第11話

翌朝、いつものように佐々木が朝食を用意してくれた。俺は黙ってそれを食べた。昨日のことが嘘だったかのように、朝から快晴だった。

「今日はどうするの?どこか行くの?」佐々木が訊いてきたので、「そうだなあ……」俺は考え込んだ。特に行きたい場所もなかったが、このまま家にいるのもつまらないので、出かけることにした。

「ちょっと出かけてくるわ」そう言うと、佐々木は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って言った。「いってらっしゃい」

電車に乗って、とりあえず都心の方まで出てきた。何か目的があったわけではなく、ただなんとなく外に出たかったのだ。駅を出ると、ちょうど正午くらいだったので昼食を取ることにした。適当な店に入って食事を済ませると、ぶらりと街中を歩いた。特に買う物はなかったが、たまにはこういうのもいいだろうと思いながら歩き回った。

夕方になると、再び家に帰ってきた。しかし誰もいなかった。まだ帰ってきていないらしい。佐々木がいないことにほっとしている自分がいた。

リビングにあるソファに座ってテレビをつけた。適当にチャンネルを変えていると、ニュースがやっているところを見つけた。内容は近頃頻発している通り魔事件についてだった。何でも若い女性が次々と襲われており、警察が犯人の行方を追っているということだったが、被害者の数が増えるばかりで、一向に捕まる気配がないのだという。警察は警戒を強めているが、それでも被害を防ぐことはできていないようだ。

俺と佐々木は大丈夫だろうか。不安になったが、今更考えてみても仕方のないことだ。それに、狙われるのは女性だけだというし、佐々木に限って心配することはないだろう。俺はそう思い込むことにして、考えることをやめた。

翌日になっても佐々木は帰らなかった。佐々木が作ってくれた夕食を食べ終えて、食器を片付け終わった後だった。突然インターホンが鳴った。玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは佐々木の母親だった。

「拓海くん、久しぶりね。元気にしてた?」

「はい、まあまあってところですかね」俺は曖昧な返事をした。正直、あまり調子はよくないのだが、そんなことを言うわけにもいかない。

「あの子、どこにいるのかしら?」

「知りませんよ。俺だって今日知ったんですから」

「そうよね……。ねえ、あなた知ってる?」母親は後ろに立っている男に向かって話しかけた。男は首を横に振った。

「知らないようです」男が答えた。「でも、きっとそのうち帰ってくると思います」

「だと良いんだけど……」母親の表情は暗いままだ。

「じゃあ、俺たちはこれで」そう言って二人は去っていった。

それから二日経っても佐々木は帰ってこなかった。その間、何度か母親が訪ねてきたが、俺は何も知らなかったし、佐々木からも何も聞いていないと答えた。佐々木の携帯に連絡してみたが繋がらず、電話は留守電になっていた。

三日目、俺はまた街へ出た。相変わらず天気が良くて気持ちが良い。だが気分は全く晴れず、むしろ曇っていく一方だった。佐々木が消えてからというもの、何に対してもやる気が起きなかった。このままではいけないと思って、何とか気力を奮い立たせようとしたが、やはり駄目だった。ふと空を見上げると、一羽の鳥が飛んでいた。それは綺麗な青い色をしていた。それが佐々木の目の色と重なる。俺はその鳥に呼びかけた。「おい、お前。佐々木がどこに行ったのか、知っているなら教えてくれないか」もちろん、返ってくる声はなかった。

家に帰る途中、公園の前を通りかかった時のことだった。中から女の子の声が聞こえてきた。見ると、四、五人の小学生が集まって遊んでいる。その中の一人が佐々木にそっくりだった。顔立ちが似ているとかそういうのではなく、雰囲気というかオーラが佐々木に似ていた。その子は他の三人よりも大人びていて、リーダー的存在なのか、他の子を仕切るようにしながら楽しそうに笑っていた。

「ああいうのが好きなんだよ」俺は思わずつぶやいていた。佐々木がもしあんな風に育っていたらどうなっていたのだろうか。もしかしたら、俺は彼女に恋心を抱いていたかもしれない。そう思うと胸が苦しくなった。俺はその場から逃げるように、急いで家に帰りついた。

次の日も外に出かけた。そして夕方になる前に帰宅した。昨日のことが頭から離れなくて、どうしてももう一度確かめずにはいられなかったのだ。家の前に立つとドアノブに手をかけて、ゆっくりと回そうとした。すると鍵がかかっておらず、あっさりと開いた。そのまま家に入ると、リビングの方から笑い声が響いてきた。誰か来ているのだろうか。俺は靴を脱いで家の中に上がった。

「あら、おかえりなさい」キッチンの方へ行くと、そこには見知らぬ女性がいて、エプロン姿で料理を作っていた。佐々木の母親と同じくらいの年齢に見える。女性は俺の顔を見ると驚いたような顔をしたが、「初めまして」と挨拶をしてきた。

「あ……どうも……」俺は戸惑いながらも軽く会釈を返した。誰だろう。どうしてここにいるのだろう。疑問が頭の中に浮かんだが、すぐに消し去った。考えてみても無駄だと思ったからだ。それより、佐々木はどこにいるのだろう。

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