第14話

俺は再び佐々木の家へと向かった。今度はインターホンを鳴らした。しばらくして、ゆっくりとドアが開かれた。現れたのは佐々木本人だった。

「何してるの?」佐々木は不機嫌そうな顔で言った。

「お前こそ、ここで何をしているんだ?」

「ちょっと野暮用があってね」そう言いながら、佐々木は家の中に入った。

俺はその後を追った。佐々木はリビングを通り過ぎ、自分の部屋に戻ろうとしたところで立ち止まった。俺もそれに倣う。

「それで、わざわざこんなところにまで来てどうしたの?」

「それはこっちのセリフだよ。どうして急に連絡をしてきたりしたんだよ」

「別に理由なんてないけど」

「本当かよ」

俺が疑っていると、佐々木はため息を吐いた後、「嘘」と言った。

「本当はお母さんから頼まれたんでしょ」

「ああ」俺は素直に認めた。

「まったく、余計なことしてくれるよね」

「でも、そうしないと見つからなかっただろ」

俺の言葉を聞いた佐々木の顔つきが変わった。

「見つかった? 私がどこにいるのか分かったっていうの?」

「ああ」

「どうして?」

「佐々木のSNSアカウントに住所が書かれていたから」

「えっ……」佐々木は驚いた表情を浮かべた。

「どうしてそれを知ってるの?」

「佐々木の母親が教えてくれた」

「あの人、勝手に喋ったわけね」

「違う。俺から聞いたんだ」

「ふーん」佐々木はつまらなそうな顔をした後、少しだけ微笑んで見せた。

「ねぇ、一つ聞いていい?」佐々木は改まった様子で言った。

「なんだ?」俺は首を傾げる。

「どうして私のことを信じてくれるの?」

「それはどういう意味だ?」

「だから、私って怪しいでしょ?」

「確かに、最初は怪しかったな」

「なら、なんで?」

「それは……」俺は言葉を探すように視線を泳がせた。そして、佐々木の目を見ながら答える。

「佐々木のことが好きだったからだ」

「好きだった? 過去形?」佐々木は眉間にシワを寄せた。

「ああ、今は好きだと思っていない」

「そう」佐々木の声のトーンが落ちていく。

「じゃあ、嫌いになったの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「はっきりしてくれないかな?」佐々木は苛立っているようだった。

「えっと、つまりだな……俺は今、佐々木のことをよく知らない状態になっているというか、思い出せないんだ」

「何言ってるの?」

「いや、本当に分からないんだよ。佐々木と初めて会った時、どんな話をしたとか、一緒に遊んでいた時のこととか、全部思い出せないんだ」

「ふざけてるの?」佐々木が怒り始めた。

「ふざけてなんかいない。本当なんだ。信じてくれ」

俺は必死に訴えかける。すると、佐々木は笑みを見せた。

「そっか、ようやく気付いたんだね」

「何の話をしている?」

「私はあなたの恋人だって話」

「恋人? 何言ってるんだ?」俺は混乱していた。

「その反応だと、やっぱり記憶を失っているみたいね」佐々木は落胆するように肩を落とした。

「記憶喪失?」俺は自分の頭を押さえながら呟く。

「そうだよ。私があなたの彼女だった。覚えてない?」

「悪い、全く思い出せない」俺は正直に答えた。

「そう、仕方がないわ。あれだけのことがあったんだもん」

「あれだけのこと?」

「うん。でも、安心して。これからは私がずっと側にいてあげるから。絶対に忘れさせたりしない。他の女に目移りしないようにしてみせるから」そう言うと佐々木は俺に抱きついてきた。

俺はそれを受け止めながら、「佐々木は何を知っているんだ?」と尋ねた。しかし、彼女は何も言わなかった。

ただ黙って俺を抱きしめ続けるだけだった。

俺達は電車に乗って隣町へ向かった。

「今日はどこに行くつもりなんだ?」俺は窓の外を見つめながら尋ねる。

「まずは水族館に行って、それから映画を見て、最後にショッピングをするつもりだったけど、何か予定でもあった?」

「いや、特にないけど」俺は苦笑いしながら言った。

「なら良かった」佐々木は満足げに微笑む。

俺達の会話が終わったタイミングで電車は次の駅に到着した。扉が開くと同時に多くの人が乗り込んできた。車内は一気に混み合い始める。

「うっ……」俺は思わず声を上げる。

「大丈夫? 人が多くなってきたから気をつけてね」佐々木が心配そうに声をかけてくる。

「ああ、ありがとう」俺は礼を言うと、彼女の手を握った。そして、混雑する車両の中で人の波に流されないように踏ん張った。

しばらく耐えていると、ようやく次の駅で人が降りていった。それでもまだ満員には変わりなかったが、多少楽になる。俺はホッとして息を吐いた。

「凄い人だったな」俺は改めて思ったことを口にした。

「本当ね。いつもはこんなんじゃないんだけど」佐々木も疲れたような表情を浮かべていた。

「まぁ、みんな休日を満喫しているってことだろ」

「そうかもしれないけど、ちょっと度が過ぎてると思う」

「確かに」俺は佐々木の言葉に同意した。俺達がそんなことを話し合っているうちに、電車は目的地である隣の市へと到着した。

駅から出ると、目の前に大きな建物が現れた。どうやら商業施設らしい。

「ここだよな」俺が確認を取るように聞くと、佐々木は「うん」と答えた。

「早速中に入ってみるか」俺が歩き出すと、佐々木が服の袖を引っ張ってきた。

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