第1章 星めぐる旅の始まり

1、月下の狙撃手

 その日の夜空は三日月が微笑んでいた。優しく、朗らかで包み込まれるような光が闇に支配された大地に降り注ぐ。星達はそんな光に仕事を任せているためか、輝くことを少々サボりがちだ。特に弱々しい光を放つ星は目立たなく、月明かりに飲み込まれている。

 そんな夜空の下にある草原で、けたたましい銃声が幾重にも鳴り響いていた。


「しつこいな、ったく!」


 飛び交う銃弾が走る自動車の右側サイドミラーを撃ち抜き、運転していた青年が思わず舌打ちをした。

 何気なく視線をさらに真横へ向けると、一体の狼らしき何かが並走していることに気づく。その四肢は鋼鉄に覆われており、カメラのようなレンズで覆われた赤い瞳は青年を睨みつけていた。


 ふと、背中に視線を移すとガトリングガンがある。それが自動車へ狙いを定めた瞬間、青年はブレーキを力いっぱいに踏んだ。

 ガトリングガンから銃弾が撒き散らされる。間一髪のところで致命的なダメージを避けることに青年は成功した。しかし、急ブレーキをしたためか助手席で丸まっていた黒猫が驚愕の声を上げ飛び起きてしまった。


『あたたたっ。いきなりなんだよぉ……』

「おはようクリス、今ヤバいから助けてくれない?」

『ヤバい?』


 黒猫クリスは寝ぼけた頭を振りながら窓の外に目を向け、『うわっ』とかわいらしい悲鳴を上げた。取り囲む鋼鉄の狼。その数は一つ二つどころではなく、数えるのが億劫になるほどたくさんだ。

 クリスは思わず青年へ振り返ると青年は朗らかな笑顔を浮かべ、困ったように笑いながら訊ねた。


「タクティクスを使うの、許可してくれない?」


 クリスは頭が痛くなった。

 しかし、状況が状況のためどうしてこうなったのか聞いている余裕はない。


『後でいろいろ教えろよ、アルト!』

「了解!」


 クリスの返事を聞いた青年アルトは、ハンドルを切る。途端に車体が横を向き、勢いのまま滑っていく。

 待ち構えていた鋼鉄の狼を弾き飛ばし、数秒後には自動車は草原のど真ん中で動きを止めていた。


 追いかけてきていた鋼鉄の狼達が背中にあるガトリングガンを使い、一斉に銃撃する。しかし、クリスが目を大きく見開くと銃弾の全てが弾き飛ばされる。よく見ると自動車に積んでいる〈星霊石〉が強烈な輝きを放っていた。


「いつ見てもすごいね。さすがクリスだ」

『あまり長く持たない。さっさと片づけてこい』


 アルトはクリスに促され、車外へ出る。そして改めて取り囲んでいる鋼鉄の狼を眺めた。


 ヴォルフ・ボーグ――それは人の手が加えられたモンスターだ。

 かつてこの辺りは戦争があった。その戦争は長きにわたり続いていたもので、〈終わりのない戦争〉と言われるほどだった。しかし、その戦争の最中にヴォルフというモンスターを利用できないか、と考えた科学者がいた。

 その科学者は実験に実験を重ね、ついに生物兵器〈ヴォルフ・ボーグ〉を完成させたのだ。


 メテオニウムという特殊な鉱物を細胞のように自己生成し、状況に合わせて進化するように開発されたヴォルフ・ボーグの活躍はすさまじく終わりのない戦争を終わらせるほどであった。

 しかし、戦争が終わるとヴォルフ・ボーグは邪魔な存在になる。

 あらかた処分されたのだが、逃げ出した僅かな生き残りがいた。結果、ヴォルフ・ボーグは野生化し徒党を組むほど増え、人間にとって厄介なモンスターとなった。


 そんな過去の産物に襲われたアルトは、一つの剣を持ってヴォルフ・ボーグの集団と対峙していた。

 見た限り、三十はいるだろう。こんなものをすぐに片づけろと言われたのだからクリスはひどい、とアルトはため息を溢した。


「やっぱりすごい数だ。でもまあ、こいつに慣れる練習にはなるかな」


 アルトは鞘から剣〈タクティクス〉の刀身を抜く。鈍く輝く刃が剥き出しになった瞬間、ヴォルフ・ボーグは銃撃をやめた。

 アルトはヴォルフ・ボーグを見つめる。ヴォルフ・ボーグはというと、何度も背中にあるガトリングガンを見つめていた。一部のヴォルフ・ボーグは悟られまいと威嚇をしているが、アルトは何が起きているのか知っている。


「今日の調子は、まあまあかな」


 アルトはそう告げると、鞘を車の中へ投げ入れた。

 圧倒的な数の差がある。しかし、その数的不利な状況はアルトとタクティクスの調子次第で覆せる。


 アルトはゆっくりと深呼吸すると、タクティクスの装飾として鍔にはめ込まれた星霊石がアルトに応え輝く。それを何度か繰り返した後、アルトはヴォルフ・ボーグをもう一度見つめた。

 圧倒的な戦力差。それをどうにかできそうだと感じられるほど、アルトは身体から力がみなぎった。


「さて、やるか」


 何かに阻害され、ガトリングガンが作動しないヴォルフ・ボーグとアルトは対峙する。剣を振り下ろし、ゆっくりと足を踏み出していくとヴォルフ・ボーグはさらに威嚇した。

 ふと、アルトの視界から近づくヴォルフ・ボーグがいる。気づかれないように忍び寄り、アルトの首を噛み切ろうと狙っている様子だ。クリスはそれを眺めながら戦いを見守る。ここで対応できなければ、と考えつつ援護する準備をしていた。


「さて、やるか」


 アルトが剣を強く握った瞬間、ヴォルフ・ボーグは死角から飛びかかった。アルトはそれに全く反応せず、まっすぐ前を見て大地を蹴る。その光景を目にしたクリスは仕方なく援護しようとした。しかし、クリスが助けようとする前に何かがヴォルフ・ボーグの頭を撃ち抜く。

 クリスは一瞬思考が止まった。単純に何が起きたかわからなかったためだ。転がっているヴォルフ・ボーグに目をやるとそれは脳髄をまき散らし、どす黒い血を流して事切れていた。


『これは、一体――』


 思いもしない光景を目にし、クリスは思わずヴォルフ・ボーグの死体を凝視した。アルトはそんなクリスを放っておいて混乱しているヴォルフ・ボーグへと飛び込んでいく。

 一体、二体、三体と切り倒しアルトは駆け抜ける。途中、ヴォルフ・ボーグに腕を引っかかれたが気にせず集団に突っ込んだ。乱戦となりつつある戦況。当然、アルトを死角から狙うヴォルフ・ボーグがいる。しかし、死角に回った途端にそれはどこかから頭を撃ち抜かれていた。


『なるほど』


 クリスは微笑む三日月を見て、あることに気づく。そこには三つの円盤が飛び、この戦闘を空から見つめている。それは常にアルトとその周囲の状況を捉えており、アルトが窮地に陥りそうになると備え付けられていたライフルを使って援護する。

 円盤から撃ち出された銃弾は的確にヴォルフ・ボーグの頭を撃ち抜きアルトを守っていた。それを見たクリスはつまらなさそうな顔をして鼻を鳴らし、頭を振った。


『たいした芸当だな』


 クリスは一瞬だけ感情に任せ、力を込める。するとヴォルフ・ボーグは一斉に悲鳴を上げ、力なく倒れ始めた。

 アルトは剣を止め、ヴォルフ・ボーグを見つめた。生きているが、その身体は痺れ動けない様子だ。


『やめだやめだ。こんなの訓練にならない』


 クリスがそう叫ぶと、身体を丸めてふてくされ始める。アルトはその姿を見て苦笑いを浮かべた。

 どうやらクリスはアルト以外にも戦闘の参加者がいることに気づいたようだ。


「悪かったよクリス。悪気はないんだ」

『どこの馬の骨だ? 星霊兵器を操れるから結構な技量を持っていると思うけどな』

「今紹介するよ」


 アルトは一つの小型端末をポケットから取り出す。そのまま操作をし、謎多き相手との通信を繋げた。

 小型端末の画面をクリスは覗き込むと、そこには年端もいかない少女がそこに映っていた。耳を隠すぐらいの長さがある銀髪に、赤い瞳。まだ幼さが残る顔は将来性を感じさせ、だからなのか余計にクリスの神経を逆なでした。


『ふーん、なかなかかわいいじゃないか』

「お気に召してくれた?」

『お前の趣味がわかった。悪いが私とは合わないみたいだな』

「それは残念。でも悪いけど、そういう話じゃないんだ」

『じゃあどういう話なんだよ?』


 アルトはふくれっ面をするクリスにわざとらしく肩を竦めて見せた。クリスはそんなアルトの行動を見て、余計に腹を立てる。

 だからクリスは『もういい』といってそっぽを向いたのだった。


「あはは、悪かったよ。実は君が寝てる間に彼女から依頼を受けたんだ」

『依頼だと?』

「そ、依頼。ここにいるヴォルフ・ボーグの群れを退治することと、僕達の力を見せて欲しいっていう依頼をね」

『ふーん。それはまた面倒な仕事を受けたな。っで、報酬は?』

「僕達の探しもの」


 アルトの言葉に、クリスの耳が立つ。まさかと思い振り返ると、アルトは朗らかな笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「それを示す地図をくれるって」

『……なんだそりゃ?』


 クリスは改めてふてくされる。すると小型端末を通じて少女が説明をし始めた。


『アルトから話は聞いてる。あなた、〈星の王宮〉を探しているんでしょ?』

『そうだが、それがどうした?』

『私も協力させて欲しい。私も探してるのがある』


 クリスは画面に映る少女を見つめた。その目は強い意思が宿っており、星明かりにも負けない輝きを放っている。

 なぜそんな目をしているのかわからないクリスだが、敢えて聞く必要はないと考えた。


『わかった。その交換条件を飲もう』

『ん、ありがと』

『ところでお前の名前は?』

『リアラ・クライヴ』


 少女の名前を聞いたクリスは何かが引っかかった。しかし、その引っかかりがわからない。

 どこかで聞いたことがあるようなないような、と思いつつもすぐにわからなかったため流すことにした。


『わかった。よろしくなリアラ』

『ん、よろしく』


 クリスが返事をするとリアラは嬉しそうに微笑んだ。そのまま通信が切れると、アルトは小型端末をポケットにしまう。

 何はともあれ無事に話が進んだ。アルトがそう考えているとクリスは『ふん』と鼻を鳴らしてふてくされた。


「怒ってる?」

『ああ、話を勝手に進めやがって。ご丁寧に納得材料も用意してさ。そんなに今の女はよかったのか?』

「悪かったよ。でも彼女にも事情があるんだ。それに僕達の手伝いをしてくれる。無碍にはできないさ」


 アルトはクリスを優しく撫でる。それはこそばゆく、だけどとても心地いいものであった。

 クリスは悔しさを感じる。この撫で方は天性のもので、ついつい気持ちよくなって許したくなる気分になる。

 だから表面上はそっぽを向いた振りをした。


『そういうことにしておいてやるよ。ま、罰として後でブラッシングしろよ』

「はいはい」


 アルトは苦笑いする。

 クリスはそっぽを向きながらアルトの右手を独り占めにしたのだった。

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