第12話

「あの、すみません。佐々木さんっていますか?」

「え?さっちゃんのこと?」

「はい」

「ちょっと待っていてね」

女性は俺を置いてどこかへ行ってしまった。しばらくして戻ってきた時には手に一枚の写真を持っていた。それを俺に見せながら言った。

「この子だよ」

写真には小学校低学年くらいの時の佐々木の姿があった。髪を後ろで結んで、今とは少し違うが、笑顔を浮かべていた。

「これが、どうかしましたか?」

「最近うちによく遊びに来るようになったのよ。それで仲良くなって、今一緒に住んでいるの」

「そうですか……」

別に不思議なことではなかった。佐々木は人懐っこいし、子供とも仲が良い。それに一人暮らしをしていると言っていたのだから、母親と一緒に住むというのも当然の流れと言えるだろう。

「あの、佐々木さんはいつ頃帰ってきますかね?」

「今日は遅くなるみたい」

「そうなんですね」俺はそう答えるしかなかった。

「そうだわ。あなた、さっちゃんのお友達なんでしょう?」

「まあ、一応そういうことになりますかね」

「だったら良かった。実はね、あの子ったら私のことをママって呼ぶものだから、つい私もそう呼んじゃうのよ」

「はぁ」

「でも、やっぱり他人なんだから、ちゃんとした呼び方をしないといけないと思ってたの」

「はぁ……」俺は相槌を打つだけだった。何を言っているのか理解できなかったし、したくもなかった。だが、そんな俺の様子など気にせず、彼女は話し続けた。

「でも、今日あなたが来た時に『おばさん』って呼ばれて、その時はショックだったけど、今はもう大丈夫よ」

「はあ……」俺は適当な返事を繰り返した。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は佐々木佳代っていうの。よろしくね」

「俺は橘拓海です。こちらこそよろしくお願いします」

俺はお辞儀をした。だが、頭を下げたままの状態で固まってしまった。今、なんて言われた?「佐々木佳代」と言ったか?佐々木は名前まで同じだったのか。偶然にしても出来すぎている気がする。俺は恐る恐る顔を上げた。目の前にいる女性もじっと俺のことを見つめていた。

「どうしたの?」

「いえ……なんでもありません……。ところで、一つ聞きたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

「なにかしら?」

「佐々木さんのお父さんの名前を教えてもらえないでしょうか」

「えっと、たしか、佐々木一郎だったと思うけど……」

その名前を聞いた瞬間に、全身の血が引いていくような感覚が襲ってきた。それは佐々木の父親と同じものだった。

「あの……失礼かもしれませんが、その方ってまだご存命ですか?」

「え?どうだったかな。私が子供のころに病気で亡くなったらしいんだけど、詳しいことは聞いていないの」

「そうですか……」俺は自分の手を見た。震えている。なぜこんなに手が震えるのだろうか。

「どうしたの?体調が悪いなら横になった方がいいんじゃないかしら?」

「いえ、大丈夫です」俺は首を振った。

「そう?」女性は心配そうな表情を浮かべていたが、それ以上は何も言わなかった。

「あの、もう一つだけ質問してもいいですか?」

「ええ、もちろんよ」

「佐々木さんって、普段どんな服を着ていますか?服装とか髪型とか、何でもいいんですが」

「さっちゃんが着ているのはTシャツとジーンズが多いわ。髪は短いから、女の子なのにボーイッシュよね」

「他には何かありますか?例えば、持ち物だとか」

「そうねぇ……」女性はしばらく考え込んだ後で言った。

「確か、いつも赤いボールペンを持っていたはずよ。お気に入りなのか知らないけど、大事そうに持ち歩いていたから覚えてるわ」

「赤いボールペン……」俺は呟いていた。やはり間違いない。この人は佐々木の母親だ。そして、佐々木の父親である佐々木一郎もまた、父親ではないのだ。

「どうかしたの?」

「いえ、ありがとうございます」俺は深々とお辞儀をしてから、逃げるようにその場を去った。

家に帰ると、すでに日は暮れており、佐々木の姿はなかった。俺はリビングのソファに座って、テレビをつけた。ニュースをやっていたが、あまり興味を引くものではなかったので、すぐに消してしまった。そのままぼんやりとしているうちに、佐々木は帰ってきた。

「ただいま」佐々木は俺の姿を見つけるなり、駆け寄ってきて言った。

「おかえり」俺は答えた。佐々木はそのまま俺の隣に座ると、大きく息を吐いて言った。

「疲れちゃった」

「何があったんだ?」

「うん、実はね――」

佐々木の話をまとめると、次のようになる。佐々木が外出している間に、母親が訪ねてきたのだという。そして、一緒に夕食を食べないかと言われたのだが、佐々木はそれを断った。母親も無理強いするつもりはなく、すぐに帰って行ったそうだ。その後、佐々木は一人で買い物に出かけた。買ったものは冷蔵庫に入れていたので、特に問題はないはずだった。だが、帰宅すると母親はおらず、テーブルの上には一枚の手紙が置かれていた。そこには「さっちゃんへ」という文字があり、佐々木宛に書かれたものだと分かった。手紙の内容は、「私はもうここにはいられないから、出て行くことにしました」というものだった。

「それで、お母さんはどこに行っちゃったのかな?」

「分からない。部屋中探しても見つからなかったし、荷物も残っていなかった」

「そうなの……」

俺は考えていた。おそらく、母親は何らかの方法で佐々木に成りすまし、家に戻ってきた。そして、母親になりきっていたのだ。だが、どうしてそんなことをしたのかは分からなかった。俺には想像すらできなかった。

「これからどうしよう……」佐々木は弱々しく呟いた。

「警察に届けた方がいいかもしれないな」

「そうだね……」佐々木は力なくうなずいた。

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