第8話 吸血鬼とショッピング1

 命を狙う同居人ができてから、すでに数日が経過した。


 とはいっても、天崎にとってはただ穀潰しが増えただけで、生活に大きな変化が出たわけでもなかった。元々円という居候がいたのだし、何より天崎とリベリアの活動時間がまったくの正反対というのも原因かもしれない。


 朝は天崎が起床する時刻に、リベリアは寝る準備をしていることが多い。軽く挨拶を交わしてから、入れ替わりで眠ってしまう日がほとんどだった。


 日中は学校。今のところリベリアが乱入してくるような特殊イベントはない。


 夜。リベリアが日没とともに目を覚ますことで、ようやく普通に会話できるようになる。ただそれもわずかな時間であり、夕食を食べ終えてすぐ、彼女はどこかへ出かけてしまうのだ。


 座敷童のような引き籠りではないため、外出すること自体は別に不思議ではない。しかし相手は吸血鬼。人を喰う怪物。最悪な事態に陥らないよう、できるだけリベリアの腹を空かせないようにはしているが……その想像はなるべくしないようにしておいた。


 そんな非日常に満たない日常が続いていたある日、ちょっとした出来事があった。


 天崎が学校から帰宅すると、リベリアがすでに目を覚ましていたのだ。


 時刻は夕方四時半。日は傾いているが、日没までまだ時間はある。


 部屋の隅でお昼寝中の円に起こされたわけでもなさそうだし、落ちかけた瞼は未だ完全に覚醒しきっていないよう。起床時間を待たず、無理やり起きたのが見て取れる。


 カバンを下ろしながら、天崎は不思議そうに問いかけた。


「珍しいな、こんな時間に起きてるなんて」


「ええ。天崎さんにお願いがございまして、お待ちしておりました」


「お願い?」


 目の前に女の子がいるというのに、恥じらいもなく堂々と着替え始める天崎。人間以外には欲情しないと言った言葉通り、どれだけ見た目麗しい少女であっても、彼にとって吸血鬼や座敷童はペットのようなものなのだ。


「はい。実は服を買ってほしいのです」


「服?」


 そう言われて、リベリアの身なりに視線を移す。じっくり観察せずとも、彼女が服が欲しいと願い出たくなる理由に納得がいった。


 リベリアは、出会った時から変わらないズタボロのドレスを着たままだった。


 翼を露出させるために大きく開いた背中はともかく、本来は布が覆っているはずの部分からも彼女の肌が覗いている。またスカートは無残なスリットになっており、下のドロワーズが丸見えになっていた。


 新品ならそれなりに見栄えするであろう純白のドレスが、どうしてこんな襤褸切れへと変わってしまったのか。その理由を、天崎は未だ問いただしてはいない。しかし、ずっとそのままなのは確かに可哀想だった。


 とはいえ、リベリアの服に関して天崎が話題に出せなかった理由がある。


 それは……。


「金がねえ」


 普通に金欠だった。


 ただでさえ食費がかさんでいるというのに、これ以上の出費は痛すぎる。バイトもせず親からの仕送りに頼っている高校生の身としては、服を買ってやろうかなんて口が裂けても言えなかった。


「お金のことなら大丈夫です」


「どこがどう大丈夫なんだ?」


「じゃーん」


 得意げに懐から取り出したのは、三人の諭吉さんだった。


「ちょ、おまっ、どこでそんな金を!? はっ、まさか夜な夜な外出していたのは……」


「失礼な。いくらお金に困っていても、追い剥ぎ目的で人間を殺したりはしません。というより、捕食以外で人間を襲うのは、我が吸血鬼界ではとても卑しい行為なのです」


「いや、もしかしたらバイトでもしてるんじゃないかと思っただけなんだが……」


 しかもコイツ、さらっと大変なことを宣いやがった。マジで人間を喰ってるんだろうか……近くで殺人事件が起きていないか、後で確認しておこう……。


「これはお隣のサキュバスさんから頂きました。天崎さんに服でも買ってもらえって」


「空美さんが?」


 純粋に驚いた。


 重度の守銭奴というわけではないが、だからといって顔を知っているだけの他人に三万も渡すほど羽振りがいい人でもない。まあ「顔の良い女が汚い服を着てるのは気に食わねえ」とかは言いそうだが……やっぱりお水の仕事ってだけあって、相当貢がれたりしてるんだろうか。


「じゃあ遠慮なく買ってこればいいじゃないか。別に俺に断り入れなくても」


「にぶちんですね貴方は。この私が日本で普通に買い物ができるとでも?」


「あー……確かに」


 胸を張って誇ることでもないのだが。


 買い物ができるかどうか以前に、リベリアの姿は異様に目立つ。初日に追われたような飛行能力でも披露したものなら、明日の朝刊は『謎の飛行物体の襲来か!』というオカルトな見出しで一面を飾るかもしれない。あれは多くの人が寝静まっていた深夜だったからこそ、誰にも目撃されずに済んだだけだ。


「分かったよ。近くのデパートに連れてってやる。陽が落ちるまで待ってろ」


「いえ、私としては今から出発しても問題ありません」


「大丈夫なのか?」


 日中よりも陰の面積が多くなっているとはいえ、まだまだ日差しは強い。太陽が完全に隠れるまで、少なくとも一時間近くは必要だ。


「もう夕方ですからね。日傘を差して直接日光に当たらなければ大丈夫です。あ、あとお持ちならばサングラスもお借りしたいです」


「ふーん」


 むしろ、呆気なく気化してくれた方が今後の展開的には楽だったのだが。


 どのみち天崎も近くのスーパーに行こうと思っていたところだ。買い物のついでだし、ちょっとの遠出くらい苦ではない。


「んじゃ、今すぐ着替えて準備するわ」


「はーい」


 特に嫌な顔もせず、リベリアのお願いに付き添う天崎だったのだが……。


 この時、彼はまだ気づいていなかった。というか想像力が欠如していた。リベリアと一緒に買い物へ行くことの難易度が、どれだけ高いのかを。

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