おひとよし冒険家アルトの星めぐる旅

小日向ななつ

第1部 誰も見たことがない宝物

プロローグ

0、その輝きに目を奪われて

 満天の星が輝く空の下で、一人の青年がガチガチと身体を震わせていた。自分よりも遥かに大きな身体を持つ敵と、その周りを漂う球体が好奇心を剥き出しにして青年を見つめているからだ。


 敵にライフルを向け、トリガーに手をかけている青年だが引くことができない。もし間違って銃撃してしまえば目の前にいる敵によってあっという間に殺されてしまうためだ。

 青年の視界の片隅には転がっているいくつかの死体があった。その全ては食い千切られたかのように頭がない。


 もしかしたら自分もこうなるかもしれない。

 かつて一緒に笑いあった同僚の姿を視界に入れながら、青年は震える手で敵にライフルを向け続けた。


『――――』


 唐突に、敵が自分から視線を外した。あまりにも唐突な行動に青年は不思議に思い、敵が見つめた方向に視線を合わせた。するとこれまた突然、空を飛んでいた球体が火花を散らせて爆発を起こす。


 何が起きているのか。青年が理解できずに呆然とした。すると球体がけたたましいサイレンを鳴らすと共に、大きな敵は完全に青年から目を離したのだった。

 何もわからない青年は、ただただ食い入るようにその光景を見つめる。するとサイレンを鳴らしていた球体の全てが一瞬止まり、仲間であるはずの敵へと襲いかかった。


 敵は唸り声を上げ、球体を叩き落としていく。その光景はかつての仲間を切り捨てるかのように、無慈悲なものだった。


「な、なんだ?」


 暴れている敵を見て、青年は思わず言葉を口から溢した。

 唐突な仲間割れ。しかし、あまりにも突然なため青年は理解できずただ呆然とその光景を見つめていた。


 ふと、敵の腕によって叩き落された球体が青年へ向かってくる。青年は咄嗟に避けようとしたが間に合わない。

 ぶつかる。そう思った瞬間、甲高い金属音が青年の耳に飛び込んできた。


「全く、帝国の奴らは何を考えている」


 星明かりが、一層に輝いた。照らし出される銀の剣は冷たく美しく、目にした青年は星そのものかと思ってしまうほど輝いていた。

 だが、それ以上に美しい者がいる。

 肩にかかるほどの黒髪を揺らし、黒いドレスに身を包み、背中に幻想的な羽を持つ見たこともない少女だ。


 青年はあまりの美しさに言葉を失う。吸い込まれるような黒い衣服には、不思議なことに小さな輝きが散りばめられていた。黒髪も星のような輝きがちらほらとあったが、そんな不思議な現象を抜きにしても青年は少女が美しいと思った。


「君、悪いがとっとと逃げてくれ。戦いの邪魔だ」


 少女は栗色に染まった瞳で青年の顔を見つめた。しかし、青年は動けない。

 それは恐怖からくる硬直ではない。ただただ少女に見惚れて、動くことを忘れていたのだ。

 少女はそんな青年に呆れたため息を吐き出した。こんな状況なのに、こんなおかしな自分に見惚れているのである。ため息の一つや二つ、吐いてもおかしくはないだろう。


「見事な貧乏くじを引いたものだ」


 少女は剣を振るい、青年の前に立つ。それはまるで、敵から青年を守るような態勢だった。青年はそんな少女の行動を見て、やっと我に返る。

 だが、やはり少女は美しい。まっすぐと敵を見つめるその姿は、まさに戦場に舞い降りた戦女神と表現できるほどのものだった。


『ガガッ、ビィッ』


 そんな少女を見つめていると敵が振り返った。襲いかかっていた球体を全て叩き落としたようだ。

 敵はどこか興奮状態のようで、腕として使っていたパイプが八本へと増えていた。


 地上を歩行するタコ、と表現できる。いや、足がムカデのようにたくさんあるのでそれはふさわしくない表現かもしれない。

 もし言い表すならば、手足が無数にあるバケモノだろう。


「さすが大物か。神機兵もこのクラスになるとバケモノ染みてるな」


 そんな敵を目の当たりにした少女だが、怯まない。それどころか、少し期待を抱いているような笑顔を浮かべている。

 握る剣も不思議と強く輝いた。まるで少女と共に高揚しているように見える。


 青年は、そんな少女を見てやっぱり綺麗だと感じていた。これほどまで美しいものは見たことがなく、だからこそ何もかも忘れて見つめていた。

 少女はそんな青年を見て、やれやれと頭を振る。そして、こう告げた。


「君は運がいい」


 剣が振り降ろされる。途端に銀色の輝きが一層強くなった。

 少女が剣をもう一方の手で握ると、黒い髪に変化が起きた。それは漆黒の夜空一面に星が広がるように、銀色へと染め上げていく。


「今日は新月――星がよく見える日だ」


 神機兵は空気が裂けるような大きな大きな雄叫びを上げた。銀色に染まった少女は、遥かに大きな敵を見つめながら剣を構える。

 青年は、そんな少女に釘付けになる。自分にはない輝きを、いや誰にもない輝きから目を離すことができなかった。


「さあ、始めよう。この星空が輝きを失うその時まで――」


 戦いが始まる。青年にとって忘れられない戦いが。

 だがこれはまだ始まりにすぎない。なぜならこれは、単なる出会いでしかないから――

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