おかえりバナナ

@chased_dogs

おかえりバナナ

 ある日、空にバナナが浮かんでいました。

 いつから浮かんでいたのでしょう? 分かりません。

 どうして浮かんでいるのでしょう? それも分かりません。

 でも、確かに浮かんでいたのです。まるで当たり前のように、クルクルと回りながら、浮いていたのです。


 黄色く艶のある肌に、太陽の光を一身に浴びて、バナナは回転します。雲ひとつない青空にぽっかりと黄色い穴を空けるように、バナナはゆっくり上へ上へと昇って行きました。それっきり、バナナはすっかり消えたようでした。

 地上の人の幾人かが、それを見ました。空に浮かぶ鳥や蜘蛛や羽虫も、それを見たでしょう。けれど、日が暮れてまた朝になる頃には、皆すっかり忘れてしまいました。


 バナナが空に昇って幾年か経ったある日、空が段々と黄色くなりました。地上の人は皆、空を見上げていました。はじめ、誰もが夕暮れかと思いました。しかし太陽が正午の位置にあるのを見ると、どうも違うと思い始めました。


 人々が空をじっと観察していると、空の黄色は色を増し、段々と濃淡のゆらぎのようなものが見えるようになりました。ゆらぎはやがて大きくなっていき、靄のようなものからカリフラワーのようなものに変化したかと思うと、次の瞬間には辺り一面にバナナが降り注ぎ始めました。


 バナナにぶつかる人、バナナを拾う人、バナナを食べる人。色々な人が生まれました。でも後には皆、バナナに降られてしまいました。

 バナナは道行く人にだけぶつかるのではありません。犬に当たり、猫に当たり、小鳥に当たりました。家々の屋根という屋根に当たりました。川はバナナで溢れ、山の木々は黄色く染まり、海にもまたバナナが降り注ぎました。

 人々は思ったことでしょう。『バナナはどこから来たんだろう?』と。

 しかし誰にも分かりませんでした。地上には、空へ昇ったバナナを憶えていた人はいなかったのですから。答えは空にあったのです。


 あの日、空へ昇ったバナナは、どんどん昇っていき、そのまま反対側の空へ落ちて行きました。空から落ちてきたバナナを、反対側の地上の人は大事に育てました。そして、バナナとバナナを運んだ空への感謝のために、人々はバナナを空へ帰していったのでした。

 空のバナナは年月をかけてバナナ溜まりになり、やがてもとの空へと落ちていったのでした。


 おかえり、バナナ。

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