剣は貴族院で習いましたので。

 カフェで優雅に時間を潰して、宿で夕食をとり、その日はそれで眠った。

 追われる日々に焦燥感があり、疲労もたまっていたので、よく眠れた。

 

 翌日の朝、私は冒険者ギルドの前に出向いた。

 そこにはギルド職員の上司――後で名前を知ったがジョルヴェという名だった――と十名以上の冒険者たちが待ち構えていた。

 ほとんどが銅ランク冒険者だが、銀ランク冒険者が数名いる。

 恐らくはパーティだろう。

 

「おはようございます」

 

「おう。ちゃんと来たな」

 

 ジョルヴェの言葉に少しだけムっとしたが、流す。

 面倒事であることは確かなのだ。

 

「よし。それじゃあ出発するぞ!!」

 

 ジョルヴェが先導するので、私もそれについていく。

 背中に視線を感じた。

 この街の冒険者たちからすれば、私は流れのよそ者だ。

 銀ランクの冒険者タグがなければ、「ソイツは何者だ」という疑問をジョルヴェに投げかけられたことだろう。

 

 森までの道すがら、ジョルヴェと会話をすることになった。

 小声で、「お前、イスエンドの長女だろう」と言われてギョっとしたのは仕方のないことだ。

 

「わざわざ調べたの?」

 

「そりゃ調べるさ。ブラッドトロールをソロで討伐するステータスバグの冒険者だぞ。怪しすぎるわ」

 

「ああでもひとつ訂正。私、イスエンド男爵家とはもう関わりないから」

 

「まあそうだろうな。そうじゃなきゃ冒険者にはなれねえ規則だ」

 

 そんな会話をしながら、この男がジョルヴェという名であることや、この街の冒険者ギルドの副支部長であることを知った。

 元冒険者で、腕前は衰えたものの、引退時は金ランクだったそうだ。

 

「いつまでも続けられる仕事じゃねえ。稼ぎは貯めておいて、引退後の身の振り方は早めに考えておいた方がいいぞ」

 

「実に含蓄がある話をどうもありがとう」

 

「まあ、貴族院を出てるんだろ? なら普通は就職先に困ることはないんだが……」

 

 ステータスバグだとやっぱり色々と支障がある、と言いたいのだろう。

 私も、その点には同意なので神妙に頷いておく。

 

 さて森の奥、魔族のいた窪地に辿り着いた。

 良かった、迷わず案内できた。

 

「とりあえずここに魔族がいて、倒したら向こうからブラッドトロールがやって来たわけ」

 

「もっと奥から、か。調べるか」

 

「私も同行した方がいいの?」

 

「当然だ。戦力に数えているからな」

 

「はぁい」

 

 もう少し、調査につきあわされるらしい。

 ブラッドトロールの足跡は分かりやすいので、それを辿って森のさらに奥へと進んでいく。

 行き着いた先は、森の中にあるにも関わらず、草木が生えていない広い荒れ地。

 周囲の緑から茶色の土が浮いている。

 

「ここが終着点か。嫌な感じだな」

 

「どう嫌な感じなの?」

 

「ブラッドトロールは日光を嫌う。ここに留まっているとは思えねえ。転移で送り込まれてきたと考えるのが自然だ。とすると、転移魔法を使える上位の魔族の存在が絡んでいるってことになる」

 

 私以外の冒険者にも聞かせるように、ジョルヴェは言った。

 

 そういえばブラッドトロールは日光をものともしないで私に襲いかかってきた。

 上位魔族の命令によるものだとしたら、納得がいく。

 

「ブラッドトロールなんですけど、日差しを嫌っている様子もなく襲いかかってきたんです。魔族から命令されていたんですかね?」

 

「多分そうだろう。弱体化してなければ、いくらなんでもソロじゃ討伐できねえだろう。再生の跡もなかった」

 

 あれで弱体化していたのか。

 確かに動きはどこか緩慢で、私でも対処できた。

 日差しがないところで戦ったら、再生能力もあるらしい。

 それは厄介だなあ。

 

「よし、こっからは手分けして周辺を探索するぞ。何か見つけたら大声で俺を呼べ」

 

 数名ずつの固まりが、周辺に散っていく。

 こういうとき、知り合いがいない私はソロで動くしかない。

 

 結局一時間ほど周囲を探索したが、何も出てこなかった。

 

「よし、やっぱり転移が濃厚だな。上位魔族自身はこの辺りにいる痕跡はねえ」

 

 ジョルヴェはそう結論づけて、街へ戻ることになった。

 

 * * *

 

 街への帰途、森の中で突然、爆発的な気配が現れた。

 当然、ジョルヴェと銀ランク冒険者パーティは気づいた。

 銅ランク冒険者の数名も青い顔をして森の奥に顔を向けている。

 

「チ。大物が出やがったな。確認に戻るぞ」

 

 ジョルヴェが眉間にシワを寄せて言った。

 

 私たちは気配のある方へと早足で向かう。

 気配は、窪地にあった。

 

 やっつの首を持つ大蛇。

 ヒドラだ。

 

「最悪だ。おい、火属性か炎属性が使える奴はいるか?!」

 

 ジョルヴェが焦ったように声を上げた。

 銀ランクパーティの魔法使いがひとり、銅ランクの冒険者がふたり、返事をする。

 

「三人か。いいか、ヒドラは傷口を焼かないと延々と再生しやがる。この人数で挑むのは厳しい。撤退するぞ! 三人はしんがりを頼む! 魔法で火か炎を浴びせれば、足が止まるはずだ。動きは遅いから、逃げるだけならなんとかなるはずだ!」

 

 ジョルヴェはまたたく間に指揮をして、隊列を整える。

 銀ランクパーティと火属性が使える銅ランク冒険者ふたりを最後尾にして、ジョルヴェ自身は先頭を行く編成だ。

 

 私はジョルヴェの横。

 早足ではなく、走ってヒドラから逃げるらしい。

 

 闘気法をまとって、走る。

 

 ヒドラは毒の吐息を吐き出し、窪地から出てきた。

 しんがりから炎と火の魔法が放たれる。

 

 ヒドラは炎と火の魔法をものともせずに、ゆっくりと歩みを止めずに追ってくる。

 

「副支部長、追ってきます!!」

 

「くそ、魔族の命令か? 街に連れていくわけにはいかんな……仕方ねえ、銅ランク冒険者は走って冒険者ギルドに知らせろ。ヒドラが出たから討伐隊を編成してすぐに来い、とな」

 

 火属性魔法を使えない銅ランク冒険者は足手まといだと判断したらしい。

 

「フレイムランス!」

「ファイアボール!」

「ファイアボール!」

 

 ヒドラはなおも果敢に毒の吐息を吐きながら、接近してくる。

 ジョルヴェは腰の剣を抜く。

 

「よし、討伐隊が来るまで持ちこたえるぞ!! 首の数をとにかく減らす。魔法使いは傷ついた首が再生しないように炎と火で攻めてくれ!!」

 

 銀ランクパーティは即応して、前衛たちはヒドラに肉薄する。

 ジョルヴェも剣を手に前線に赴いた。

 

 私は〈マナジャベリン〉を叩き込む。

 

 前衛たちに当たらないように、首の真ん中くらいを狙う。

 〈マナジャベリン〉は大蛇の首を貫通した。

 しかしジュウジュウと煙を上げて再生していく。

 

「よしいいぞクライニア! 再生されるのは仕方がない! 時間稼ぎになれば十分だ!」

 

 再生中の首は毒を吐くでもなく、噛みつきもせずに、身を揺らしている。

 再生が終わるまで、体力を温存する構えだろうか。

 

 なるほどキリがない。

 前衛たちは必死に大蛇の首から放たれる毒の吐息を回避し、牙を避け、首の付け根の辺りを斬りつける。

 傷口の再生を防ぐために、炎属性と火属性の魔法をローテーションしながら撃ち続ける。

 ダメージは小さいが、それで再生を防いでいる。

 首は八本。

 一本を落とすのに、五分ほどかけた。

 しかしヒドラの再生能力はすさまじく、落とした首が生えてきたのだ。

 

「くそ、首が減らないじゃねえか!」

 

「マズいな、ここまでの再生能力とは……」

 

 銀ランクパーティは絶望的な表情で戦い続ける。

 ジョルヴェも切り落とした首が即座に生えてくるとは思っていなかったらしい。

 

 私は〈ストレージ〉から剣を出し、抜き放った。

 黒い剣は重いが、闘気法をまとえば問題なく振るえる。

 

 前線に走り込み、首を一閃。

 鎧貫きのお陰もあって、一撃で首を落とした。

 

「おい、なんだその剣は!? ていうかお前、魔法使いじゃねえのかよ!!」

 

「魔法使いだけど、剣は貴族院で習いましたので」

 

「スキルにねえだろ!!」

 

「スキルになくても、振るえるので問題はないでしょう?」

 

「チ。無理はするなよ!!」

 

 首を斬る。

 再生される。

 その繰り返し。

 

 だが再生能力とて無制限で使えるわけじゃないらしい。

 何度目かの首チョンパの後、首が生えてこなくなったのだ。

 

「よし、体力を削りきったか。全員、攻めろ!!」

 

 私は首を切断していく。

 大蛇の毒の吐息を回避しつつ、牙の猛攻をくぐり抜け、私たちはなんとかヒドラを討伐した。

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