第一一話 修学旅行 四
「どう? 見つかった?」
「いえ、三ツ辻より上には、いらっしゃらなかったわ」
「八島ヶ池にも――」
「いったいどこに……」
忙しそうな様子で何やら話し合っていた巫女さんたちは、私たちに気づくとピタリと会話を止め、小首をかしげて不思議そうに私たちを見つめた。
私たちを見る巫女さんたちは、印象的なことに、みんな揃って切れ長の細い目と白磁器のように白い肌をしている。
やがて再起動した彼女たちは、みんなで集まってヒソヒソと話し合ったかと思うと、全員が同じ表情、同じ動きでまた私たちを見つめた。何かのパフォーマンスでも見ている気分だよ。
ほどなくして、そのなかのひとりが私たちに向かって歩み寄ってきた。
「……もし、あなた方、背丈がこれくらいの女の子を見かけませんでしたか?」
細い目の巫女さんは、私の肩ぐらいの高さに手を上げつつ尋ねてきた。迷子でも探しているのかな?
「ごめんなさい、見なかったです。――みんなは?」
「見てない」
「そうやなあ、ウチも見てへんなあ」
「こんな時……ダウジングロッドかペンデュラムがあれば……」
……ムーちゃんは、それがあれば探すつもりだろうか……。とにかく、私たちの答えを聞いた巫女さんは目に見えて落胆した。
「そうですか……」
「あ、でも、帰りに見かけるかもしれないので、その時はどうすればいいですか?」
なんだか気の毒になった私がそう言うと、巫女さんの白い顔が少し明るくなった。
「そう……そうですね。それでは、もし境内のどこかでお見かけになったら、大きな声で見つけたことを教えてください。あなた方の声と匂いは憶えましたから、我々のうち近くにいる誰かが参ります」
「わかりました」
「ありがとうございます、とても助かります。――ささ、それでは、あまり暗くならないうちに気をつけてお帰りくださいな。ここへ来る時に通ったほうの鳥居ですよ」
声と匂いって、犬じゃあるまいし――などと思いつつも、私たちは巫女さんたちにペコリとお辞儀すると、言われたとおり、来る時に通ったのと同じ千本鳥居を戻った――。
不思議なことに、帰りはあっという間に千本鳥居を抜けた。
行きでかなり時間がかかったはずなのに、空の色はまだオレンジから複雑なグラデーションに変わり始めたままで、時計を見ても、最初に千本鳥居に入った時からほんの数分しか経っていない。……どういうこと?
狐につままれたような気分ではあったけど、とりあえず、その女の子の姿がないかキョロキョロしながら歩いていた私たちは、それらしき姿を見つけられないままバスに到着した。
「結局見つからなかったね、迷子ちゃん無事だといいんだけど」
「うん」
バスに入ってから真綾ちゃんにそう言いながら、私は今や座り慣れたマイシートに着こうとして――。
座席の足元で体育座りしている子供と目が合った。
「んぎゃあああ!」
バス中に響き渡った怪獣のごとき私の悲鳴を聞いて、すぐに先生やクラスのみんなが来てくれたんだけど……不思議なことに、もう一度よく見ると、子供の姿は消えていたんだよ。
「斎藤さん、あまりみんなを驚かせちゃだめよ」
「はい先生、すみませんでした……」
「まあ、花ちゃんだから――」
「花だからね――」
「斎藤さんだから――」
ごめんなさいしている私を責めるでもなく、何やら温かい目で見ると、みんなは自分の座席に戻っていった。「花ちゃんだから」って、いったいどういう意味なのだろう? まあ、いいか……。
それにしても……おかしいな~、たしかにいたんだけどな、小学校低学年くらいの可愛い女の子……。
◇ ◇ ◇
私たちを乗せたバスが、我が町よりもはるかに都会な京都市街に入ると、窓の外を見ているクラスのみんなが歓声を上げた。
バスに揺られている間にとっぷりと夜の帳が下りて、華やかな街明かりやライトアップされた寺社仏閣が、真っ暗な田舎の夜に慣れきった私たちのテンションを上げている。
東京で生まれ育った私には京都の夜景すら寂しいはずなんだけど、私もすっかりあの町の子になったんだなあとつくづく思う。それはちょっぴり寂しいような、それでいて嬉しいような不思議な気分だ。
まあ、それはともかく――。
「あ、真綾ちゃん、あれ、新選組が屯所に使ってた西本願寺だよ」
「新選組っ!」
「そうそう、もうちょっと北西に行けば壬生寺もあるはずだよ」
「壬生っ!」
私が説明するたびに、となりで真綾ちゃんがクワッと目を見開いて反応する。普段クールに見える彼女の珍しい姿に、私はニヤニヤとほくそ笑んだ。――あ~新鮮だな~この真綾ちゃん。新選組だけに……。
まあ、無理もないか、時代劇をこよなく愛する彼女にとって、間違いなく京都は聖地なんだからね。
そしてここに、京都を聖地としている子がもうひとり――。
「……そしてさらに北……六角通りには、六角獄舎があったの……」
「なんやムー、六角獄舎って」
「新選組に捕まった尊攘志士が、収監されていたところ……。禁門の変で、京の都に大火事が起きたのだけど……その火が六角獄舎に迫ったの……」
「そんで、どうなったん?」
「火災に乗じての脱走を恐れた町奉行の命令で……未決囚三十数名の首が……次々にはねられたの……。いまでも彼らの怨嗟に満ちた声が……」
「怖いわ!」
私の後ろの席で、ムーちゃんによるオカルト的ガイドが始まった。……火野さん、相変わらずツッコミのタイミングが絶妙だね。
千年の魔都、京都は、オカルト大好きっ子のムーちゃんにとっても聖地そのものだったんだよ。
修学旅行を楽しみにしていたのはみんな同じだけど、京都に対する熱量において、真綾ちゃんとムーちゃん、このふたりに敵う人はいないんじゃないかな。
◇ ◇ ◇
私たちが修学旅行初日の最後に見学したのは二条城だ。徳川慶喜が大政奉還することを発表した場所だね。
現在ここでは日没後に、ライトアップやらプロジェクション・マッピングやらのイベントが行われていて、私たちはそれを見学するというわけだ。
うちの学校は例年だと日中に訪れる二条城なんだけど、今年の修学旅行を青島先生の裏で取り仕切っていると噂される、養護教諭の白井先生が――。
「ちょっとくらい趣向を変えてあげないと、線香臭い場所ばっかりで子供たちが飽きちゃうわ~」
――と、身も蓋もないひとことで夜の見学を決めたんだそうな。
ちなみに白井先生は、マンガに出てくる色っぽい保健室の先生の典型みたいな人で、青島先生と同じく我が町の小、中学校の卒業生でもある。かつては一学年後輩の青島先生を自らの手足のように使っていたとかいないとか……。どうやらその力関係は、現在も継続中のようだね……。
「うわ! なんやコレ、ムッチャええやん!」
「火野さん待ってよ……おおー! 何コレ何コレ!」
我が班の斬り込み隊長である火野さんが、真っ先に城内に突入して声を上げると、遅れて入った私も得意の何コレを連発した。二の丸御殿の前には、デジタルアートっていうのだろうか? 光の川の中を鯉が泳いでいたり、建物に伝説の動物が動いていたりと、プロジェクション・マッピングによる何やらすごい演出がされていたのだ。
それを見たクラスのみんなもそれぞれ嬉しそうに歓声を上げている。白井先生、グッジョブだよ~。
「真綾ちゃん、きれいだね」
「うん」
私の言葉に真綾ちゃんはコクリと頷いた。他の人には彼女がクールに立っているようにしか見えないだろう……だがしかし! 私の目は見逃さない、彼女の目がいつもよりわずかに大きく見開かれ、キラッキラ輝いていることを!
姫様は、いたくお気に召したご様子だね……。
◇ ◇ ◇
私たちはその後、イイ感じにライトアップされた二の丸庭園を歩いていた。
光に浮かび上がる紅葉というのも幻想的な感じで、これはこれでアリだと思う。一日の終わりにこれを見られてよかったよ。ホント白井先生、ありがとね。
「ムーちゃん、この二条城にはオカルトネタなんてないでしょ?」
「あるよ……」
「あるんかい!」
何げなく振った私のひとことにムーちゃんがあっさり返すと、絶妙のタイミングで火野さんがツッコミを入れた。……このツッコミ職人が。
「うん……。もう……すぐそこ……」
ムーちゃんが暗~い感じの声を出したのと同じタイミングで二の丸庭園を抜け、私たちは内堀と二の丸庭園に挟まれた静かな通りに出た。堀の向こうには本丸の石垣がそびえていて、その石垣に向かって内堀に架かる橋の先には、ライトアップされた門が黒い口を開けている。
「あれ? この時間って、本丸の門は閉まってるはずじゃ――」
疑問を口にし終わる前に、私は妙な気配を感じて横を見た。
そりゃ気配がしたのも当然だろう。私たちが出てきた二の丸庭園の門から、でっかい顔やら鬼っぽいのやら何やら、異形の集団が続々と出てきていたのだ。
「ぎゃあああ! ……あれ? 待てよ……」
反射的に悲鳴を上げたものの、私は思い出した。――たしか、思い思いの妖怪コスプレした人たちが練り歩く百鬼夜行が、数年前から京都で話題になっていたよね……。私も動画で見たことあるけど、こんな感じですっごいリアルだったよ。
「ははーん、わかった。このイベントの主催者が、妖怪パレードやってる人たちとコラボしたんだね。びっくりして損しちゃったよ」
妖怪たちは皆、思い思いに踊りながら内堀に架かる橋を渡り、次々と本丸の門の向こうへと消えていく。その楽しそうな踊りを見ているうちに、私の中に眠るラテンの血が騒ぎ出してきた……いや、うちは代々日本人なんだけどね。
すると、ワクワク顔で妖怪パレードを眺めていた私が目に留まったのか、猫又コスをしたレイヤーさんがニコニコしながら手招きしてくれた。――ギャラリーの飛び入り参加ありか、楽しそうだな。
「もう、しょうがないな~ネコ太君は。きっと、この私の輝きを求めているんだね……」
などと、すっかりその気になった私が、一歩踏み出そうとした、その瞬間――。
「だめ!」
「花ちゃん!」
――誰かが私の右手を強く握り、真綾ちゃんの大きな背中が目の前にズイッと割り込んできた。……なんで?
何が起こっているのかわからない私が混乱していると、私の左手を冷たい手で握ってきたムーちゃんが、その血色の悪い唇を開いた。
「花ちゃん、絶対に行ってはだめ……。その昔、二条大路と大宮大路が交わる四つ辻では、魑魅魍魎の行列が頻繁に目撃されて……人が襲われることもあったの……。都の人はその辻を〈あわわの辻〉……と呼んで怖れたのだけれど……。それがちょうど、今の二条城本丸の東に架かる橋……つまり……その橋の辺り……」
それを聞いた瞬間、何日も冷蔵庫に入れてあった麦茶をぶっかけられたように、私の背すじがゾゾゾと凍った。……ほんの一滴だけ、チビッたかもしれないよ……。
「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ」
「かたしはや、えかせせくりに、くめるさけ、てえひあしえひ、われえひにけり」
別の意味でもヒヤリとしている私の左右から、同時に呪文のようなものを唱える声がした。――私、これ知ってる、百鬼夜行の害を避けるための呪文だ。さすがはムーちゃんだよ、こんなに長いのよく暗記してたね。
「もう大丈夫」
そう言って緊張を解いた真綾ちゃんが私の前から移動すると、あの百鬼夜行は跡形もなく消え、開いていた本丸の門も固く閉じられていた……。え? じゃあアレ、やっぱり本物だったってこと?
よく見ると火野さんも、その辺で拾ったらしい木の枝を真綾ちゃんのとなりでビシッと中段に構えていた。……そうか、私、みんなに助けてもらったんだ……。
「ありがとう、みんな~。あなたもありがとね…………ん?」
泣きながらみんなにお礼を言った私は、最初に右手を握って引き止めてくれた子の顔を見て――凍った。
私の右手を華奢な手でしっかり握ってくれていたのは、身長が私の肩よりちょっと高いくらいの、巫女さんみたいな装束を着た女の子だったんだよ。しかも、伏見稲荷大社の帰りにバスの中で私が見た体育座りの子、その人だったんだよね、これが……。
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