖がらなくていい?」

「…虐待か…」

いつかの独り言で怒りを覚えた言葉だ。

「みやちゃん、僕は漣だ。お兄ちゃんは怒らないし、怖がる必要もないよ。でも、まだ五月なのに、半袖半パンは寒いでしょ?このコート貸してあげる」

「あ…あったかーい…ありがとう。れんのお兄ちゃん」

「おうちへは帰らなくて良いの?」

「うん。みぁはおうちにいると怒られるの。帰ってくるな…って。でもお腹もすくし、お風呂にも入りたいの。でもおうちには来ちゃダメなんだって…」


僕は頭が狂ったかと思った。

こんな幼い少女を、こんな格好で、ご飯も与えず、隠そうにも隠せない傷や、火傷の後も何個もある。


僕は憤りしかなかった。


「はいよ、おにぎりと唐揚げ、どっちがいい?」

「え!良いの?みぁにくれるの?」

「うん。何なら全部食べても良いし、お茶で良ければ、これも飲んでいいよ」

「ごっくん…」

と大きく唾を呑み込むと、みぁちゃんは、おにぎりを左手に、唐揚げを右手に持って、もう、何日ご飯を食べさせてもらわずにいたのか…。


「おいしかったぁ…」

「そ?良かった。ねぇ、みぁちゃん、おうちよりいい場所がある。そこへお兄ちゃんと行こう。明日、行こう」

「おうちよりいいところ?」

「あぁ、君を守ってくれる場所さ」

「今日は僕の部屋で一緒に寝よう。明日みぁちゃんはきっと自由になれる…」

「そんな魔法みたいなところがあるの?」

「うん。あるよ」


そうして、一晩預かると、僕は児童保護施設に連れて行った。

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