おお、流れが変わった。

 査定の結果と魔族討伐の報奨金として、合計で金貨21枚になった。

 懐が温かいのはいいことだ。

 

 冒険者ギルド支部長のハルシオーネについていくと、やっぱり領主の館だった。

 ギルド職員を予め走らせておいたのだろう、スムーズに館に通される。

 

 応接間でお茶を頂いていると、ひとりの初老の男性が現れた。

 

「ステータスバグが読めるというのは、本当なのか?」

 

「落ち着いて、ブライナー辺境伯。この子は自分のステータスバグは読めているわ。けど、他のステータスバグが読めるかは分からないそうよ」

 

「む、そうか。では早速、見てもらいたいのだが――」

 

「ブライナー辺境伯。自己紹介もまだでしょう。少し焦りすぎよ」

 

「……すまない。私はこのブライナー辺境伯領の領主をしているロンダール・ブライナーだ」

 

 私はブライナー辺境伯に直接、目通りが叶ったことに顔が緩みかけるのを我慢しながら、無作法にならないほうに自己紹介をする。

 

「クライニアと申します銀ランクの冒険者です」

 

「うむ。クライニアのステータスはステータスバグとのことだが、見せてもらえるだろうか?」

 

「はい、構いません。〈ステータスオープン〉」

 

 他人には意味不明な言語で書かれたステータスが表示される。

 

「確かに読めない。クライニアはこれが読めるのだな?」

 

「はい。ただしこれが私だけ読めるのか、他の方も読めるのかは分かりかねます」

 

「分かった。試して欲しいのは、私の孫娘のミアラッハだ。ステータスバグで落ち込んでおり、成人の儀式から半年、部屋から出てこない」

 

 ミアラッハ・ブライナー……知らないな。

 成人の儀式が半年前ということはひとつ上の学年なのだろう。

 しがない男爵家の娘では辺境伯のご令嬢とは縁がないので当然のことだ。

 

 辺境伯とハルシオーネについていき、ミアラッハのもとへ向かう。

 ミアラッハは物憂げな雰囲気の女性で、しかし目元はキリリとしている。

 淑女教育を受けた形跡が見られるから、やっぱり貴族院の先輩で間違いはないだろう。

 

「ミアラッハ。こちらは冒険者のクライニア。ステータスバグだが、自分のステータスは読めるそうだ。ミアラッハのステータスももし読めるなら、と思い連れてきた」

 

「ミアラッハ・ブライナーです。クライニアは……冒険者と聞いていますが、もとは貴族の出ですか?」

 

「ミアラッハ……それは今、関係のないことだ」

 

 辺境伯がたしなめるが、ミアラッハの視線は私を強く射抜いている。

 無視するのもどうかと思うので、正直に答えることにした。

 

「イスエンド男爵の娘でした。もう縁は切れていますが」

 

「……そうでしたか。申し訳ないことを聞きました。許してください」

 

「はい。お気になさらず」

 

 辺境伯が「イスエンド男爵家か」と呟くのが聞こえたが、気にしない。

 私の立場は十分に承知しているだろうから、連絡を取ったりはしないだろう。

 

「では私のステータスを御覧ください。〈ステータスオープン〉」

 

《名前 ミアラッハ・ブライナー

 種族 人間 年齢 16 性別 女

 クラス ノーブル レベル 12

 スキル 【レクタリス地方語】【算術】【礼儀作法】【宮廷語】

     【槍技】【槍術】【回避】【闘気法】【縮地】【空歩】【製菓】

     【魔槍召喚】》

 

 読める……日本語だ。

 

「どうでしょうか?」

 

「よ、読めます。メモのご用意を」

 

 辺境伯が慌ただしく侍従たちに筆記用具を用意させた。

 私はミアラッハのステータスを包み隠さず、読み上げた。

 【経験値20倍】だとか【転職】だとか、怪しいスキルはない。

 多分【魔槍召喚】が相当するチートスキルなのだろうけど、槍を召喚するだけならば問題ないだろう。

 

「槍技、槍術……それに闘気法ですか。私、槍になんか触ったこともないのに」

 

「成人の儀式で得られるスキルにしては多いな。これは普通のことなのか?」

 

 ミアラッハと辺境伯のふたりが私を見るが、知らない、としか答えようがない。

 

「私の場合はそんなに多くのスキルを保有していませんでしたから、ミアラッハ様が特別なのかもしれませんね」

 

「この魔槍召喚というスキルは聞いたこともないですね」

 

「使ってみれば分かるのでは?」

 

「使えるでしょうか……」

 

「スキルを自覚した今ならば、使える様になっているかも知れません」

 

「そうですね。試してみましょう。……【魔槍召喚】」

 

 強烈な魔力の波動がミアラッハの手元に現出する。

 それは黄金の槍だった。

 美しい装飾、鋭い穂先。

 ミスリルでもアダマンタイトでもない。

 恐らくはオリハルコン。

 

「こ、これは――」

 

「魔槍……と呼ぶに相応しい威容ですね」

 

 辺境伯とハルシオーネが槍に見惚れている。

 ミアラッハはスキルが発動したことに感激して、目に涙を浮かべていた。

 

 * * *

 

 辺境伯、ミアラッハとともに昼食をいただくことになった。

 ハルシオーネは仕事があるとかで、冒険者ギルドに戻っていった。

 

「いやあ、良かった。ミアラッハに笑顔が戻ってきた。こんなにも喜ばしい日が来ることになろうとはな」

 

「嫌ですわ、お祖父様ったら」

 

 辺境伯、ニッコニコだね。

 まあ当然か。

 

 しかし閉ざされていた孫娘の未来が開けたわけではない。

 ステータスバグに対する偏見は払拭できたわけではないのだ。

 

「イスエンド男爵ももったいないことをしたものだ。いやそういえばステータスバグを読めることは、男爵は知らないのか?」

 

「いいえ、確かに当時は知らなかったのですが、追手には読めるようになったと伝えましたので、今は知っています」

 

「ならばイスエンド家に戻れるようにしてやることもできそうだな」

 

「あ、いいえ。それはご勘弁を。ステータスバグだと知れた際、勘当されましたから。そんな家に戻りたくありません」

 

「……そうか。分かった。さきほどの言葉は忘れてくれ」

 

 良かった。

 あの家にはもう戻りたいとは思えないのだ。

 

「ところでクライニアは冒険者を辞めるつもりはあるか?」

 

「は? どういう意味でしょうか」

 

「ミアラッハ付きの女騎士になる気はないか? ミアラッハは午後に早速、神殿でクラスチェンジをさせる。ステータスが変わるのを確かめられるのはそなたしかおらんだろう。このままミアラッハの傍にいて欲しいのだ」

 

 マズい。

 それでは国外に出る計画が水の泡ではないか。

 

「私はこの国を出ようかと思っていたのですが……」

 

「ん、そうなのか? しかし出入国審査が通らないだろう」

 

「まあ、そうなのですが……なんとかなりませんか?」

 

「私が口添えしたらなんとでもなる。確かにな。だがミアラッハのステータスを読めるそなたを国外に流出させる気はないぞ」

 

 ですよねえ。

 しまった、やり過ぎたのかなこれ。

 

「他のステータスバグの者も、そなたなら読めるのではないか?」

 

「それは分かりません。確証が持てないのです」

 

「そうなのか?」

 

「はい。ステータスバグがすべて読めると、決まったわけではありません」

 

 多分だけど、英語とか日本語以外の言語で書かれたステータスバグもあると思うんだよね。

 転生者が日本人ばかりで日本語だけ、とかならともかく。

 そんな日本人びいきなのかな、創世神様は。

 

 いやそもそも私の存在ってなんだろう。

 

 前世の記憶はあるから、転生で間違いないと思う。

 じゃあなんで転生したんだろうか。

 

「あの、クライニアはこの国から出たいのですか?」

 

 少し思考が逸れたところに、ミアラッハが不安げな面持ちで私に問うた。

 

「ええ。イスエンド家から追手が来るかもしれませんし。この国から出れば自由に生きていけると思いますので」

 

「そうなのですか……」

 

 暗い表情になったミアラッハを見て、辺境伯が私を睨む。

 

「クライニア。やはり我が領地に仕える気はないか。イスエンド家などなんとでもなる。追手が来るというのなら、来ないように話をつけることもできるのだぞ」

 

「それはそうですが……」

 

 どうしても辺境伯は私を引き止めたいらしい。

 しかしミアラッハが顔を上げた。

 

「あの……私もクライニアと一緒に隣国に出ることはできますか、お祖父様」

 

「何を言い出すのだ、ミアラッハ!?」

 

「クライニアは確かに私のステータスを読むことができます。しかしステータスバグであることは変わりないのです。このままブライナー家にいても、私の将来はどうなるというのです?」

 

「そ、それは……」

 

「ならば私も冒険者になり、クライニアと一緒に自由な身となりとうございます」

 

「ミアラッハ……それは……しかし……」

 

「聡明なお祖父様なら、私がブライナー家にいても何の利もないことがお分かりでしょう? 私、国外に出たいというクライニアの言う気持ちが分かります。ステータスバグになった私を、友人たちに憐れまれるのは苦痛でしかないのです。誰も私のことを知らない場所に行きたい」

 

「ミアラッハ……」

 

 おお、流れが変わった。

 ミアラッハがついてくるのは想定外だけど、これは国外脱出のチャンス!

 

「少し考えさせてくれ」

 

 辺境伯はそう言って、昼食会はお開きになった。

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