第4話

彼女と話した翌日。

「おはよう」

「お、おはよう」

彼女はいつものように挨拶してきたが、なぜか目を合わせようとしなかった。

俺も同じように目を合わせないようにしながら自分の席に着いた。

それからしばらくすると彼女が近づいてきた。

「ねえ、ちょっといい?」

「ん? いいぞ」

「ここじゃ話しづらいからさ、ついてきてくれる?」

そう言われて連れていかれた先は人気のない空き教室だった。

「それで? こんなところまで連れてきて一体何を……」

「あのね、これ受け取ってくれないかな?」

そう言って彼女が差し出してきたものは、一枚の手紙だった。

「これは?」

「読んでみれば分かるよ」

俺は手紙を受け取った。そして中に入っていたものを取り出した。

『好き』

たった二文字の言葉。しかしそこには強い想いが込められているように感じられた。

「昨日、君の話を聞いて思ったの。私はもっと強くならないとダメだって」

彼女は話を続けた。

「私はずっと逃げてきた。自分に自信がなかったから。そんな自分を変えたくて色々頑張ったつもりだった。でも全然足りなかった。だからね、私は変わることにしたんだ」

「そっか……」

「ねえ、返事聞かせてくれないか?」

「…………ごめん」

「そっか」

「ほんとにごめ――」

謝ろうとした瞬間、唇に柔らかい感触があった。それが彼女の唇だと気付くのには数秒の時間を要した。

「これで許す」

「え?」

「君が他の女の子と付き合ったら絶対後悔するからさ。私の方がよかったって思わせてみせるから覚悟しといてよね」

「ははっ。上等じゃん」

「うん」

こうして俺たちは付き合い始めた。

俺がワクチンを打って欲しくないと思った理由。それは単に怖かったからだと思っていた。

だけどそれだけではなかったのだ。本当は自分自身のために打たないで欲しいと思っていただけだった。

でも、今の俺なら言えるかもしれない。この世で一番大切な彼女にだけは伝えないといけない。

俺が、彼女を信頼していないわけではないということを。

今度こそ、本当にワクチンを打つのをやめることにした。

「なあ、今日デート行かないか?」

「え、今なんて?」

「だから、デート行こうぜ」

「うん! 行く!」

彼女は嬉しそうに飛び跳ねていた。

「おい、あんまりはしゃぐなよ」

「ごめんなさい」

「まあいいけど」

それから二人で出かけることになったのだが、行き先を決めるのにとても時間がかかってしまった。

結局なかなか決まらなかったので、最終的に彼女が行きたい場所に行くことになった。

「それで、どこに行きたいんだ?」

「うーん……。水族館とか?」

「お前、意外と子供っぽいな」

「むぅ~」

「わかったよ。じゃあさっさとチケット買ってくるわ」

「うん!」

その後、無事チケットを買うことができ、入場することができた。

「結構人いるな」

「そうだね」

「よし、じゃあとりあえず順路通りに回るか」

「うん」

そうして館内を回っているうちにあっという間に時間は過ぎていった。

「楽しかった~」

「そりゃ良かったよ」

「君は楽しくない?」

「いや、楽しいよ」

「ふふっ。それなら良かった」

「そろそろ帰るか」

「え~まだ帰りたくないよ」

「わがまま言うなって。ほら、行くぞ」

「むぅ……」

彼女は渋っていたが、何とか説得して外に出ることに成功した。

外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。俺が空を見上げていると、突然声をかけられた。

「ねえ、手繋がない?」

「どうしたんだよ急に」

「いいから」

「はいよ」

そう言って俺は彼女の手を握った。

「へへっ。ありがと」

「別にこれくらいいつでもやってやるよ」

「ほんと? やった!」

そう言った彼女は俺の手を強く握り返してきた。

「痛いっつうの。力加減考えろって」

「あ、ごめん」

そう言いながらも彼女は手を離そうとしなかった。

「ねえ、もう一回キスしない?」

「なんでだよ」

「いいからいいから」

そう言って彼女は目を閉じた。

俺は仕方なく彼女の唇に自分の唇を重ねた。

「んっ……ぷはぁ。えへへ。嬉しい」

彼女はそう言って幸せそうな顔をしていた。そんな彼女を見て、改めて思う。彼女を大切にしよう。絶対に失いたくないと。

「さて、そろそろ帰ろうぜ」

「そうだね。ねえ、今度はさ、二人だけで遊びに行きたいな」

「ああ、いいぞ」

「ほんと!? 約束だからね!」

「はいはい」

そんな他愛もない会話をしながら俺たちは帰路に着いた。

「じゃあまた明日ね」

「おう、気をつけて帰れよ」

彼女が家に帰るのを見送った後、俺は自宅に戻った。

「ただいま」

「おかえりなさい」

リビングに入ると、母さんがソファーに座っていた。

「あれ、父さんまだいたのか?」

「ええ、ちょっと仕事が長引いちゃったみたいでね」

「そっか」

「それよりあなたに話があるの」

「なんだ?」

「実は――」

「そんなことできるわけないだろ!」

「でも、他に方法はないのよ」

「それでも嫌なものは嫌なんだよ」

「もう時間が無いってわかってるんでしょ?」

「…………」

何も言えなかった。本当は俺も分かってたんだ。でもそれを認めたくなかった。

「それにしてもあの子には感謝しないとね」

「どういう意味だよ」

「だってあなたのことをずっと想ってくれていたんですもの。きっとその気持ちが通じたのよ」

「でも、もし俺のせいであいつが――」

「それは違うわ」

「え?」

「あの子は自分で決めたのよ。ワクチンを打つか打たないかを」

「でも、どうしてそこまでしてくれるんだよ……」

「私は知らないけど、多分そういう運命だったんじゃないかしら?」

「何だよそれ……」

「とにかく、これは私たち家族の問題でもあるのよ。だから一人で悩まないでちょうだい」

「ごめん……」

「謝らないの! それで、これからどうするの?」

「……打つよ。ワクチンを」

「そう。分かったわ」

そう言って彼女は立ち上がり、自室に戻っていった。

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