8-2愛しきどぶねずみ
ラットがおずおずとイェーゴーの布団の中に入ってきた。
震えるその体を、イェーゴーはぎゅううと抱き締めた。
「あの、ストライダーさ・・・」
「ストライダー」
イェーゴーはラットの声に被せるように言う。
「呼んでみて」
そしてラットの耳元で囁く。
ラットは気の毒なほど真っ赤な顔をして、ひ弱な声で繰り返した。
「ス、ストライダー・・・」
イェーゴーはくすりと笑って、よくできましたとラットの頬を撫でる。
びっくりして肩を震わせ、逃げをとろうとしたラットの肩を、更に引き寄せる。
二人で眠るには小さなベッドの中で、ラットはイェーゴーの体にすっぽりと身を預けた。ラットには自分の心臓の音しか聞こえない。イェーゴーがラットの頭上で息をついた。その吐息がラットの髪をわずかに揺らし、ラットは居た堪れなくなる。
愛したいのか、傷つけたいのか。その境界線はどこか。
イェーゴーには、ラットをどうしたいと思っているのかが曖昧になっている節がある。
ただ言えるのは、この小さな少年がイェーゴーにとって、他の人とは違うと言うことである。
それはなぜか、イェーゴーはラットの頭を撫でながら思考する。
ラットに自分との共通点がいくつもあるからだろうか。
出会い方が普通とは言えなかったからだろうか。
それとも、「どんなあんたでも好き」だなんて、人生で初めて言われたからだろうか。
よく懐いているペットのように、ラットは身を任せている。安心しきっているようだ。
信頼されたものだ。
イェーゴーの手が、今すぐにラットの首を絞めることもできる。ラットの心を、立ち直れなくなるほどメチャクチャにすることだってできる。事実、イェーゴーの中の加虐的な欲望はそれを望んでいる。
いつもならその欲望の波に、ただ身を委ねるだけでよかった。
「・・・あったかい」
ラットが小さく呟く。
ぼろぼろのまま、一人ぼっちで倒れていたラットが、イェーゴーに絶対的な安心を寄せ、身も心も預けてくれている。
イェーゴーにとってそれは、とても嬉しいことでもあった。
己の欲望には関係なく。
思い出す。弱りきったラットが、意識を失った様にベッドで眠っていたあの夜を。
あの時確かにイェーゴーは・・・
子供の頃の自分にラットを重ねていたとしても、イェーゴーはラットを守りたいと思ったのではなかったか。
今となってはそれもわからない、か。
「・・・私は悪くないと思いますか」
イェーゴーはラットにそう尋ねていた。
「俺は、あんたは悪くないと思う」
ラットは、そう言った。
イェーゴーの心臓はギュッと掴まれたように熱を帯びた。
本当に、彼を殺していいのだろうか。イェーゴーがそんなことを思ったのは、初めてだった。
ラットの拍動が、イェーゴーの中に響いてくる。
この少年が答えをくれるとしたら。
愛を教えてくれるとしたら。
ストライダー・イェーゴーを、人間に戻してくれるとしたら・・・?
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