第5話 あしたってくるんだ

今夜も僕は独り言を言いに屋上へ来た。



「今日僕は死ぬって決めたんだ」



いつか、そんな事を言っていた。



―ここから独り言―

今日は何とも嫌な事があった。

この屋上に来る一時間前、明日の朝に食べる食材を買い、帰ろうと思った。

そうしたら、

「ねぇ、あなた何歳?」

とやたら派手な女性にナンパされた。

…いや、カモにしたかったらしい。

「僕、まだ十六なんで」

「もう!何?真面目君?大丈夫よ。お姉さん特別に店長には言わないから。だから行かない?」

「行きません。法律は侵してはいけないので。では」

「待って!!」


その声が僕を立ち止まらせた。


「待って…お願い。…私、指名されることが少なくて…あなたが使ったお金は全部後で全部返すから…。お願い…。一緒に…来て…」

「そこまでして、なんでやめないんですか?」

「私、馬鹿だから、高校では、二百満点中五点だったこともあって…。就活、全落ちしたの。スーパーでバイトしてたこともあったけど、いつも怒られてばかりで…」

「でも、このお仕事は好きでやってらっしゃるんでしょ?」


その人は急に押し黙った。

どれくらいだろう?


「私、母子家庭で、去年母が脳梗塞で倒れたの。それ以来、母は左半身不随になってしまって。車いすでの生活で…本当は、いいホスピスに入れてあげたくて…。でも、お金がなくて、キャバクラなら、馬鹿でもなれるし、それしかない!って思ったの。でも、私、見ての通り、そんなに可愛くないじゃない?胸がある訳でもないし、毎日同じドレスで、傷んできてるし…。私、一体何してるんだろう…」


そう言うと、そのお姉さんは泣きだした。

「お姉さん、名前って教えていただけますか?できれば本当の…」

泣きながら、お姉さんは名乗った。

妃真由きさきまゆ…」

「真由さん、僕の職場で働きませんか?」

「え?」

「僕の名前は漣です。引っ越しのバイトをしています。お金は良いです。少し重いものや、大切に扱わなければならない、お客様にとって宝物、みたいなものを運ぶので、女性には大変かもしれませんが…。どうでしょうか?」

「私みたいなダメダメ人間でも雇ってもらえる?」

「あなたはダメダメ人間ではありません。お母様の為にこうして泣いているより、お母様も喜ぶと思いますよ」

「…そう…かな?そうだ…ね…」

「一応面接があるので、百%雇ってもらえるかはわかりませんが、僕が推します」

その出来事を、僕は真由さんと別れた後、すぐ、面接を主に任されている、多田さんに、電話で妃さんの事を話した。

ありがたいことに、多田さんは即、『雇う』と言ってくれた。


僕は妃真由さんに電話をした。

「あ、もしもし、真由さんですか?」

「あ、うん。あ…の…」

真由さんの声が震えている。

相当のプレッシャーなのだろう。

しかし、

「雇ってもらえるそうです」

と伝えた。

「…ほんと?ほんとに?本当に!?」

「同じ言葉を三回も言わなくても大丈夫です。夢や、幻、幻聴などでもありません」

「ありがと…ありがとね…本当に…ありがとう…漣君!」

「ですから、同じこ…」

「良いの!いっぱい言いたいから、いっぱい言わせて!漣君!ありがとう!本当に本当に私を…何処にも居場所がないと思ってた私を救ってくれて…ありがと!!母も…ホスピスに入れます。母の分も言わせてください。『ありがとう』」

電話越しの僕の声がそう言った。

「へ?」

真由が少し驚いたのは解った。

「僕にありがとうをいっぱいくれて、ありがとう。真由さん」

「私、頑張るね!漣君、頭良さそうだけど、やっぱり有名な大学に進んだの?」

「僕は中卒です。ですが、勉学の幅は今の僕のIQは確実に今の大学生よりはるかに上だと思います。東大の過去問題、全科目、合格圏内でした」



「すごーい!よく解んないけど、私明日から頑張るからね!また明日」



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