第9話

翌朝、学校に行くと、教室の中が騒然となっていた。

「おい、どうなってるんだこれ!」

クラスメイトの一人が声を上げる。見ると、黒板に殴り書きされた文字があった。

『拓海くんは私の彼氏です。あなたなんかに渡しません!』

その下には、昨日見た女の子の顔写真が載っていた。

「あいつ、なんで勝手に」怒りのあまり拳を握りしめていると、担任の先生がやってきた。

「おはようございます」挨拶をして席に着く。

「みなさんも知っての通りですが、最近この近辺で不審者情報が相次いでいます。登下校の際は十分注意するようにしてください」

「それともう一つ。先ほどお知らせがありましたが、拓海くんのお父さんが事故に遭ったようです。まだ詳しいことはわかりませんが、とりあえずみんなも気をつけて帰りなさい。以上、ホームルームは終わります」

そう言うと、さっさと行ってしまった。

「親父が事故で……」思わず口に出してしまっていた。

「なあ、拓海のおじさん大丈夫かな?」

「死んじゃったりしないよな?」そんな言葉がちらほらと聞こえてくる。

「ちょっといいか?」前の方に座っている男子が振り返った。

「なんだよ?」ぶっきらぼうに答える。

「お前んち、家族で出かけたりしてなかったのか?」

「なんでだよ」

「いや、だってさっきの話だと一人だったみたいだし」

「俺の家族は父さんだけだ」それだけ言って前を見た。

その日の授業はほとんど頭に入らないままだった。佐々木からは何度かメールが来たけれど返信する気にはならなかった。

放課後になると、まっすぐ家に帰った。

「ただいまー」

いつもなら聞こえるはずの佐々木の声がない。

「あれ? いないのか?」

そういえば、朝に父親が事故にあったと言っていたことを思い出す。

リビングに行ってみると、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。そこには走り書きの文字でこう書かれていた。

『ごめんね』

俺はそれを見て胸の奥がざわつくような感じがした。

急いで部屋に戻ると、クローゼットの中に押し込んでいた旅行用のバッグを取り出した。それから財布や携帯、それに家の鍵を持って家を飛び出した。

タクシーを捕まえると、「×区の□丁目までお願いします」運転手に行き先を伝えた。

佐々木の家に着いた時には、すっかり暗くなっていた。

インターホンを押しても反応はない。俺は合鍵を使って中に入った。

玄関には彼女の靴があった。俺はそのまま廊下を歩いてリビングに向かった。電気が点いていたので誰かいると思いきや、佐々木の姿はなかった。

「どこに行ったんだ?」俺は部屋を見渡した。ふと机の上に置かれた封筒を見つけた。手に取って裏返してみると、『拓海へ』と書いてあった。

まさかと思って封を切ると、中には便箋が入っていた。広げると、そこに書かれた文章を読んで驚いた。

『突然こんな手紙を残してごめんね。きっと驚いていると思います。でも、どうしてもあなたに伝えたいことがあるんです。まずは私が誰なのかについて。私は、あなたのお母さんの妹の子供に当たります。つまり私にとって拓海くんは従兄弟にあたるわけですね。それで、その……拓海くんには今まで黙っていたんだけど、実は、あなたが生まれた時に一度会ってるの。だから、初めて会った時、すぐにわかった。あの時の赤ちゃんだってことに。

それからというもの、ずっと会いたいと思っていたけど、なかなか言い出せなくて。今度こそ言おうって決めたのは、つい最近のことです。拓海くんは覚えていないかもしれないけれど、一度だけ二人で公園に出かけたことがありましたよね? その時に、あなたが転んで泣いてしまったことがあったでしょう? あのとき、本当は駆け寄ろうと思ったのだけど、恥ずかしくて近づけませんでした。そして、次の日になって後悔しました。どうしてちゃんと抱き起こしてあげなかったんだろうと。もし、あそこで勇気を出していれば、今の私たちの関係は違っていたかもしれません。

拓海くん、ごめんなさい。私のせいです。本当にごめんなさい。どうか許してください。こんなことを言っても困らせてしまうだけなのはわかっています。それでも言わずにはいられませんでした。最後に、私のわがままを聞いてくれてありがとうございます。これで思い残すことはありません。最後に一つだけ願いが叶うとしたら、もう一度だけでいいから、あなたに会いたかった。

佐々木より』

俺は読み終えると、その場に座り込んだ。涙が出そうになったがなんとか堪えた。「なんだよこれ……」俺は手紙を握りしめたまましばらく動けなかった。

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