居酒屋やってたうちのジイさんが、世界征服するとか言い出しやがった。
無月弟(無月蒼)
居酒屋やってたうちのジイさんが、世界征服するとか言い出した。
「タケルよ、世界征服を始めるぞ」
またうちのジイさんが馬鹿なことを言い出した。
日曜の昼下がり。家の茶の間でお茶を飲んでいたかと思ったら、何をするって?
オーケー、オーケー、まずはうちの爺様について説明しよう。
俺のジイさんは御年九十歳になる、白い髭を生やしたジイさんだ。やり手の実業家で、若い頃に始めた居酒屋が大当たり。今では全国に何店舗も店を構える一流企業へと成長している。
ジイさんは親父に社長職を譲った後も、名誉会長として君臨しているわけだけど。
そんなジイさんが突然、世界征服をするなんて言い出しやがった。
「ジイさん本気かよ? 世界征服ってのはアレか。店を日本のみならず、世界へ新支出させたいとかそういうことなのか? そうだと言ってくれるよな!」
「何を言っとるか。ワシは前々から、世界征服の野望を目論んでおったのじゃ。今の腐敗した世の中を見ろ。この醜い世界を正すには人類は絶対的な指導者の下一つにならなければならんのじゃ!」
「なんだよその中二病的思考は! ジイさんもう90だろ! いつまで中二病やってんだ! もし仮に本当に人類が一つになる必要があったとしても、俺だったらアンタに支配されるなんて御免だよ!」
悲しい事にジイさんは時々、こういうトチ狂ったことを言う事があるんだよなあ。
これがボケちまったって言うのならまだいいんだけどさ、親父の話だと昔からこうだって言うんだから質が悪い。
「アホらしい、妄想は一人でやってくれるか。俺はもう行くぜ」
「待て待て、まずは話を聞け。義信よ、今まで黙っておったが、ワシは昔居酒屋を営む一方で、悪の組秘密結社の科学者として改造人間を作っておったのじゃ」
「なんだよそれ。それは仮面をつけたバイク乗りのヒーローで出てくる、ああいう秘密結社か?」
さてはこのジイさん、あの特撮ヒーロー番組の再放送でも見たに違いない。そして死神の名を冠する博士を見て、同じジジイとして自分も負けていられないとか思ったんだ。ジイさんはそういう人だ!
「あ、何じゃその目は? さては信じておらんな?」
「当り前だ! 信じられるかそんな話! 焼き鳥を焼く傍ら、悪の秘密結社なんてやってるわけないだろ! なんだよその二刀流は! そもそも、その秘密結社ってのはどうなったんだよ?」
「それがな、無計画に世界征服の野望を進めておったら、途中で資金が底をついて潰れてしまったんじゃ」
ダメダメだな秘密結社。まあ世界征服をしようという時点で、ダメダメなんだけどさ。
「だからワシは同じ轍は踏まんと、まずは資金を集めることにした。そうして始めたのが、お前もよく知っている居酒屋だ!」
「そんな理由であの店始めたのかよ」
「そして今明かそう。実はワシは、自らに改造手術を施した、改造人間だったのじゃ! どうじゃ、驚いたか?」
うんにゃ、あんまり。
ドヤ顔で言ってるけどさ、もう何を言ってもまともに話をする気にすらなんねーよ。
「なんだよ改造人間って。本当にそうなら、証拠を見せてみろよ」
「よかろう。正体を露わにする時が来たようじゃな。変・身!」
ジイさんは立ち上がり、両手を広げてポーズを取った。
そんな事をしても、どうせ何も起きるわけねーのにな。
しかしどうだろう。手を振り上げた瞬間、お茶の間に突風が吹き荒れた。
な、何だこりゃ⁉ そしてジイさんの姿が、徐々に変わっていく。
三角の頭に、焦げ茶色のボディ。その姿は――
「ワシは改造人間、スルメデビルじゃー!」
スルメデビル。それはスルメの姿をした恐ろしい改造人間だった。
「えっ、マジで改造人間だったの? つーかスルメデビルって何だよ! 仮面のヒーローで出てきた敵幹部の、イカデビルじゃないのか⁉」
「うちのメニューで、スルメがあるじゃろ。そこからヒントを得て、自らを改造したんじゃ」
「自ら望んでスルメになっちまったのかよ! バカだ! アンタ本当に大バカだ!」
「何を言うか。お前も似たようなものじゃろ。改造手術はちゃんと施してあるから、試しに変身して見ろ」
えっ?
変身って、俺も?
恐る恐る、さっきジイさんがやったみたいに、ポーズを取ってみた。
「えっと、変身?」
するとどうだろう。
体が急に細長くなったかと思うと、茶色い肉の塊が数個くっついていて、そこから手足が生えているという何とも間抜けな姿に変身しちまったじゃないか!
な、なんじゃこりゃー!
「成功じゃ! おぬしは焼き鳥の改造人間。その名も焼き鳥人間じゃ!」
「や、焼き鳥人間ー⁉ 待て、ジイさんがスルメで、俺が焼き鳥って事はまさか⁉」
「どうやら気付いたようじゃのう。ワシの作った改造人間は、全て居酒屋のメニューがモチーフになっている。居酒屋経営をする傍ら、ワシは着々と世界征服の準備を進めていたのじゃ!」
「ふざけるな! なに人を勝手に改造してるんだよ!」
焼き鳥男なんて間抜けな改造をしやがって。せめて鳥人間ならまだ格好良かったのに、何だよ焼き鳥人間って!
「ちなみにお前の父は塩キャベツ男、母は船盛女に改造してある」
「親父とお袋まで! つーかオヤジ、塩キャベツ男って安上がりだなあ」
塩キャベツに比べたら、焼き鳥の方がまだマシか?
「とにかくそう言うわけじゃ。タケルよ、今こそワシと共に世界征服を……」
「するか! 勝手に人を改造しやがって!」
怒りに燃えた俺は、ジイさんめがけて蹴りを放った。
「焼き鳥キーック」
「ぐはっ⁉」
説明しよう。焼き鳥キックとは、相手を蹴ると同時に香ばしい炭火とタレの香りが漂う、食欲を誘う必殺技なのだ。
あ、ちなみに蹴っても相手が爆発するなんてことは無い。俺は焼き鳥。爆発に巻き込まれてこれ以上身を焼いちまったら、マズそうな消し炭になってしまうからな。
「世界征服なんてさせてたまるか! ジイさん、アンタの野望は俺が砕く!」
「はっはっは、裏切るつもりか? 裏切りは重罪。たとえ孫と言えども容赦はせんぞ」
「望むところだ!」
こうして俺はその日から家族を捨てた。
ジイさんが会長を務めていた居酒屋チェーン店は、裏で世界征服の野望を目論んでいた悪の秘密結社ということも判明し、俺はそれを阻止するため一人孤独な戦いに身を投じることとなる。
それにしても焼き鳥人間って。今だかつてこれ程間抜けな響きのヒーローがいただろうか?
それから俺は、枝豆男や冷ややっこ男など、ジイさんが送り込む様々な居酒屋怪人を倒していった。
そして世界征服の野望を阻止するために戦う俺を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。
改造人間、ファイヤーバード。
あれ、意外と格好良いな。焼き鳥人間も、案外悪くないかも?
居酒屋やってたうちのジイさんが、世界征服するとか言い出しやがった。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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