第24話 とある眷属と吸血鬼の会話

「天崎さん!」


 涙混じりの声で叫ぶも、アランの心までは届いていないようだった。こちらを一瞥しただけで、すぐに背を向けてしまう。


 リベリアは必死でもがく。だが両手に打ち付けられている杭が外れる様子はない。


 この杭は、先日アランに倒された吸血鬼ハンターが所持していた物だ。どうやら吸血鬼を拘束するためだけに特化した特殊な杭らしく、貫かれているリベリアが自力で外すことはできそうになかった。


「ミシェルさん、この杭を抜いてください! じゃないと天崎さんが殺されてしまいます!」


「なりません」


「何でですか!?」


「アラン様から命を受けたからです」


 冷え切った声で、ミシェルは当然のように言い放った。


 歯を食いしばったリベリアが再び身をよじるも……やはりビクともしない。最終的には腕を切断する選択肢も視野に入れたが、両腕を縛られている状態ではそれも叶いそうになかった。


 やがて諦めたのか、大人しくなったリベリアがぐったりと項垂れる。


 そして今にも泣き出しそうな声で小さく呟いた。


「ミシェルさん。ミシェルさんは、兄さんが私に喰われてもいいと言うのですか?」


「…………」


「兄さんが死ねば、眷属である貴女も生きてはいられないんですよ?」


「…………」


「ミシェルさん。貴女は……兄さんを愛してはいないんですか?」


「愛しているに決まっているでしょう!」


 突然の大声に、問いかけていたリベリアも素で驚いてしまった。


 絶句したまま顔を上げると、珍しく感情を露わにしているミシェルが目に入った。まるで忌々しい相手を前にしているかのような目つきで、リベリアを睨みつけている。ミシェルと城で暮らすようになって以来、こんなことは……初めてだ。


 ただミシェルとしても、突発的に声を上げたことは不本意だったらしい。自分が何をしているのかハッと気づき、バツが悪そうに下を向いた。


「私は……アラン様を愛しております。ずっと側でお仕えしたいと思っております。ですが……これは仕方のないこと。成人の儀はホームハルト家に代々伝わる重要な儀式。伝統を蔑ろにすることは、アラン様を裏切るのと同義。ならば眷属として主人の意志を汲むのみ。アラン様の眷属となり、この話をお聞きした時から……覚悟はしていました」


「…………」


 ギュッと目を瞑るミシェル。対するリベリアは驚きのあまり言葉を失っていた。


 普段から感情を表に出さない女性だったので、まったく気づかなかった。ミシェルにもまた葛藤があったのだ!


 アランに死んでほしくない。しかし主人の願いを叶えるのも眷属の務め。


 リベリア同様、ミシェルもまた成人の儀で苦悩している一人だった。


「……ミシェルさんの気持ちは分りました。お互い、儀式についていろいろ言いたいことはあるでしょう。ですが、やっぱり杭は外してください。天崎さんは私が巻き込んだだけの一般人に過ぎません。ホームハルト家の事情とは無関係なんです!」


「リベリア様は……」


 ふと、ミシェルが口を開いた。


「リベリア様は、どうしてあの少年の肩を持つのですか? ほんの数日前に出会ったばかりなのでしょう? 多少の交流があろうと、人間の一人や二人が犠牲になったところでリベリア様が心を痛めるとは思えません。やはり完全な存在とやらになるための材料だからですか?」


「……いえ、違います」


 少しだけ返答に詰まったのは、最初はそのつもりだったからだ。


 けど今は違うと、はっきり言い張ることができる。


「確かに数日お世話になっただけですが、その短い期間でも十分に知ることができました。おののき荘の人たちは、みんな優しくて温かい。突然やってきた私を追い出すことも、深く理由を訊いてくることもなく、まるで家族のように受け入れてくれた。天崎さんに限らず、あのアパートの人たちの誰が死ぬことになっても私は嫌です」


「家族、ですか。なるほど、情が移ったというわけですね?」


「ミシェルさんなら、私の気持ちが分かるんじゃないですか?」


「…………」


 どういう意図で問いかけられたのか分からず、ミシェルは眉を寄せた。


 一宿一飯の恩があり、なおかつ自分のせいで殺されそうになっているのなら助けたいと思うのが道理。別にミシェルじゃなくても共感くらいはできるだろう。


 だがリベリアはミシェルの内心を見透かしたように首を横に振った。


「ミシェルさん。貴女、少し勘違いしているみたいです」


「勘違い、ですか?」


「たぶん、とても合理的に考えてると思うんです。でも違うんですよ。私はミシェルさんの人間としての側面に問いかけているんです」


 ああ、そういうことか。と、ミシェルは納得した。


 ミシェルは元人間だ。今の肉体は完全な吸血鬼であれど、記憶や考え方は当時のものが残っている。リベリアはそこに向けて語りかけているのだ。


 改めて、考えてみる。


 …………。


 ふと、気づいた。この問答は、成人の儀にも繋がっていることに。


 アランに殺されそうになっている天崎を助けようと、リベリアは必死になっている。


 では成人の儀によってリベリアに喰われそうになっているアランを目の当りにしたら、果たして自分はどうするのだろうか。


 吸血鬼としての自分は儀式を静観せよと囁く。


 人間としての自分はアランを助けよと訴える。


 理性と感情、どちらを優先したいのかと問われれば……。


 そう考えると、不意に笑ってしまった。元人間の自分が、まさか純粋な吸血鬼に人間としての矜持を諭されるとは思っていなかったからだ。


「リベリア様」


「……はい」


「おかげで目が覚めました」


 リベリアの正面へと回ったミシェルが杭を引き抜いた。


 あまりに唐突な行動に、それを望んでいたリベリアすらも面を食らってしまう。


「命令に背いた私はお咎めを食らうでしょう。最悪、殺されるかもしれません。ですが構いません。私は私の一番大切なものを守り抜きます。たとえ殺されようとも……」


 夜空を見上げるミシェルの頬に涙が伝った。


 吸血鬼のミシェルが人間として流した涙だ。


「私の愛したあの方が死ぬより何倍もマシです」


 ミシェルの覚悟を耳にしたリベリアは、力強く頷いた。


 ならば後は自分が動くだけだ。


「ありがとうございます、ミシェルさん。ですが、お咎めなんてさせませんよぉ。私が兄さんを喰らいたくないように、兄さんに愛する人を殺させたりはしません」


 頭を下げたリベリアは、韋駄天の如きスピードで天崎の元へと飛んでいった。

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