第15話 リベリアの真実1
「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁ!!!」
野次馬たちが騒ぎ立てる中、空美はひと際大きな叫び声を上げた。
周りから奇異な視線を向けられるが、そんなものはいちいち気にしてはいられない。早朝、仕事から帰ったら自分の住処が瓦礫と化していたのだ。そりゃ誰だってビックリするだろう。
警察や消防が取り囲むおののき荘の残骸を眺めたまま放心していると、ふと横から服を引っ張られた。
「やあ、空美ちゃん。今お帰りかい?」
「ばっちゃん!」
空美の隣にいたのは背の低い老婆だった。
顔に刻まれた何本もの皺と、曲がった腰を杖で支えている姿は、相当の年齢を重ねているように見える。しかしたおやかな仕草や表情から窺える強かさには、まだまだ先が長いと感じさせる生気が残っていた。
彼女こそが、天崎たちが暮らすおののき荘の大家である。もう消滅してしまったが。
「どうなってるんだよ、これ! 帰ってきたら家が瓦礫になってるって、マジでビビるぜ。ガス爆発でもあったのか?」
「いんや、もっと複雑怪奇な事情だよ。なんでも、メイドの吸血鬼が襲来したんだってさ」
「メイドの吸血鬼?」
ってことはリベリア関連か。と、空美は当たりを付けた。
ただ、ほとんど部外者である空美が内情を察するのは不可能に近い。何らかの理由でリベリアの元にメイドが訪れ、なんやかんやあっておののき荘が崩壊した。まあ吸血鬼ほどの力があれば、あのボロアパートを一夜で瓦礫に変えるのは訳ないだろう。
空美が一人で考えたところで答えは出ない。なら、心配すべきことはただ一つだ。
「怪我人とかはいねえのか?」
「一応、みんな無事さね。今夜こういう事態になるって占いに出てたから、事前に避難させておいたのさ。あぁ、空美ちゃんの荷物も勝手に移させてもらったよ。悪いね」
「別に荷物なんてどうでもいいよ。で、みんなはどこだ? 事情聴取されてるとか?」
「あそこだよ」
そう言って大家が示したのは、数十メートルほど離れた新築のアパートだった。
少し説明不足のためか、理解が及ばず空美は首を捻る。
「なんだ、あれ。みんな揃って一旦別の所へ移ったってことか?」
「いんや、あれもあたしゃのアパートだよ。占いは数ヶ月前から出てたから、予備で新しいのを建ててたんさ。先日完成したばかりの新築ホヤホヤだよ」
「……ばっちゃんの占いって、もう予知の領域だよな」
しかも保険が下りる前に新しいアパートを建てるなど、その財力と実行力にも舌を巻かざるを得ない。
「ってか事前に分かってたんなら、防ぐ手立てとかはなかったのかよ」
「あったかもね。でも、こっちのおののき荘が壊されるのは必要なことだったのさ」
「…………?」
大家の言葉を何度か咀嚼してみたが、ついぞ空美には意味を捉えられなかった。
壊されるのが必要だった? ちょうど建て替え時だったってことか? 事故に見立てれば保険金が入るから? いや、この老婆に限って金銭的な問題はないと思う。そもそも代わりのアパートを先に建てておくってのも変な話だし……。
問いただしたいのは山々だったが、今は時間的な余裕がないようだった。
「あたしゃまだ警察と話すことがあるから、空美ちゃん、先にあっち行って様子見てきなよ。……ああ、そうそう。みんな大丈夫だとは言ったけど、円ちゃんは少し衰弱しているようだから、よかったら顔を出してやりな」
「円が?」
疑問に思いながらも、空美は大家から鍵を受け取った。
吸血鬼のメイドということは、天崎とリベリアが関わっているのは間違いないはず。なら同じ部屋にいた円が巻き込まれたことも理解はできる。
しかし大家がくれた情報は円の安否のみ。事件の渦中にいたはずの天崎とリベリアは、どうして無事なのか。また襲撃してきたメイドの吸血鬼とやらはどうなったのか。疑問は募るばかりだ。
「それは当事者に聞きな。ささ、行った行った」
「お、おう……」
お互いの外見は老い先短い老婆と二十代半ばの若い女性であるが、実年齢は大家よりも空美の方が二倍近く生きていたりする。にもかかわらず相手の心を読めるほどに熟した精神には、サキュバスである空美も面を食らってしまった。
大家と別れると、空美は早速新築のアパートへと足を向けた。
わざわざ新しく建てたというのに、その外観は前おののき荘とまったく同じだった。部屋の数も階段の位置も向いている方角さえも。あえて異なるところを挙げると、素材が新しくなっている点と、敷地面積が少し広くなっていることだろう。このアパートの構造には、何か思い入れでもあるのだろうか?
階段を上って二階へ。大家は何も言ってなかったので、たぶん部屋割りも前と同じだ。
空美は自分の部屋を覗く前に、その手前……天崎の部屋を訪れた。
鍵は掛かっていない。
「おう、お前ら大丈夫か?」
勝手知ったる他人の家とばかりに、空美は堂々と天崎に部屋へ足を踏み入れた。
まったく変わり映えのしない六畳一間。新品同様の畳の上では布団に入った円が横になっており、その傍らで額に包帯を巻いた天崎が胡坐をかいている。リベリアはというと……部屋の隅で膝を抱えて俯いていた。
まるで通夜のような雰囲気に気圧されながらも、リベリアを一瞥した空美は、天崎へと問いかけた。
「円の容体は?」
「大丈夫みたいですよ。外傷はないですし、寝込んでるのも俺を助けるために無理に能力を使ったからだって、ばっちゃんが言ってました。あと、座敷童は固定された空間に幸福をもたらす神だから、自分の縄張りが崩壊して精神的に参ってるだけ、とも。安静にしていれば、そのうち良くなるそうです」
おののき荘が倒壊する中、天崎が軽症で済んだ理由は円にあった。
座敷童の円は、限定された固定空間内で他人を幸福にする能力を持つ。しかしおののき荘の屋根を剥ぎ取られた時点で、すでに空間として機能していなかった。故に円は天崎を助けるため相当な無理をしてしまったのだろう。
ただ、その説明を聞いた空美は目を丸くしてしまった。天崎があまりにも早口に捲し立てるので、少し面を食らったのだ。
しかし驚いたのも一瞬。すぐに顔を引き締めた空美は、神妙な声音で再び訊ねた。
「で、何があった?」
有無を言わせない脅迫じみた口調だったが、天崎とて口を噤むつもりはない。
昨夜、何の前触れもなくリベリアの兄の眷属と名乗る吸血鬼が襲来したこと。彼女を怒らせてしまったがために、おののき荘が倒壊したこと。両腕の骨を折るダメージを与えたが、最後の最後で逃がしてしまったこと。
天崎は相変わらず早口だったが、空美は余計な横槍を入れず、最後までしっかりと耳を傾けていた。
ただ天崎の説明には圧倒的に足りないものがあった。
彼が話したのは事実関係のみ。経緯は事細かに把握できたものの、そうなった事情については一切触れていない。本人から話を聞いていないのは明白だ。
天崎の話を聞き終えた空美は、続いてリベリアの方へと向き直った。
しかしリベリアは、空美が口を開く前に膝をついて頭を下げる。外国人とは思えない、見事な土下座だった。
「……空美さん。おののき荘が無くなってしまったのも、円さんが病床に伏せたのも、すべて私の責任です。本当に……申し訳ありません」
リベリアの謝罪はどんな事態を招くのか。
答えは激昂だった。
「バカヤロウッ!」
怒気を帯びた空美の叱咤が轟いた。
深々と頭を下げるリベリアの胸倉を掴み上げ、無理やり正面を向かせたところを鬼の形相で睨みつける。
「確かにお前が招いたことなのかもしれねえ。けど、誰かがお前を責めたか? 怨み事を口にしたか? 言ってねえだろ? あたしも東四郎も円も一番大きな被害を受けたばっちゃんだって、まったく気にしてないはずだ。なのに一人で勝手に罪悪感感じて仰々しく頭を下げるなバカタレが!」
「でも……」
「でももクソもあるか! そもそも吸血鬼を泊めてる以上、こうなることくらい予想の範囲内だっつーの。なんだったら積極的にお前を追い出そうとしなかったあたしらにも責任はあるからな? それに事情はよく知らねえが、渦中にいるお前が一番辛いんだろ。謝るんなら、まずは自分が背負ってる荷物を降ろしてからにしな!」
「…………」
空美の言ってることはもっともだった。
事情の知れない吸血鬼を側に置く危険性など誰もが知っているだろうし、おののき荘の住人から出て行けと言われた覚えもない。けど、だからといって自分を許してもいい免罪符になるとは思えず、リベリアは空美から目を逸らしてしまった。
「ま、なんにせよだ」
怖いくらいに急に優しい声になった空美が手を放す。
そしてリベリアの身体をゆっくり抱き寄せた。
「ホント、無事でよかったよ」
「…………はい」
何も解決していないが、今は頭を空っぽにしてこの温かさに身を預けていたかった。
やがて抱擁を解いた空美は立ち上がり、再び天崎の方へと向いた。
「東四郎。お前もちょっと一人で抱え込みすぎだと思うぞ。あたしもできる範囲で力になるから、いつでも相談しろよな」
「……ありがとうございます」
「んじゃ」
そう言って円の頭を撫でた空美は、早々に退室していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます