第6話 かんぺきなひとのためいき

―ここから独り言―

今日、真由さんが現場に来た。

「おはよう!漣君!」

「あ、どうも」

「何?そう言えば私が採用されてから、漣君笑わないね」

「いえ、僕がこの仕事に着いたのは、笑顔が要らないからです。荷物だけトラックに乗せてまた降ろして…。その繰り返しですから」


「あ、どうも、平田です。真由さんでしたっけ?重たいけど、そいう時は言って。手を貸すから」

「はい。ありがとうございます。平田先輩」


「おっし!行くか!」

『はい』



真由さんとの初日は、結構な力持ちの真由さんに驚かされた。鍛えた僕ほどではもちろんないが、女性とは思えない筋肉質で、今日の三件は一時間早く仕事を終えることが出来た。

多田さんも、

「雇ってよかったよ。まぁ、漣君の推しがあったからなんだけど」

「そう言っていただくと、とても幸いです」



それから半年、真由さんは、…のお母さんは良いホスピタルに入ることが出来た。



「これ、母から皆さんへの動画です。見てください」


〔A引っ越し会社の方々へ。真由をまともな仕事とわたくしなどをホスピタルに入れていただき、誠にありがとうございます。これからは真由に助けて…皆様にもご迷惑をおかけするかもしれませんが、リハビリを頑張り、真由も自由にしてあげようと思います。どうか、それまで御社にて、真由を支えてあげてください。お願いいたします〕

と笑顔で真由さんの事を案じ、僕たちにも分かりやすく、あ、家族だ…と僕は思った。


この数年間、実家からは飛行機でなければ、至れない場所にいる。

携帯も変えたし、もう共にいる意味はないし、そもそも、あそこは僕の居場所ではなかった。


父親は世間体を主に尽くし、中学…いや、赤ん坊の時から、英才教育は始まっていた。

もちろん、その時の事は薄っすら覚えているくらいだ。

いや、そんな事を薄っすら覚えていると言えることさえ、僕は神童と天才と超人と言える人間なのだ。


小学校に通い始めて、すぐ英才教育の成果が出た。


一学期、二週間に一度、国語、算数、理科、社会、など、テストが行われた。

そのテストの点数を見て、担任、副担任、そして、クラス中の子供たちが驚いた。


それは、僕のテストが全科目百点だったからだ。

そして、それ以外にも、担任…いや、教師全員が驚くほど、僕の文字はとてもとても奇麗な文字だった。



放課後、僕は担任の先生に教室で待つように言われた。

言われることは、もう想定内だけど。


「漣君、君はどうして全問正解できたの?何か…悪いことをした?」

担任は当たり前のように、カンニングを疑ってきた。

「してません。僕は普通に授業を受け、覚えた事を、問いを解き明かし、答えの欄にそれを書いただけです」

「それにしても、文字までこんなに上手なのはどうして?」

「簡単です。三歳の頃から、父に一日三時間文字を書くことを推奨され、学んできました。それでも、今はまだ父の納得のいく文字が書けてないと言われるので、継続して毎日二万文字、ひらがなだけではなく、漢字も練習するように教育されています。それが何か?」


先生の顔色が変わったことを僕は見逃さなかった。

その顔は、何だか不憫な物を見てるような瞳だった。


「もう、良いですか?もう門限なので」 

「あ…あぁ。ごめんな。もういいよ」

「はい。では、帰ります」



「あの子、あんな状態で苦しくないのか?」



「…“あの子”…」

先生が小声にするのを忘れる程、不憫に思われた事が分かった。

だけど、それより、とうとう、先生まで、僕を“あの子”と呼んだことだ。

感情は無いに近かった僕が、それは、とても悲しかったことを今も覚えている。


感情がある日にちを数えると、三百六十五日のうち、一日、あれば良い方だ。

しかし、その感情も、突然襲ってくるから、何処に吐き出せばいいのか…。

これは泣いて良いのか、それとも笑い飛ばすべきなのか、当時の僕には分らなかった。



―独り言終わり―

「はぁ…」

らしくもなくため息をついた。

「家に帰ろう…」                                                                                                                                           

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