第3話

その日の夜、俺はベッドの上で寝転びながらスマホを眺めていた。

すると、メッセージアプリの通知が来た。相手は彼女だった。

『今日の昼休みの件なんだけどさ』

昼休み? ああ、あの時の話のことかな。

「どうした?」

『私、打たないことにしたよ。打たない方が良いって意見に賛成することにした。だから明日の放課後、ワクチンを打ちに行くことにします!』

打たないことに決めたのか。良かった……のか? いや、良くない。

打たないことを選択した人たちは、リスクがあることを理解した上で打とうとしているのだ。

なのに、打たないという選択をした彼女たちには、打つべきか否かの選択をする責任がなくなる。

打てば良いという人にとっては良いことかもしれないが、俺はどちらが正しいのか判断できない。

つまりはまた同じことを繰り返そうとしていることになるのではないだろうか。

そんなことを考えているうちにいつの間にか眠っていた。


次の日の朝。学校に着くと彼女が声をかけてきた。

「おはよう!」

「おう、おはよう」

「ねえ、今日の放課後って暇?」

「え? まあ、暇だけど……」

「じゃあさ、一緒に帰らない?」

「わかった。どこで待ち合わせる?」

「校門前でいい?」

「了解」

それから授業が始まったが、彼女はずっと窓の外を見つめたままぼーっとしていた。

俺も同じように外を見ながら考えていた。

そして授業が終わると同時に彼女が話しかけてきた。

「ねえ、ちょっといい?」「ん? どうかした?」

「うん、昨日の話の続きなんだけどさ」

「昨日?」

「ほら、打つべきか打たざるべきかって話」

「あーあれね」

「私は打ってもいいと思うな」

「そうなんだ」

「うん。だってさ、もし私たちの中に感染者が出たとして、それが家族や友達とか大切な人だったらどうする?」

「そりゃ助けたいに決まってるじゃん」

「そうだよね。じゃあさ、そういう時に自分が感染しているかどうかなんて関係ないと思わない?」

「確かに……」

「それにさ、私たちは高校生だよ? まだ子供なんだよ? 大人が守ってくれないなら自分たちで守るしかないじゃない」

彼女の言う通りだと思った。

俺たちはまだ学生なのだ。俺たちはまだまだ未熟だ。

だからこそ誰かに頼るのではなく、自分たちの力でなんとかしないといけない。でも……それでも……

「それで、結局お前はどうするつもりなんだ?」

「もちろんワクチンを打つつもりだよ」

「そうか。ならよかった」

「うん! あ、もうすぐHR始まるから席戻るね」

「おう」

そしてその日の帰り道。

「今日はありがとな」

「え?」

「いや、昨日の話」

「ううん。気にしないで。私が勝手に決めただけだから」

「そっか。それでさ、今朝言ってたことって本当なのか?」

「え?なんのこと?」

「いや、打たない方がいいっていうの」

「ああ、あれね。嘘だよ。ごめんなさい」

「なんだ冗談かよ……。マジで焦ったわ……」

「ふふっ。でも私の意見に賛同してくれた人はいたよ」

「そっか」

「うん」

それから少し沈黙が続いた後、彼女が口を開いた。

「ねえ、一つ聞いていい?」

「何?」

「君はどうしてワクチンを打って欲しいの?」

そう聞かれてすぐに答えることができなかった。なぜ俺は打って欲しくないと思っているのだろう。

俺はただ単に怖かっただけなのだろうか。それとも、本当に打たなくていいという人たちのことを信用していないのだろうか。

「俺は……」

「大丈夫。ゆっくり考えてみて」

「いや、いいよ」

「え?」

俺は考えた末に答えを出した。

「俺は、ワクチンを打たない人のことを信用してないわけじゃないんだ。むしろその逆だと思ってる」

「どういうこと?」

俺は今までの経緯を説明した。

「なるほど。つまり君の考えでは、打つべきではないという意見に賛成している人が打とうと考えている人に何かあった時の責任を取る必要はないということになるのか。でも、それはおかしいんじゃないか? 打とうとしている人にもちゃんとした責任があるはずだろ?」

「そうなんだけど……やっぱり怖いんだよ。また同じことが繰り返されるような気がして。だからどうしても不安になるんだ」

「そうだったのか……」

「俺の勝手な考えなのはわかってる。でも、俺はもうあんな思いはしたくないんだ……」

「そう思ってくれるだけで嬉しいよ」

そう言った彼女はどこか悲しげに見えた。

「あのさ、私は君の考え方に賛成はできないけど、君の気持ちはよくわかるよ。だからさ、これからも私のことを応援してくれる?」

「もちろん!」

「ありがとう!」

そう言いながら微笑む彼女の顔はとても美しかった。

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