ワクチン狂詩曲
孔舎衛坂四十六
第1話
なぜワクチンの接種開始時期を今年4月からにしたのですか なぜこのタイミングで高齢者への接種を開始したのですか ワクチン接種は希望者のみとしていますが、これは希望者全員を確実に守るための措置なのでしょうか また接種後に死亡する例が増えているそうですが、どのような状況になっているのか教えてください そして、今からでも希望者に対しての接種を中止してほしいのです。
この文章を読んだとき、俺は思わず頭を抱えてしまった。
「これ……どうするんだよ」
「どうするも何も、こうやって公表しちゃったら打つわけにはいかないよねぇ」俺の隣では、妹も苦笑している。
ちなみに俺たち兄妹は同じ部屋にいるわけではなく、リビングにてパソコンを介して会話をしている状態だ。
まぁ同じ家に住んでいるんだから、同じ部屋にいると言ってもいいんだけどね。
しかし、俺がこんなにも頭を悩ませているのは、何もその文面を見ただけではないのだ。
もっと大きな問題がそこには書かれている。
それは『厚生労働省のホームページに記載されている』ということなのだ。
つまり、国が国民に向けて発信した情報ということだ。
それが意味するところとは――
「この情報を公開してしまった以上、国民全員がワクチンを打つことを拒否できなくなった……か」
「そゆことー」
妹は呑気に言ってるが、結構まずい事態だと思うぞ。
少なくとも、ワクチンを打った人が大勢死んでるっていうのに、打たない人が増える可能性はなくなったわけだからな。
しかも、国としては「ワクチン打ってください」と言いたいところなのに、それを言えなくなってしまったのだ。
もう、打つしかないじゃない!(古い)
だが、この文章を読んでしまうと、どうしても疑問が生まれてしまう。
果たして本当にそうなのだろうかと。
「ところでさ」
「ん?」
「なんで政府はわざわざこんな声明を出したんだろうな?」
そう、これが問題なのだ。
確かに新型コロナウィルスの感染・発症を抑えることは重要だろう。
だが、それならもっと早い段階でワクチンを打っていればよかったのではないかと思うのだ。
例えば昨年末辺りに打てていれば、もっと死者数は減っていたはずだ。
「う~ん、どうなんだろ? なんか理由があるんじゃないのかなぁ?」
「その理由って?」
「そこまではわかんないけど……」
ふむ、妹の言うことももっともだ。
こういう時のお約束として、政府の陰謀説とかいうものがあるもんな。
陰謀論というのは恐ろしいもので、どんな根拠もない話でも信じ込んでしまう人間がいるものだからな。
まあ、そういう人間はネットの情報も簡単に信じ込むから気をつけないといけないのだが……。
ともかく、そういった可能性もあるため、鵜呑みにするわけにはいかない。それにしても、どうして政府はわざわざこの文章を公開したのだろうか。
何か意図があってのことなのか? それとも単に時間切れだったのか? もし後者だとしたら、まだ打つべきではない人にまでワクチンを打とうとするかもしれない。
いや、きっとそうだ。
だって、ワクチンの安全性をアピールするためには打ってもらう必要があるからな。
打つべきでない人に無理やり打とうとすれば、暴動が起こる可能性もある。
まぁそんなことは起こさないとしても、「接種したくない」という人はいるだろう。
「とりあえず明日学校で先生に相談してみるか」
「うん、そうした方がいいかもね」
そこで一旦会話を終え、それぞれの部屋に戻ることにした。
翌朝、いつもより少し早めに登校した俺は担任教師である田中先生の下を訪れた。
「おはようございます」
「おう、佐藤か。朝早くから珍しいじゃないか」
「ちょっと相談したいことがありまして」
「相談? お前が俺にか?」
意外だという顔をされた。まぁ今まで接点がなかったから当然といえば当然だけど。
でも今は違う。俺も先生を頼りにすることがあるのだよ。
「実は昨日厚生労働省が発表した文書についてなんですが―――」
「ああ、あれな。驚いたぞ。まさか政府があんな発表をするなんてな」
やはり先生も知っていたようだ。
まぁ職員室にはテレビが設置されているから、知らない方がおかしいのかもしれんが。
「それでですね、その件に関してなのですが――」
「待て。その前に一つ確認させてくれ」
何でしょうかと聞き返すと、先生は真面目な顔になった。
「お前はこの文章を読んで、どう思った?」
質問の意図がわからず一瞬戸惑ったが、要するに意見を聞きたいということだろう。ここは正直に答えることにしよう。
「どう思うと言われても……よくわからないというのが率直な感想ですかね。ただ、このままだと打つしかなくなるんじゃないかと思っています。でも打つべきかどうかについては判断しづらいんですよね。もちろん打つつもりはないのですが、打つべきだという意見もわかる気がしますので」
「そうか。ちなみに打たないという選択肢はあるのか?」
「えっと……それはどういう意味ですか?」
「打つべきか、打たざるべきか。どちらかを選択しなければならない時が来るとしたら、お前はどちらを選択するんだ?」
なるほど、そういうことか。つまり、打たない選択もあるのかということだ。
「わかりません。その時になってみないと」
「そうか。いや、変なことを聞いて悪かったな」
「いえ……あの、そろそろいいでしょうか?」
「おっとすまん。じゃあ教室に行くか」
そして俺たちは一緒に職員室を出た。
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