第3話 まどごしのあかり
あぁ…今夜も良い夜だな。
月も奇麗だ。
でも、風が強い。
八月も終わって、夜は少し寒いな…。
また、僕は壊れかけたドアノブを回し、頼りない柵に手を乗せて、いつも通り独り言を言い出す。
―ここから独り言―
あの日から三年が過ぎて、この春、十六歳から僕は引っ越しのバイトを始めた。
最初の安いアパートは中学生の時、新聞配達のバイトをして、資金は溜めておいた。そして、何故この引っ越しのバイトに着こうと思ったのは、笑顔が要らないというだ。
だって笑顔は要らない。
只、段ボールを積んで、運んでいるだけだからだ。
お客様が、『ありがとう』と言ってくださるのはありがたいので、ちょっと頭を下げる。
その人が何処へ行くのか、僕は知らない。
その人たちの為に、僕は働いている。
そんな時、僕は笑顔の代わりに、すごく温かい想いを言葉を口に出す事にしている。
「こちらこそ。いい旅立ちになると良いですね」
もちろん、そこに笑顔はないが…。
「不愛想だな、お前」
と、先輩に言われたけれど、
「笑顔は必要ですか?」
と尋ねた。
「え?あぁいやぁ…ねえっちゃねえな」
「じゃあ、不愛想のままで」
「相変わらずぶれねぇな…」
先輩はちょっと嫌味っぽくそう言った。
そんな先輩が、今日、突然やめた。
「悪いな、お前と話できんの俺だけだったのによ」
「そう…ですね。寂しくなります」
「俺さ、嫁と子供がいるんだよ。もう結婚して十年になんだ。漣、お前は少し…いや俺は勉強が出来ないから、こういう力仕事じゃないと、雇ってもらえないんだよ。年ももう四十だしな。漣…お前は少し感情を持つべきだ。何かが曲がっただけで、きっと真っ直ぐになるさ。…頑張れよ」
そんな、先輩の言葉は僕にはとても理解不能だ。
高校にはいかず、一人で暮らしていこうと、中学生活でお金を貯める、と言う事と、中学生になった時僕は決意していた。
その理由はさっき言った通りだ。
先ほどの先輩の話、先輩は自分から辞めたのではなく、僕とは別の現場で、頼まれた鉢植えを落としてしまい、弁償を出来るだけのお金が用意できず、辞めさせた、と言うものだった。
僕は何かに備えて、幾つもの努力をしてきた。
毎日、仕事が終わると、勉強と、筋力強化。とにかく体を作りこみ、狭いアパートで腕立て伏せと、腹筋、スクワット百回…などなど。
だからこの引っ越しのバイトのような、きつくても、お金にはなるし、笑顔や余計な愛想を振りまくことがないと思ったからだ。
あ、初めまして。
僕の名前を紹介しておりませんでした。
家族に、名前を憶えられていなかったので、紹介しようか、どうしようか、迷っていました。
家族が覚えていないのに、他の方々に覚えてもらえるか…少々不安だったもので…。
僕の名前は、
名字はテキトーに決めています。
もちろん、履歴書には、書かないといけませんが。
それに、僕がバイトに採用されるには、中卒と書かざる負えないし、言わずにいられない。
僕は恥ずかしいから言わなかったんじゃないんです。
この世間がどれほど弾かれた人間にも、平等を与えられているのか…それを確かめたかった。
そして、人事担当の片に履歴書に書いた通り、中卒であることをお伝えし、面接が始まり、十分もせず面接は終わり、中卒の僕を……採用してくださいました。
そんな少なくとも、優しかろうその方に、僕は身勝手とは知りながら、言った。
いや、言うべきだ、と思った。
「申し訳ありません。僕はこの上の名が好きではありません。我儘である事は承知しておりますが、下の名前で呼んでいただくことを、許可していただけませんでしょうか?もう、僕はそこの家の人ではないので…」
「何があったかは分からないが、そのくらいの我儘、もっと気楽に言ってくれ。そんな堅苦しくならないで。な?」
「お気持ち、ありがたく思います。ありがとうございます」
「ははは。さっそく堅苦しいな。まぁいいか。これから頼むぞ」
「はい」
でも、一人で生きていくと決めた時より、実際そうなった時、例えば今、僕はとても幸せです。
おっと駄々喋りしてしまいました。
―独り言の終わり―
そして、おんぼろビルの屋上で、柵に足をかけ、飛ぼう、としたけれど、やっぱり今夜もぶつぶつ言って終わってしまう。
それは、僕が生きたい…と言う事だろうか…?
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