第2話

教室に着いた後、すぐにクラスメイトたちに事情を説明した。

すると、案の定というかなんと言うか……みんな騒ぎ出した。

「えー!? 打つしかないじゃん!」「打つしかなくない?」「打つしかないよね?」

やっぱり打つしかないという意見が大半だった。

「でも、打つかどうかは個人の自由じゃない?」「え、打たないの?」「なんで?」「なんでって言われても……」

打たない人もいるだろうけど、打った方が良いと思っている人が多いのは明らかだ。ここで打たないことを選んだら、確実に非難されるだろう。

「ねぇ、打とうよ。打たなかったら絶対後悔するって」

「そうだぜ! もう打つしかないんだよ。今更逃げることはできないんだ」

打てばよかったと思う人は、きっと多いだろう。

だが、打たなければ良かったと思う人も大勢出てくるはずだ。

そんなことになったら最悪だ。

「でもさ、打たない人がいてもおかしくないでしょ?」「そうそう。それなのに責めるのっておかしいって」「だよね」確かに彼女の言う通りだ。打たないことを責めるのは間違っている。

だが、それが多数派になるとどうだろうか。少数派は間違いなく迫害されてしまう。

だから俺はあえてこう言ったのだ。

「でも、打たれるべきでない人に無理やりワクチンを打つようなことは絶対に許しちゃいけない。打つべきではない人のところにワクチンが届く前に打ってしまう可能性だってあるかもしれない。それに打つのを嫌がっている人まで無理矢理打とうとするかもしれない。そうなれば、また新たな問題が発生するかもしれない」

「あ、それありえるかも……」「そんなことしてほしくないしね」「そうだな」

みんなの気持ちを代弁するように、彼女は続けた。

「それにワクチンを打ったことで体調が悪くなったり、亡くなったりする可能性もあるんでしょ? そういうリスクを考えずに打とうなんていうのはどうかしてると思わない?」「うっ」「た、確かに……」「ちょっと考えが甘すぎたかも」

みんな反省しているようだったが、それでも打ってほしいという声はまだ多かった。

「でもさ、打たなくても良いなら打ちたくないっていう人がいるのも仕方ないんじゃね? 別に悪くねえだろ」

「でも打たれる側のことも考えた方がいいよなぁ」

「そうだよ。打つべきだと思ってる人はちゃんと考えて行動したほうがいいと思う」

中には打ってほしい派の意見に賛成してくれる人もいるが、やはり賛否両論といったところか。

「とりあえず今日の放課後までに答えを出すことにする。それまで待ってくれないか?」

俺がそう提案すると、みんな納得してくれた。

そこでチャイムが鳴ってしまったので、話し合いは終了となった。


その日の授業中、俺はずっと考えていた。

打ってもいいと思う人と、打つべきではないと考える人のどちらが正しいのか。

もちろん俺にはわからない。

だが、もし打つべきかどうかの判断ができなかった場合どうすればいいのだろうか?

判断できないということは打つべきか打たざるべきかのどちらかを選ぶことができないということ。

つまり、打てないということだ。

打つことを選択した人たちにとっては、打つべきか否かを決めることができずに悩む必要などないわけだ。

しかし、俺はどうだろう。本当に打つべきかどうかを決められるのだろうか。

仮に決めることができたとしても、打たないという選択ができるのかどうかもわからない。

結局は他人任せになってしまうのではないか。

そう考えると、とても情けなく感じる。

もっとしっかりしないとダメだと思った。

「おい、聞いてるか?」

はっと我に帰る。どうやら先生の話を聞いていなかったようだ。

「はい……すみません」

「珍しいこともあるものだな。まあいい。今日はここまでだ。復習しておくように」

そして授業が終わった。

「なんかあったのか?」

席に戻ると、彼女が話しかけてきた。

「いや……なんでもない」

「そうか。そういえばさ、今朝言ってたことなんだけど――」キーンコーンカーンコーン ちょうどその時、予鈴が鳴り響いた。

「あっやべ! 早く戻らないと」

「うん、急ごう」

そして俺たちは急いで自分のクラスへと戻った。

ホームルームが終わった後、俺は担任に呼び出されていた。

「何があった?」開口一番、そう聞かれた。

「えっと……それはどういう意味でしょうか?」

「お前らしくないミスばかりしていたからな。何か悩み事でもあるんじゃないか?」

「いえ、特にそういうことはないですけど……」

「本当か?」

「はい」

「……そうか。ならいいんだが。一応気をつけておけよ。それと、この後少し話せるか?」

「え、あーはい。大丈夫ですよ」

「じゃあいつものところで頼む」

「わかりました」

そして俺たちは職員室を出た後、いつものように屋上へと向かった。

「それで、話ってなんですか?」

「単刀直入に聞くぞ。昨日、何かあったのか?」

「…………」

何も言えなかった。だが、黙っているわけにもいかない。

「どうしてそう思うんですか?」

「なんだ、やっぱりあるんじゃねぇか」

「いや、でもまだ決まったわけではないので……」

「確定みたいな言い方だな」

「でも、そうじゃないとも言い切れないので」

「はぁ……。別に言いたくないなら言わなくていい。だが、もしも困ったことがあったら相談しろよ? 俺はいつでも力になるつもりだからな」

「ありがとうございます。でも、大丈夫なので」

「そっか。それならいいんだが。あと、これは独り言だと思ってくれて構わない。お前が何を悩んでいるのかはよくわからんが、あまり思い詰めるなよ」

「はい……」

「よし、話は終わりだ。教室に戻るぞ」

「はい」

こうして俺は初めて先生に隠し事をしてしまった。

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