第二〇話 サブロウと大二郎 二
仁志おじさんが剥ぎ取ったシートの下から姿を現したもの、それは! 台車の上に載った――。
「……台車?」
――そう、仁志おじさんはすごく勿体つけて紹介したけど、小野さんが操作してきた自走式台車の上にチョコンと載っていたのは、一台のボロっちい台車、というか手押し車的な何かだった……。
車輪の上に古ぼけた木箱みたいな本体が載っていて、その上に、左右には竹製の手すりが、後ろには一段高い位置に手押し用の持ち手らしき竹筒が付いている。……なんじゃこりゃ?
「ヒッ!」
真綾ちゃんの反応を確かめようとした私は、彼女の目がクワッ! と見開かれているのに気づいてちょっと悲鳴を上げてしまった。……これはアレだ、お誕生にプレゼントした般若のお面を見た時の顔だ。
真綾ちゃんは、いたく気に入ったみたいだね……。
「まずは足回りから説明しよう。このタイヤ、ぱっと見は木製に見えるよう偽装してあるが、使われているのは極めて強靭かつ耐熱性にも優れた新素材でパンクの心配がない。それから、独立懸架式のサスペンションだから悪路での安定性も抜群だ」
私はしゃがみ込んで確認してみた。
なるほど、小型のバギーみたいな足回りの上に箱が載っているみたいだね。車輪のほうは……うん、たしかに色合いや質感が木製に見える。――でもなんで木製に偽装してるんだろ?
「次に車体だが、チタン合金製の本体表面に、軽量、高強度、かつ耐熱性に優れた新素材を装着してある。これも外見を木製に偽装しているが、内側にあるチタン合金層も考慮すると、四五口径の拳銃弾でも貫通は不可能だ」
「あの、全体的にボ、古ぼけて見えるのは――」
「私の趣味」
あ、そうですか……。私の素朴な疑問に真綾ちゃんがひとことで答えてくれたよ。
なんで胸張って言うのかはわかんないけど、技術者の皆さんはこの子が出した無茶なオーダーに応えるべく、必死でエイジング処理を施したに違いない。頭が下がる思いだよ。
「さて、次に――」
仁志おじさんはそう言いながら、箱の上にある竹筒みたいな手すりのひとつをカチャリと外した。アレ、着脱式なんだね。
「こうすると――」
手に取った長さ一メートルほどの竹筒の端を仁志おじさんが回転させると、反対側の端から、ジャキンと槍の穂先が飛び出した!
やだ、何コレ、カッコいい! 私の中に眠る中二ゴコロがムクリと起き出したよ!
「――とまあ、短槍になる。反対側の手すりも同じ仕掛けだ。もちろんこれも竹に見せかけた新素材でできている。――花ちゃん、どうだい?」
「はい、なんかスパイカーみたいでカッコいい気がしてきました」
「ハハハ、そうか、カッコいいか。でも驚くのはまだ早いぞ――」
テンションが上がってきた私が目を輝かせて褒めたら、すっかり上機嫌になった仁志おじさんは、なぜか真綾ちゃんに目配せをした。
「はい」
「ひゃー!」
すると真綾ちゃんは、突然私の両脇に手を入れて持ち上げると、……箱の中に乗せた。なんで――あれ? 何コレ、座り心地いいかも……。
「どうだい花ちゃん? 人体工学に基づいた最高のシートの座り心地は」
「はい、すっごくイイ感じです」
なぜ箱の中にシートがあるのか? という疑問を抱くことも忘れて、シートの思わぬ座り心地のよさにゴキゲンになった私が、ポフポフ跳ねながら仁志おじさんに答えると、周りのみんながすごく温かい目で見てきた。
「車体の内張りは最高品質の衝撃吸収材を使っているから、とても安全だよ」
「あ、はい、ホントに」
仁志おじさんの言うとおり、箱の内側には、ちょうどいい硬さの内張りがしてあった。
「花ちゃん、そこのレバーを握ってごらん」
「はい」
シート左側の肘掛けの先に立っているレバーを私が握ると、レバー横にあるランプが赤く灯った。
「よし、登録完了だ」
「え? 登録って――」
「次は、そのレバーをゆっくり前に倒してごらん」
「あ、はい」
疑問を口にし終わる前に出された仁志おじさんの指示どおりに、私はレバーをそっと前に倒した。
「おお!」
すると、私が乗った箱は静かに動き出す。……これ、自走するんだね。
レバーを徐々に倒していくと、それに応じてスピードも上がっていった。
――うーん、最高時速でもこんなもんか……。
レバーを最大限まで倒しても、人が歩くくらいの速度で頭打ちだった。
ノロノロとしばらく進んでから、今度はレバーを右に倒すと、それに合わせて進路も変わる。なるほど、電動車椅子みたいなもんだね。
私がそのままターンして、元いたところへ戻っていると、こちらをすごく温かい目で見ているみんなに気がついた。きっと無事に作動しているのが嬉しいんだね。
余裕ができてきた私が手を振ると、みんなも手を振り返してくれた。みんな、私が初めて自転車に乗れた時のお父さんみたいな目をしているね。――あ、小野さんがビデオカメラを構えているよ、ちょっぴり恥ずかしいな。
「――と、このように、最大一二〇キログラムのものを積載した状態でも、最高時速五キロメートルでの走行が可能だ。その場合、満充電での連続走行可能距離は平坦地でおよそ四〇キロメートル」
「最高時速はそれ以上出せないんですか?」
「ああ、大人の事情でそういうことになっている。が――」
無事に戻ってきた私の質問に大人の返答をしながら、仁志おじさんは右側の肘掛けの一部分をチラチラと見る。
そこをよく見るとスライドできるようなので、そのまま開けてみると、赤いボタンが現れた。……何かしら?
「花ちゃん、そのボタンを押す前には必ずシートベルトを装着するように。それから、緊急時以外には押さないように。いいね?」
「はい……」
誘惑に負けてプルプルとボタンに指を近づけていた私に、仁志おじさんからの注意が入った。……危なかった。
私がそっと緊急ボタンのカバーを閉めていると、何ごとか考えていた真綾ちゃんが、期待に満ちた表情で仁志おじさんの顔を見た。
「おじさん、アレは?」
「スマン真綾、アレはさすがに無理だ」
「真綾、無理を言ってはいけないよ、さすがにアレは……」
真綾ちゃんが言うアレって、なんだろう? 仁志おじさんもおじいちゃんも困り顔だよ。無理って言われた真綾ちゃんはちょっぴり残念そうだし……。
「真綾ちゃん、アレって何?」
「機関銃」
「……無理」
私の問いかけに、真綾ちゃんはサラリと、とんでもないモノの名前を口にした。
この子は……。
私が真綾ちゃんの顔を呆れて見つめていると、知らないうちに消えていた小野さんが戻ってきた。
「真綾様、花様、記念撮影をいたしますので、ご準備を」
プロカメラマンが使いそうなゴツいカメラを手にした小野さんの言葉に、真綾ちゃんはサッと私の後ろに回って手押し棒を両手で握る。
私が振り返って真綾ちゃんの顔を見上げると――。
「え、何ソレ、アイシャドウ?」
「…………」
いつの間にか彼女のまぶたに濃い~アイシャドウが塗ってあった。そのうえ、まるで何かに取り憑かれたように、無言で遠い目をしている……。
ちょっと怖いよ真綾ちゃん!
「ハイ、それではまず、おふたりとも前方を向いてください」
「あ、はい」
「…………」
私は慌てて小野さんに言われたとおり前を向いたんだけど、無言で私の背後に立っている真綾ちゃんから不穏な圧を感じる……。
「花ちゃん、クイズです」
「え?」
突然背後で、真綾ちゃんがクイズを始めた。
「花ちゃんから、花を取ったら何になる?」
「え? ん~と、……ちゃん?」
なんだ? このクイズ……。
「もうちょっと大きな声で」
「ちゃん!」
「今度は伸ばす感じで」
「ちゃ~ん!」
「…………大正解」
真綾ちゃんは満足げにそれだけ言うとまた沈黙した。なんだったんだろうね?
チラリと横目で見たら、おじいちゃんと仁志おじさんが声を殺して笑っていた。
防波堤に打ち寄せる波の音の他には、シャッターを切る音と小野さんの声だけが響く。
「はい、い~ですよ~。次は――」
こうして、しばらく撮影は続き、おじいちゃんと仁志おじさんも入れた四人の写真を何枚か撮影して終わった。
「はい、お疲れ様でした。花様、真綾様、後日アルバムにしてお渡ししますね」「あ、はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「小野、私のぶんも頼む」
「はい、会長」
私と真綾ちゃんが小野さんにお礼を言っていると、仁志おじさんもちゃっかり便乗してきた。……まあいいか、真綾ちゃんの憑き物は落ちたようだし。
「真綾様、写真のご確認をお願いできますか?」
「はい」
小野さんが私の横に来て、デジタルカメラの液晶画面を真綾ちゃんに見せ始めたので、私もシートの上に立ち上がって覗き込む。どれどれ――。
そこに映っていたのは、遠い目をしながら古びた木製の乳母車を押す真綾ちゃんと、その乳母車からチョコンと頭だけ出している子ど、私……。
突然私の脳裏に、以前、真綾ちゃんちで観たことのある時代劇のワンシーンが、主題歌とともによみがえった!
「これ、まんまアレじゃん! しとしとぴっちゃんの、アレじゃん!」
「うん、『子連れ獅子』」
真綾ちゃんはどこか得意げに胸を張った。この子は…………。
「まさか、この写真撮るためだけに、羅城門グループを動かしたんじゃ……」
ありえる、この子なら……。
「花ちゃん」
「あ、はい」
呆然としている私の耳に、おじいちゃんの穏やかな声が聞こえた。
私が振り向くと、優しい目で真綾ちゃんと私を見ながら、おじいちゃんは話を続けた。
「真綾は去年の一件以来、花ちゃんの身をひどく心配してね――」
「え……」
「…………」
思わず真綾ちゃんの顔を見た私に、彼女はちょっと恥ずかしそうに頷いた。
「――まあ、やっとできた大事な親友を失うかもしれなかったんだから、当然だろう。それで、外出中の花ちゃんを守るための妙案はないかと真綾から相談を受け、仁志が悪ノリした、というわけなんだよ」
「じゃあ、コレは、私のために……」
「うん」
私の頭の中は、おじいちゃんが言った「親友」の二文字と、真綾ちゃんが私のことをそこまで心配してくれたという事実、そして、目の前でちょっと恥ずかしそうに頷いた真綾ちゃんの顔でいっぱいになった。そして――。
「真綾ちゃん!」
「花ちゃん」
私たちふたりはお互いの名を呼び合うと、ヒシと抱き合った。
それからしばらく、私の耳にはパシャパシャと小野さんが切るシャッターの音と、仁志おじさんの鼻をすする音が聞こえ続けたのだった――。
そのあと、仁志おじさんから残りのギミックの説明を受けた私は、その場の勢いで歓喜に打ち震えながら、真綾ちゃんの心からのプレゼントである、二三式特殊機動車輌あらため、大二郎(真綾ちゃん命名)を頂いたわけなんだけど…………。
家に帰って冷静になった私は、大二郎からチョコンと頭だけ出して町の通りをスイーッと進む自分の姿を思い描き、ひとり悶絶した。
そうか、これから私は、外出するときはいつも大二郎に乗っていくのか…………真綾ちゃんには悪いけど、無理!
そんなわけで――。
◇ ◇ ◇
「花ちゃん、真綾ちゃん」
学校の帰り道、神社の大鳥居前に立つ私たちに、ちっちゃな手を振りながらサブちゃんが近づいてきた、天使のような笑顔を大二郎の上から覗かせて……。
「サブちゃん、運転上手だね。乗り心地はどう?」
「うん、最高じゃ!」
私の言葉に、サブちゃんが顔を輝かせて答える。はぁ、サブちゃんマジ天使……。
我が自尊心を守るという見地から、大二郎に乗ることを断腸の思いで諦めた私は、貰った翌日、真綾ちゃんに土下座しながら、大二郎をサブちゃんにプレゼントしたい旨を話したんだよね。
真綾ちゃんは最初こそ残念そうだったけど、サブちゃんの名を聞くとすぐに了解してくれたよ。
そんなわけで、昨日の夕方にサブちゃんへプレゼントして、運転に慣れてもらってたんだけど、……どうやら気に入ってくれたみたいだね。
「じゃが、かようによきものを、本当に貰ってしもうてよいのか?」
「もちろん! ね、真綾ちゃん?」
「うん」
ちっちゃいくせに遠慮なんかするサブちゃんに私たちが頷くと、ゴソゴソと神主さんのような衣装から何やら取り出したサブちゃんは、私たちに向かっておずおずと手を差し出した。
どれどれと覗いてみると、お人形さんみたいにちっちゃな手のひらに、可愛らしい勾玉がコロンとふたつ載っかっている。
「これしかないが、お返しじゃ」
ちょっと申しわけなさそうにサブちゃんが言うのを見て、私と真綾ちゃんはお互いの顔を見合わせた。
頷き合った私たちは、サブちゃんのちっちゃな手のひらに手を伸ばすと、そっと勾玉をつまみ上げ――。
「うわぁ、……すごくきれいだよ、コレ!」
「海……」
――どちらからともなく光にかざし、感嘆の声を上げた。
だって、光を透過して紺碧に輝くサブちゃんの勾玉は、まるで本物の海を閉じ込めているように見えたんだよ。
「これ、ホントに貰っちゃっていいの!? ありがとう~」
「サブちゃん、ありがとう」
私たちが笑顔でお礼を言うと、心からの喜びが伝わったのか、サブちゃんの顔がパァッと輝いた。
「こちらこそ、ありがとう」
そう言ってペコリと頭を下げたサブちゃんの嬉しそうな顔を眺めながら、私は、そしてたぶん真綾ちゃんも、心の中で大二郎に最大級の感謝を贈るのだった。
見た目がボロっちいはずの大二郎は、サブちゃんの笑顔を乗せて、どこか誇らしげに輝いて見えたよ。
私たちがサブちゃんに貰った勾玉は、後日、うちのお母さんがお揃いのネックレスにしてくれた。――こうしてこの勾玉は、私たちふたりの宝物になったんだよ。
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