3、働かざる者食うべからず
一面に広がる草原を駆け、時々暴走する牛の大群を目にしながら進むこと二時間。ようやくの思いでアルト達は都市国家〈ダイナグレア〉に辿り着いた。
当然ながら入国審査を受け、持っている武器や荷物をチェックされる。少し時間がかかるかな、とアルトが考えていると後部座席にいたリアラがチェックする衛兵に声をかけた。
「レックス」
「リアラじゃないか。どうしてこの車に?」
「仕事の帰りに乗せてもらった」
「ハンターも大変だな。お仕事ご苦労様」
「ん。あ、そうだ。ローガンどこにいるかわかる?」
「ローガンさんか? あの人ならいつも通り潜ってるよ」
「わかった、ありがと」
衛兵と会話を交わしたリアラは窓から顔を引っ込める。衛兵はというと、仲間に何かの合図を送っていた。
するとポールが上がり、自動車が進めるようになる。アルトはレックスと呼ばれた衛兵に軽く会釈すると、ニコッと笑い返されたのだった。
「知り合いかい?」
「幼なじみ。あー見えて融通が利く」
「だろうね」
「でも最近忙しいみたい。だからちょっとつまらない」
「ふーん。人がいっぱい来てるのかい?」
「隣国が殺気立ってる。もしかすると攻撃されるかもしれない」
「そうか。それは大変だね」
アルトはそれ以上深く聞かなかった。
政治はよくわからない。ただ人がやっている以上、人間関係や感情が関わってくることぐらいはわかる。それは時として損得勘定を越えていく。だから指導者が無能だと国は一気に崩壊することも知っている。
アルトは今は亡き祖国を思い出しながら都市国家の門を潜った。
「へぇー」
目の前に華やかな町並みが広がっていた。石造りの建物が並んでいるが、どの屋根も独特な色が施されていてカラフルだ。隣には整備された大きな川があり、観光船がゆったりと進んでいる。
町を見回していると花のような飾りがあちこちにつけられ、さらに華やかさが増していた。おそらく祭りが近々行われるだろう、とアルトは勝手に感じ取った。
「いいところだね」
「ん。でもちょっと住みにくい」
「どうして?」
「家賃が高いから」
リアラの言葉にアルトは目を丸くした。確かにそれは大変だ、と同調するとつい笑い声を上げた。
アルトの反応にリアラはちょっと顔を膨れさせる。少しだけ不服そうにしていると、アルトは笑いながら返事をした。
「それは確かに、死活問題だね」
「ここは税金も高い。アルトはその大変さがわかってない」
「あははっ、悪かったよリアラ。金銭問題はシビアなもんだしね」
まさかここでお金の話が出てくるとは思ってなかった、とアルトは思いながら自動車を進めていく。
そんなアルトの隣で丸まっているクリスは、退屈そうに大きなアクビを一つ溢したのだった。
◆◆◆◆◆
クリスの案内の元、自動車を走らせること十数分。そろそろお昼時という時間帯にアルト達はとある場所に車を止めた。そこは整備された川に生活排水などを流し込む水道の出入り口だ。独特な塩臭さが鼻の中を刺激すると、クリスは堪らずくしゃみをした。
ふと、アルトの目に一つのテントが目に入る。だいぶ年季が入っているようで、補修の跡がたくさんあった。
「リアラ、ここにいるのかい?」
「うん。お昼時だから帰ってきてると思ったけど」
『すごい臭いだな。本当にこんな所に住んでるのか?』
「普段は違うよ。オシャレなカフェを経営してるし、あと服もオシャレ」
クリスはリアラの言葉が信じられないのか、それとも単に興味がないためか『ふーん』と返事した。
アルトはそんなクリスに苦笑いしつつ、目当てであるローガンについてリアラに訊ねる。
「戻ってきてないってことは、この中にいるってことかい?」
「たぶん。単に買い物に行ってるだけかもしれないけど」
「なるほどね。待っててもいいのかな?」
「うーん、それはやめたほうがいいと思う。私がいないと構わず銃を撃つと思うし」
『大丈夫なのか、そいつ? 普通そんなことしないだろ』
「最近ピリピリしてる。だから危ないかも」
アルトは考える。普通ならここで待ったほうがいいだろう、と。しかし、ローガンが地下水道に入って何かトラブルに巻き込まれた可能性もある。それを考えると待っているだけだといけない気がした。
かといって買い物に出かけた可能性もある。だからここに誰かが残らなければならない。
それを考えたアルトは、クリス達にある提案をした。
「何かあったかもしれないし、僕とクリスが会いに行くのは危ないかな?」
『会いに行くだと!? まさか、この中に入るってことか!』
「うん。狭いところだし、間違えて撃たれる可能性も低いだろうしね」
『冗談じゃない! 例え撃たれる危険性が低くても私は行かないぞ! こんな所に入ったら鼻がひん曲がるっ』
アルトは必死に拒絶するクリスに「まあまあ」と言って機嫌を取る。しかしクリスは本当に嫌なのか、毛を逆立ててアルトを威嚇した。
困ったなぁ、と笑っているとリアラがアルトにあることを告げた。
「私もオススメしない。この水道、最近妙なモンスターが住み着いたみたいだから」
「妙なモンスター?」
「暗くてよくわからないみたいで、そこら辺のモンスターと違うみたい。噂だと太古のバケモノだって言われてる。ローガンはそれを確認するためにここに潜ってると思う」
「太古のバケモノ、か」
もしかしたら〈星喰〉と関係があるのかもしれない、とアルトは考える。なら余計にクリスを連れて確認しないといけないだろう。
そう思ったアルトは、ヘソを曲げているクリスの耳にあることを囁いた。
「ねぇ、クリス」
『ヤダ』
「そう言わずに聞いてよ。もし頑張ってくれたらさ、一日ブラッシングしようと思うんだ」
『ほう、一日ブラッシングだとな?』
「そうそう。でもそれだけだと足りないだろ? だからふんわりベッドの美味しいご飯付きの宿に泊まろうと思うんだ」
『そんな金、どこにある?』
「今回、結構な報酬をもらったんだ。だから身体を休ませようって思っててね。あ、でもクリスは猫か。じゃあもっとお金がかかるね。でも手伝ってくれないなら僕一人で泊まるしかないか」
『なっ!?』
「こんな言葉があるだろ? 働かざる者食うべからず、ってね。クリスは手伝ってくれないなら、仕方ないよねぇ」
チラリと、とアルトはクリスを見る。クリスはプルプルと身体を震わせながら、苦悶の表情を浮かべていた。
どうやら葛藤しているようだ。その葛藤の様子はとてもかわいらしく、アルトはさらに意地悪したくなる気持ちに駆られた。
『あー、もぉーわかったよ! 行けばいいんだろ行けば!』
だが、アルトがさらに仕掛ける前にクリスが折れた。大きな叫び声を上げ、プンスカとしながらアルトの隣にクリスは立った。
アルトは久々にかわいらしいクリスを見て勝ち誇ったように笑う。クリスはそんな笑顔をつまらなさそうに見つめていた。
「ありがとう、クリス」
『約束守れよ』
アルトとクリスは地下水道の奥へ足を踏み入れる。リアラはそんなアルト達に「気をつけてねー」と声をかけ、手を振ったのだった。
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