第8話

次の日のことだった。

教室に入ると、すでに佐々木は来ていた。

「おはよう」

「お、おう、おはよう」

いつも通り挨拶を交わす。昨日のことが気になったが、結局聞けずじまいだった。

俺は自分の席に着くと、鞄の中から本を取り出した。

しばらく読んでいると、ふと視線を感じた。目線を上げると、佐々木が俺のことを見ていた。目が合うと、すぐに目を逸らしてしまう。

「なんだ?」俺は彼女に声をかけた。

「いえ、なんでもありません」

「そうか」再び読書に戻る。

すると今度は、ちらりとこちらを見た後、また同じようにチラ見を繰り返す。なんというか、落ち着きのない感じだ。

俺は仕方なく本を閉じ、彼女をじっと見つめた。

「な、なんでしょうか?」少し動揺しているように見える。

「お前、どうしたんだ? なんか変じゃないか?」

「そんなことはありません」

「いや、絶対おかしいって」

「おかしくなんてありません!」突然大きな声を出した。

クラス中の注目が集まる。

「あ、すみません……」

彼女は謝りながら、恥ずかしそうに俯いた。

そこで予鈴が鳴る。

「ほら、先生が来るぞ」

「はい……」

そのあとの授業中、佐々木はずっと上の空だった。ノートをとる手が完全に止まっている。

俺はため息をつくと、彼女の方に向かって歩いていった。

トントン、肩を叩く。ビクッと体を震わせて振り向く。

「授業に集中しろ」と小声で言った。

「すいません」彼女は頭を下げると、黒板の方に向き直った。

放課後になると、俺は一人で帰ることにした。

校門を出たところで後ろから声をかけられた。

「拓海くん!」

「相川さん」

「一緒に帰ろうよ♪」と言って隣まで来た。

「あの、俺これから用事あるんで」

「えー、そうなの?」

「はい。だからすみません」

俺はそのまま歩き出した。

「ねえ、待ってよ」

「しつこいですよ?」

「いいじゃん別に~」

「ダメです」

「なんで? 私と一緒にいるの嫌?」上目遣いに見てくる。

「そういうわけじゃ……」

「それならいいでしょ?」と、腕を掴まれた。

その時、「あの、拓海くんに何か御用でしょうか?」

振り向くとそこには、不安げな表情をした佐々木がいた。

「別に~? ただちょっと話してるだけだよ?」

「そうですか……でも、あまり強引なやり方はよくないと思いますよ?」

「うるさいなぁ」

彼女は俺の腕を掴んだまま、強引に引っ張っていく。

佐々木は慌てて追いかけてきた。

「あの、離してください! 痛いじゃないですか!」

彼女は何も言わずに、さらに力を込めてきた。

「ちょ、マジでやめてくれ」さすがに我慢できなくなった俺は、思い切り彼女の手を払った。

「きゃっ」小さな悲鳴を上げて、尻餅をつくように倒れた。

「大丈夫ですか!?」佐々木が駆け寄る。

俺はその場に立ち尽くしていた。心臓がバクバク言っている。

彼女は立ち上がると、キッとした顔つきになった。

「もう知らない!」そう言い残して走り去っていった。

「あいつ、どこ行くんだよ」俺は呟いた。

「拓海くん」彼女が心配そうに声をかけてくる。

俺は無言のままその場を去った。

家に帰るなり、自室にこもった。ベッドの上に寝転がると、枕に顔をうずめた。

それからしばらくの間、動くことができなかった。

5分ほど経っただろうか。俺は起き上がると、スマホを手に取った。

そして佐々木に電話をかけた。呼び出し音が鳴り続ける。

やがて留守番電話サービスに繋がった。「もしもし、佐々木か? 今どこにいるんだ? 連絡くれ」それだけ言って切った。

俺は部屋を出てリビングに向かった。ソファーに座ってテレビをつける。適当にチャンネルを変えていると、ニュースが始まった。

「本日午後6時頃、△区の交差点付近で女子生徒が車に撥ねられました。幸い命には別状なく、病院に搬送されましたが、頭を強く打っており意識不明の状態となっています。警察では、運転していた男を逮捕しました。男は『ぶつかった瞬間、ハンドル操作を誤った』などと供述しており……」

画面の中でアナウンサーが原稿を読んでいた。

俺は呆然としながらそれを眺めていた。

6時という時刻に違和感を覚えたものの、それがなんなのかわからなかった。

「ただいま」母さんの声だ。

「おかえり」俺は返事をしながら玄関へ向かった。

「どうしたの? こんな時間に」

「ちょっと散歩」

「ふぅん、珍しいわねぇ」

靴を脱ぎながら、ちらりとこちらを見る。

「なあ、父さんっていつ帰ってくるの?」

「今日は遅くなるって言ってたかしら」

「そっか。わかった」

「ご飯は?」

「いらないや。腹減ってないし」

「あらそう」

俺は階段を上がって自分の部屋に戻ってきた。制服から着替える。机の前に座ると、引き出しの中から便箋を取り出して、ボールペンを握った。

佐々木へ宛てて手紙を書いた。内容は、今日のことと、これからのことを話したいというものだった。

書き終えて封をすると、すぐに投函した。

俺は再び布団に入ると、目を閉じた。

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