第5話 血で染められた記憶

グラウンド・ゼロに行きたい。



 そう言い出した輝に付添い、龍一はレンタカーを走らせた。


 事前に輝がデビットに電話をかけると、彼は喜んで案内をしてくれるという事だった。思えば輝の父親が亡くなってまだ二年しかたっていない。心の整理もついていない状態で現場に行くのはどうかと龍一は最初は躊躇した。しかし輝が大丈夫だと言うので運転手をかって出た。現場へ向かう最中も大丈夫かと声をかけると、輝は心配するなという風にニッコリと笑う。龍一には無理をして笑っているようにしか見えなかったが、あえて口に出さなかった。



 やがて現場に着き、かつて貿易センタービルがそびえていたグラウンド・ゼロまで歩いていった。そこには既にデビットが到着していた。


「輝くん」


「デビットさん、御無理を言ってすみません・・・」


「無理なんてとんでもない。私もまだ受け止めきれていないからね。ところでこちらの方は?」


「テロ調査の協力者です」


「探偵の橘龍一です、初めまして」


「こちらこそ。さあ、こっちだ」


 デビットに案内され、グラウンド・ゼロの中へ入って行く。本当は入ってはいけないのだが、亡くなった日本人の遺族だという事で特別に許可された。辺り一面土となっていてかつての姿など想像も出来ない。思わず龍一は顔を顰める。輝の父が亡くなった辺りに到着した。この辺りでうつ伏せで倒れていたという。輝は目を潤ませていた。龍一は輝の肩に手を置き、慰めるように優しく叩く。そこへ当時救助活動にあたった消防士がやってきた。デビットの要請で匠の最期を伝えに来てくれたのだ。


立ち話も何なので一同は近くの喫茶店に入った。消防士はまず遺品を輝に渡した。鞄に潰れた携帯、会社の書類、身につけていた結婚指輪、そして家族写真。再び目を潤ませる輝に席を外そうかと龍一は声をかけたが、輝は一緒に聞いてほしいと訴えた。それを聞いて龍一は輝の隣りに再び座る。


「お父様は本当に残念でした」


 そう消防隊の隊長が語り出した。



 九月十一日当日、同時多発テロ発生の一報を受け、消防隊は救助に当たっていた。だが、事態はかなり深刻で死者の数は増える一方だった。それでも彼らは一人でも多く助けようと、懸命に救助に当たったという。その時、外で人々に避難指示をしていた一人の救助隊員が、デビットから匠がビルに取り残された人々を助ける為にビルの中に飛び込んでいってしまったと聞いたらしい。その隊員はすぐ隊長に伝え、急いでビルの中へ同僚何人かと向かった。しかし、ほとんどビルは崩れてしまった後でなかなか匠の姿が見当たらない。と、一人が瓦礫の下にいる匠を発見した。匠は逃げ遅れたらしい男性職員を庇って瓦礫の下敷きになったのだ。男性職員はかろうじて息がある。匠から男性職員を引き受けると、すぐ病院へと運んだ。その後匠も救助しようとしたが、自分はもういいと言われたのだという。見ると、両足も瓦礫の下敷きになって動けない状態だった。連絡を受けた隊長も合流し、瓦礫を除けようとしたがびくともしなかった。さらに匠の体は血まみれで瀕死の重傷を負っていた。それでも助けようとする隊長達に再度もういいからと告げ、身に着けていた結婚指輪を外し、隊長に渡した。日本にいる息子に渡してくれと告げて。必ず渡すと伝えると匠はニッコリと笑って息を引き取ったという。 


「何とか日本へ行って遺留品をお渡ししようと思っていましたが、我々も任務があったので・・・」


「いえ・・・。話して下さってありがとうございました」


 輝は涙を拭いながら隊長に礼を言った。





 その後、隊長達に話があるという龍一を残して、輝とデビットはグラウンド・ゼロの周りを散歩する事にした。


「また辛い思いをさせてしまったようだね、すまなかった」


「いえ、父さんが死んでしまった訳を聞けて良かったです。それに龍一くんがいてくれたから少し気が楽でした」


「良い人だね、彼は」


「ええ。彼がいなかったらもっと取り乱していたかもしれません」


 見ると、家族連れが献花台に花を添えて祈りを捧げている。話しかけると、何でも母親の知り合いが亡くなってしまったのだという。それを聞き、デビットは近くの花屋へ走って行き花束を買ってくると、献花台に供えた。輝は匠が亡くなったビルの辺りに目を向ける。父の死因を聞いて本当は辛かったけれど、話を聞けて本当に良かった。日本に帰ったら勇造に聞かせてあげたい。父が死ぬ間際でも逃げ遅れた人がいないか気にかけていたという事を。






「それで何が聞きたいんだい?龍一くん」


 輝とデビットが出て行った後、隊長がニッコリと笑いながら龍一に問う。龍一は頭を掻きながら苦笑する。実はこの隊長とは面識があった。かつての組織から脱走した際、二ヶ月程彼の家に匿ってもらったのだ。亡き父の友人という事も功を奏し、何度も追手に襲われそうになったが、すぐ彼の家に駆け込めば大丈夫だった。


「何から聞こうかな・・・。とりあえずファーガ・バレイクについてなんですけど、この辺りで見たって言う人が何人もいるのは御存知ですよね?アロンさん達も見たんですか?」


 アロンは連れて来た部下数人にファーガを見ていないか聞いた。部下は首を横に振る。アロンも救助に必死になっていて彼の姿は見ていない。


「あの時、現場はパニック状態だったからね。見ている人と見ていない人がいるんだ」


「まあ、あの状況でファーガを見ろって方が無理な話ですよね。質問変えます。今回のテロ、俺がいた組織も関与してるんですよね?」


「断定は出来んがね。FBIの中にはあの組織を知らない連中も大勢いる。君は関わってないんだろ?」


「もう脱走してましたし、日本に帰ってましたからね。今はしがない大学生探偵です」


 アロンは断定は出来ないと言っているが、龍一は組織の仕業だという確信を持っていた。ファーガも彼らと手を組んでいるに違いない。組織の人間が実行役だとしたら、ファーガは見届け人だ。もしくはファーガが彼らを取り込んだか。いずれにせよ彼らが一緒になってテロ行為を行っている事はまぎれもない事実である。なんとしても止めなければならない。自分の命に代えても。






「うーん・・・」


 レイが作ってくれた弁当をつつきながらパソコンの画面と睨めっこしているディル。画面には同時多発テロの画像、デスクの上にはLAテロとラスベガスでのテロの資料が散乱している。その下には龍一がくれたテロの情報資料がばら撒かれている。ウインナーを頬張りながら唸っていると、ジョンに頭を叩かれた。


「食ってから仕事しろ」


「この世からテロがなくなったらそうします。ジョンだってさっきピザ食べながら資料見てたでしょ」


「揚げ足を取るな。第一お前、病み上がりだろうが。さっさと帰って休め」


「そうは言いますけど、みんな忙しく走り回ってるのに俺だけ休む訳にはいかないじゃないですか。休めっていうなら本部長何とかして下さいよ。さっき報告書渡しに行ったら眠りこけてましたよ」


「原因はお前だろが!」


 また頭を殴られる。それに関しては反省している。捜査官でありながらファーガに拉致され、同僚や上層部に迷惑をかけてしまったのだから。ラルフも寝ないで捜し回ってくれたと聞いている。寝てしまうのは仕方がないのかもしれない。ジョンやジニーも寝不足だと聞いているが、そんな素振りは一切見せなかった。ディルに心配をかけさせまいとしているのが見てとれる。何だか申し訳なくなった。


「あの・・・ジョンも寝てないんですよね?」


「仮眠はとったぞ。といっても二時間くらいかな?」


「・・・すみません、俺が捕まったせいで・・・」


「あれは不可抗力だったろ?仕方ないさ。てか、申し訳なく思ってるなら今日は帰って休め」


「いや、それは・・・」


「俺から本部長に言っておく。いいから今日は帰れ」


 周りを見ると、他の捜査官達も早く帰って休めというような視線を向けて来る。今日は味方は誰もいないらしい。溜め息をつくと、携帯を手にロビーへと向かった。


「もしもし。レイ?今どこ?」


「病院で検査結果待ってるけど、何かあったのか?」


「そういう訳じゃないんだけど・・・。今日もう帰れるから」


「え?でも今日はジニーと一緒にグラウンド・ゼロに行って聞き込みだろ?」


「ジョンに帰って休めって言われたんだ。だから今日は強制早退」


「じゃあ、こっちに来る?まだ待つみたいだから」


「うん。また後で」


 荷物をまとめて病院へ向かう。せっかくレイに弁当を作ってもらったのに無駄になってしまった。


「・・・食べてから病院に行こうかな」






 近くの公園に行き、ベンチに腰掛け、弁当箱を開ける。思えばウインナーしか食べていない。背もたれに寄りかかり、サンドイッチを味わう。風が心地良い。周りでは子供達の遊ぶ声が聞こえる。たまには外で食べるのもいいかもしれない。今度の休みはレイと二人で来よう。そう考えながら食べていると、聞き覚えのある声が耳に入った。


「よ、ディル」


「カルロス?何でここに」


「今日仕事休みなんだ。お前は?」


「ん?ああ、俺は早退。体調崩して」


「ふーん。で、愛妻弁当を一人寂しく食ってる訳ね」


 カルロス・チャン。ハイスクール時代の友人だ。といっても最初から親しかった訳ではない。カルロスは、ディルがハイスクール二学年の時に父親の仕事の都合という事で転校してきたのだ。人と関わりを持つのが苦手だった為、クラスメイトと距離を置いていた。だが、偶然にもディルと趣味が合い、その事で親しくなり多くの友人を持つようになった。ディルがFBIに就職してからはほとんど連絡を取っていなかった。カールからはまたもや父親の都合でアメリカを離れたと聞いていた。そんなある日、ジニ―からカルロスがロスに戻ってきて、子供達にサッカーを教えていると聞いて電話したのが再会のきっかけだった。


「まあそんなとこ。てか仕事休みっていいのか?子供達もうすぐ試合なんだろ?」


「心配ない。休みっつってもミーティングはしたし、後は自主練やらせる事になってたからさ」


「そっか」


「ディル捜査官~」


 そこへ龍一がやってきた。今日は調査は休みらしく、その辺をブラブラと散歩していたらしい。


「輝さんは?」


「知り合いと買い物。で、その人は?」


 カルロスが俯いていたので気づかなかったようだ。


「ああ、紹介するよ。俺のハイスクール時代の友達でカルロス・チャン」


 名前を言って紹介すると、急に龍一の顔が厳しくなった。カルロスは笑顔で会釈する。そしてもう帰るからと公園から出て行った。龍一はその間ずっとカルロスを睨みつけていた。


「龍一くん。もしかしてカルロスの事知ってたのか?」


「・・・ディル捜査官。あいつには気をつけろ」


「え?」


 言っている意味が分からなかったが、とりあえずレイのリハビリが終わるまで時間があるので、いったんFBIまで戻り、資料室へ足を運んだ。コンピュータでカルロスの事を調べ始める。確かに意味は分からなかったが、実はディルも不審に思っていた。カルロスは、カールの親友が経営するスポーツクラブで子供達にサッカーを教えている。それは事実だ。しかし、最近になって顔を見せなくなったと知り合いのインストラクターから連絡があったのだ。最初は風邪か何かだろうと取り合わなかったが、そんな状況が五ヶ月も続いているのはおかしいと感じ、カルロスの事を秘密裏に調べ出したのだ。


「えーっと・・・あ、あった。え・・・?」


 そこには目を疑う情報が綴られていた。確かにカルロスはスポーツクラブで子供達にサッカーを教えていたと書いてある。だがその後に事故で死亡したと書かれていたのだ。記事によると、死亡したのは一年前。なら何故カルロスはさっき自分の前に現れたのか、電話してきたのか。考えた末、ラルフにも意見を仰ぐ事にし、本部長室へと向かった。


「本部長、お時間よろしいですか?」


「どうした?早退したんじゃなかったのか?」


「すみません、少しお聞きしたい事があって・・・。あの、俺の友人のカルロス・チャンを御存知ですか?」


「ああ、確かアーノルドが経営するスポーツクラブでサッカーを教えている男だな。知っているよ。とは言ってもアーノルドから聞く程度ではあるんだけどね。勤務態度も良くて子供達にも好かれていたそうだ。残念な事に一年前に交通事故で亡くなられたそうだが。それがどうかしたのか?」


「実は、さっきまで公園でレイの弁当を食べてたんですが、その時カルロスと会ったんです。その後散歩していた龍一くんが寄って来て、カルロスを紹介したんですが、いきなりカルロスに気をつけろと言われたんです。その時は言っている意味が分からなかったんですが、さっき資料室で調べていた時に最近スポーツクラブに顔を出していないという話を思い出したもので。本部長なら何か知っているかなと。事故死したのは本当なんですよね?」


「そう言いたい所なんだがな・・・」


 と、椅子にゆっくりと腰掛ける。そして机の引き出しから一つの資料を取り出した。そしてそれをディルに渡す。首を傾げながら受け取り、資料をめくる。そこには、事故の状況が事細かく書かれていた。ところが、どこにも遺体の情報は載っていない。


「遺体出なかったんですか?」


「ああ。事故現場のあらゆる所全てを調べたんだがな、確かに血液は残っているのに遺体だけはどうしても出なかった」


「そうですか・・・」






 何とも釈然としない思いを抱きながら病院まで車を走らせる。既にそこには、リハビリを終えたらしいレイと、龍一と輝がいた。ディルが来るのが遅いとレイから連絡があったらしく輝が帰ってくるのを待って二人で病院へ来たらしい。


「何やってんだよ。今日強制早退だったんだろ?」


「ごめん。急な会議が入って・・・。あの、輝さんまですみませんでした」


「いいえ。でも遅くなるならレイさんにちゃんと連絡してあげて下さい。前科あるでしょ?」 


「あ・・はい」


 レイと輝は笑ってディルを許したが、龍一はどうも納得がいっていなかった。二人の家に帰ってからディルを引っ張ってディルとレイの寝室へと入る。


「ちょ・・何だよ?」


「やかましい。強制早退なのに会議が入るか。何かあったんだろ?公園の男と何か関係あんのか?」


「カルロスの事か・・・。それなら君の方が知ってるだろ?さっき思いっきり睨んでたし・・・」


「昔ちょっとな。で?あんたとはどういう関係?」


 仕方なくディルは、カルロスがハイスクール時代の友人だという事、スポーツクラブで子供達にサッカーを教えている事、一年前に事故死した事、その事故現場から遺体は全く出なかったという事を白状した。


 話を聞いた龍一は、遺体が出ないのも当然だと考えていた。ディルやラルフには教えていないが、実はカルロスは龍一が以前いた組織の幹部なのだ。同時多発テロにもかかわっただろうと龍一は踏んでいる。とにかく気に入らない人間を次々と抹殺するというとんでもない男だったからだ。そしてー。


―親父と母さんを殺したのも・・・!―


 あの時、仕事から帰った時には既に両親は息を引き取っていた。組織から脱走した二週間後に。何故関係のない自分の両親を。組織を脱走したからには邪魔者は自分のはずだ。なのに両親を殺したという事は後ろ盾をなくそうと考えたのだろう。つくづくあの組織を脱走して正解だったと思う。思わぬ代償を払う形となってしまったが。それが自らの両親だと思うともの凄く悔しい。


「龍一くん?どうした?」


 ディルが心配そうに顔を覗き込んでくる。 


「いや、何でもない」


「何でもないって顔じゃ・・・」


「龍一くん、ディル捜査官。夕食出来ましたよ」


 いつまでもダイニングに来ない二人を心配したのか、輝が寝室へとやって来た。


「ああ、ごめん。今行く」






 夕食後、意を決した龍一はディルに自らの過去を話せる範囲で話す事にした。


「話って?」


「あんたの友達のカルロス・チャンって男の事なんだけど」


「ああ。気をつけろって言ってたよな。あいつの事知ってるのか?」


「・・・・あいつは・・・俺の両親を殺したんだ」


「御両親を・・・?」


「ああ。三年前に。俺はちょうど仕事があって家を留守にしてたんだけど、帰って来た時にはもう二人とも息を引き取っていた」


「あいつがやったっていう証拠あるのか?」


 龍一は自分のバッグから拳銃を取り出した。両親が殺された時、自分の家の前に落ちていた拳銃だ。小さなベレッタだが威力は十分。カルロスが使っていた物に間違いはない。勇造にも確認をしてもらっている。


「これをカルロスが・・・」


「友人のあんたには信じられないかもしれないけど」


「なあ、それって・・・あいつが事故死したはずなのに遺体が出なかった事と関係あるのかな?」


「それはまだ分からない。でも関係がないとは言い切れないな。ファーガだって絡んでいる可能性があると思う」


「・・・かもな。あいつはテロリストと手を組んでいるし」 


 そうなるとまた接触してくる可能性がある。だが龍一の両親を殺したとはいえ、テロに加わっているという証拠がない以上FBIも動けない。二人はカルロスの監視を怠らないようにしようという事でその場の話を終わらせた。念には念を入れる為、ディルはラルフに電話を入れ、事情を説明した。


『龍一くんの御両親を?間違いないのか?』


「はい。カルロスが使ったというベレッタを龍一くんが持っていました。自宅の前に落ちていたそうです。今すぐ任意同行したいところですけど・・・難しいですよね?」


『殺人事件は市警の担当だしな。こちらはテロに関わっているという証拠がない以上動けない。お前はカルロスの監視をしろ。家は知っているんだろう?何かあったらすぐ連絡しろ』


「分かりました」






 翌日からディルは、カルロスの監視を始めた。さすがに一人では怪しまれるので、同僚の一人であるセインにも協力を要請し、共に車でカルロスを尾行した。今のところ怪しい動きは見せていない。


「なあ、セイン。カルロスが事故に遭ったのってどこなんだ?」


「そうか、お前あの時有給とってレイさんと旅行に行ってたから知らないんだよな。事故に遭ったのはここを真っ直ぐ行った所の交差点。点滅してた信号に気づかずに急いで渡ろうとした所、車にはねられた。通行人が気づいてすぐ救急車を呼んだけど、数時間後に死亡が確認されたんだ」


「変だな・・・。あいつが点滅信号に気づかないはずがない」


「ああ。ましてや運動神経も良いから、スピード違反している車は無理でも基準速度で走っている車を見たらすぐ避けれたはずだ。お、出て来た」


 喫茶店からカルロスが出て来る。しかし一人ではなかった。男と一緒だ。よく見てみるとファーガ・バレイクだった。


「ファーガ・・・!」


「やっぱりグルだったか!」


 セインはすぐラルフへ通信を入れた。


「本部長、やはりファーガ・バレイクと手を組んでいました」


『すぐ後を追え!』


 セインはすぐ車を出し二人の後を追いかけた。ファーガとカルロスはしばらく歩いて高層ビルの中へと入っていった。セインとディルは車を降り、後をつける。エレベーターは最上階まで上がっていた。二人も隣りのエレベーターで最上階まで上がる。ファーガ達は奥のガラス張りになった部屋へ入っていった。


「このガラス、防音になってるな」


「会話聞きとれるか?」


「ちょっと待て」


 セインはバッグからパソコンと発信機を取り出し、発信機を見えないように取り付けた。そしてパソコンを起動させ音声のボリュームを上げる。イヤホンを取り出し片方をディルに渡す。


「やはり橘龍一は生きていましたか」


「ああ。しかし、野放しにしていていいのか?」


「貴方の目的はレイ・クロードを手に入れる事でしょう?ファーガ。橘は俺が始末します」


「・・・やっぱりレイさんを狙ってるのは間違いないな」


「ああ。でも何故?」


 二人はさらに会話に耳を傾ける。


「ですが、本当にレイ・クロードはあれを持っているんですか?」


「それは間違いない。この目でちゃんと見たからな」


「それならさっさと奪ってくれば良かったでしょう」


「それは無理だ。あいつは今、FBI捜査官と一緒に住んでいる」


「なら無理か・・・」


 二人は顔を見合わせる。あれとは一体何なのか。さらに会話を聞こうとしたその時、ディルの肩をポンポンと誰かが叩く。振り向くとそこには龍一がいた。


「龍一くん!」


「シーッ!中に聞こえるでしょうが!」


「何でここに?」


「何でも気になっちゃうのが探偵の性なの。で?どこまで聞き出せた?」   


 それはセインが説明をした。


「レイさんを狙っているのは間違いない。ただ1つ気になる事を言ってた。レイさんがあれを持っているって」


「あれ?」


 それはさすがの龍一でも分からなかった。三人はひとまず下に降り、カフェでファーガとカルロスが降りてくるのを待つ事にした。龍一は滝澤に連絡を入れ、カルロスとファーガの関係を調べるよう依頼した。しばらくして、龍一の携帯に電話が入った。


「何か分かった?」


『確実にファーガ・バレイクとカルロス・チャンはグルだ。同じ組織にいるかどうかは分からなかったけど。そうそう、ファーガ・バレイクについてもう1つ分かった事があるんだ。彼は一度アフガニスタンへ行ってる』


「それって仕事で?」


『いや。日本でも言ったけど、同時多発テロ以前に仕事は全てキャンセルしてる。あ、それに関連してもう1つ。ファーガ・バレイクは大学助教授を辞任した』


「辞任?」


『それも同時多発テロの前日に。大学の方に聞いてみたから間違いない』


「分かった、ありがとう。また連絡する」


 セインとディルは二人の会話に耳を傾けつつ、同時多発テロの資料を見返していた。確かにファーガが大学助教授を辞任したと書かれている。そして一度アフガニスタンに行っている事も書かれてあった。


「アフガンに行った目的って載ってる?」


「いや、そこまでは。もう少し調べてみないと分からないな」


 その時、エレベーターからファーガとカルロスが出て来た。カフェの前を通ると、外に出て左右に分かれた。三人は話し合い、セインとディルがファーガを、龍一がカルロスを追う事にした。






 カルロスを追う龍一は、彼が古びたビルに入っていくのを見つけ、そのまま後を追う。二階まで上がって行き、手前から二つ目の扉から中へ入っていった。そっと扉に近づき、聞き耳を立てる。どうやら電話をかけているようだ。


「私です。こちらは上手くいっています。・・・大丈夫です、ファーガに従っておけば必ず成し遂げられます」


(成し遂げられる・・・?何をだ・・・?)


 それ以上は何も聞き出せないと判断した龍一は、その場を後にした。その足で、今度はカルロスが勤めていたスポーツクラブへと向かった。


「ああ、カルロスの事かい?事故に遭ったと聞いて心配していたんだがね、元気だったから安心したよ」


「事故の事は何か言っていませんでした?」


「いや、特には何も言っていなかったよ」


「そうですか・・・」






「カルロス・チャン・・・ですか?」


「うん。ちょっと気になるからさ、一緒に調べてもらえない?」


 結局カルロスが何をしようとしているのか掴めなかった龍一は、悩んだ末、輝に相談する事にした。探偵としてはやるべき事はやったが、これからは警察の協力も必要だ。


「その人、同時多発テロと何か関係があるんですか?」


「ないとも言い切れないんだ。現にファーガ・バレイクと何か繋がりがあるみたいだし。ディル捜査官達にも協力してもらうからさ、ね?」


「分かりました。お祖父ちゃんにも何か情報が入っていないか聞いてみます」


「ありがとう!」



 翌日、龍一と輝はFBIへ向かった。


「あの後、ファーガは?」


「真っ直ぐ家に帰ったよ。特におかしい動きはなかった。カルロスの方は?」


「古びたビルに一人で入ってった。ドアの外で聞き耳たててたら奇妙な電話してた」


「奇妙な電話?」


「『ファーガに従っておけば必ず成し遂げられる』分かったのはそれだけ」


 素早く輝がメモをとる。


「早乙女、総監から何か連絡は?」


「ありました。同時多発テロに繋がっているかどうかは分かりませんが、カルロス・チャンはアフガンでテロ組織と接触していました。それも頻繁に。交通事故はおそらく自らの偽装だろうと手島さんがおっしゃっていました。その交通事故の後、アフガンに渡ったものと思われます。それが祖父の見解です」


「じゃあ、やっぱりカルロスはファーガと手を組んで、同時多発テロを・・・」


「目的が何なのかは分かりませんが」


「・・・そんなの決まってる」


「龍一くん?」


「・・・俺を殺す事が目的だ」


 その言葉に全員が目を見開いた。事情を知っているディルだけは可能性はあると踏んでいた。カルロスは、龍一の両親を殺害した。龍一が仕事で自宅を留守にしている間に。何の為にそんな事をしたのかは不明だが。それでもディルは捜査官として見過ごす事は出来ず、ジニーにも協力してもらって龍一の過去を全て調べた。それはとんでもないものだったが、よく脱走してくれたと褒めてやりたい。輝がいる手前、口にする事は出来ないが。


「龍一くん、考え過ぎですよ。カルロスとは面識がないんでしょう?第一、何の関係もない貴方を殺すメリットなんてないじゃないですか」


「・・・そうだよな、ごめん」


 あると言いたかったが、それ以上口にすると輝を怒らせてしまうかもしれないので、黙っておく事にした。それで会議はひとまず終了となり、また改めて捜査し直す事になった。しかし、ディルは納得出来ないようで、輝に断って龍一を奥の倉庫に引っ張って行った。


「ちょ、何だよ?」


「・・・君の過去、調べさせてもらったよ」


「・・・どこまで知った?」


「全部。てか、何であの組織にいた?『ゴッドデビル』といえば、巷でも警戒されている史上最悪のテロ組織だぞ。何の罪もない人々を殺し、金品まで奪い、挙句の果てには爆発を起こして、テロの痕跡まで無くす。そういう卑劣な行為を繰り返す、そんな組織に何で君が・・・!」


「・・・」


「・・・分かったよ。何であの組織にいたのかは聞かない。せめて、どうして脱走したのかだけ教えてくれ」


「・・・俺も最初は、組織のやり方が正しいと信じてた。でも、その組織のボスは、自分の利益しか考えてなかった。俺はそれが許せなくなって、組織を飛び出す事にしたんだ。親友と二人で。そいつもボスのやり方を嫌っていたから。でも・・・あいつは、時間になっても約束の場所に現れなかった。その代わりに俺を殺そうと襲ってきた。あいつは俺を裏切ったんだ・・・!」


「それで組織を脱走して、日本に帰国したんだな。で?」


 ディルが続きを促す。龍一は重たい口を開いた。






 組織を脱走した後、一旦日本に帰国したが、父の仕事の都合で再びアメリカへ渡った。


 父の仕事は表向きは証券マンだったが、実は警視総監付きの情報屋兼探偵だった。それを知ったのは、高校に入る前。母が話してくれた。


『父さんはね、色んな事件をあの手この手で調べて、警察の偉い人に情報を伝える仕事をしているの』


『それって難しい仕事なの?』


『そうね、何せ危険が伴う仕事だから。でも、父さんは誇りを持ってその仕事を続けているの。貴方もそんな風に強く生きなさい』


 母から聞いた父の仕事を一瞬でカッコいいと思った龍一は、高校に入ってすぐに、父と同じ仕事をやりたいと両親に頼み込んだ。単にカッコいいと思ったからじゃない、父と同じ世界をこの目で見てみたい、危険な仕事でも父のように誇りを持って働きたいと。


 龍一の只ならぬ決意に、嫌な顔一つせず、耳を傾けてくれた両親は、休みの日、警視庁へ連れて行ってくれた。その時会ったのが、輝の祖父、勇造だ。龍一と対面した勇造は、父と同じ仕事に就きたいという龍一をバックアップすると宣言した。最初は龍一も驚いたが、警視総監だから任せておけば大丈夫だという父の言葉を信じて、勉強に勤しんだ。それまで平均的だった龍一の成績は、格段に上がり、苦手だった歴史も母の特訓のおかげで学年でも上位にいくまでに上がった。その努力の甲斐もあり、第一志望だった城南大学法学部法律学科に見事合格した。






 一年の秋頃、龍一は父親から自分の仕事を手伝ってみないかと言われた。どんな仕事か聞いてみると、アメリカにFBIやCIAが手をこまねいているテロ組織があるという。その組織は、大人や子供を含め、罪の無い人々を殺害し、金品を奪った上、爆弾を仕掛けるという残忍な手口を用いてテロ行為を行っているらしい。FBIから協力要請を受けた警視庁は、そのテロ組織へ潜入捜査を行う事となった。しかし、現職の刑事達は別の事件で手一杯、アメリカへ赴くはずだった手島副総監も都内で起きた殺人事件の捜査で忙しかった。そこでたまたま手の空いていた龍一の父が手を上げたのだ。それを容認した勇造は、勉強の為に龍一を連れて行ってはどうかと提案してきた。父は悩んだ末、母に相談した。


『真由子、ちょっといいか?』


『何ですか?』


『実は、今度の潜入捜査に龍一を連れて行こうと思うんだが・・・』


『龍一を?』


『総監に提案されてな。あいつはまだ一年だし、どうしたものかと・・・』


『あら、いいじゃありませんか。あの子、短期留学行きたいって言ってましたし。語学の勉強と思えば大丈夫ですよ』


『そうか・・・そうだな』


 その夜の家族会議の結果、せっかくなので家族全員で行く事に決まった。






 数日後、アメリカに到着した龍一は、まず父と共に潜入捜査する組織の偵察へ向かった。組織の人間達は、ホテルのロビーで密談らしき事をしていた。それを二階の喫茶店から観察する。


『あの組織?』


『そうだ』


『テロをやる人間には見えないけどなぁ』


『見た目はそうかもしれんが、性格は最悪な奴等だ。現に貧しい家の住人を家ごと爆破して殺害し、なおかつ金品まで奪っていったらしいからな』


『それで?潜入はどっちがやるの?父さん?』


 父はカップをテーブルに置き、龍一をジッと見つめる。その視線で龍一は全てを察した。自分にやれと言っているのだ。


『いや、俺はまだ・・・探偵の仕事だって覚え始めたばっかりなのに』


『いきなり親玉に近づけとは言ってない。あそこにいるお前と同年代の男と友達になって組織に入りたいとお願いするんだ』


『・・・なるほど。あいつ、ボスに従順そうだもんな。分かった、やってみるよ。それで?しばらくは組織にいた方がいいんだよな?』


『ああ。連絡だが、隙を見て私の携帯にメールを送れ。私がその都度警視総監に伝える』


 父から教えてもらった通り、龍一は喫茶店から出ると、一人ショーケースを眺めている青年に近づいた。


『(教えてもらった通りに・・・教えてもらった通りに・・・)あの、すみません』


『どうかされました?』


『あれ?日本語分かるんですか?』


『ええ、母が日本人ですので。それで、何か御用ですか?』


『この近くに本屋ってあります?小説を買いたいんですけど、場所が分からなくて』


『ご案内しますよ』


 二人は、ホテルから出て本屋へと向かった。その間に龍一は、自分が留学の為にアメリカに来ていると青年に説明した。


『何分アメリカに来たのは初めてなので』


『そうだったんですか。あ、ここです』


『ありがとうございます。そうだ、俺は橘龍一っていいます』


『俺は近城カイトです。「ゴッドデビル」という組織に所属しています』


『「ゴッドデビル」?』


 ようやく組織の名前が出た。チャンスだと思い、どういう組織か根掘り葉掘り聞いた。近城の話によると、「ゴッドデビル」は貧しい人々に金品を与えたり、食事などの援助をする活動をしているという。もちろん嘘なのは分かっているが。


『そんなにいい組織なんだ』


『ええ。ボスも含めてみんないい人ですよ』


『(どうだか・・・。ま、それはおいといて)あの、その組織って俺みたいな人間でも入れるんですか?一緒に来てる講師から自分でホストファミリーを探しておけって言われてたんですけど、すっかり忘れてて。知り合いもいないので、御迷惑でなければ・・・』


『ボスに相談してみましょう。あ、何ならお会いになりますか?』


『え?いいんですか?お願いします!』



 近城に連れられて、龍一は「ゴッドデビル」のアジトへ向かった。その間に素早く父にメールを送る。そうしているうちにアジトに到着した。事情を聞いたボス、ジェイン・アルベルトはすぐに龍一を気に入り、ホームステイと組織に入る事をすぐに許可してくれた。


(いやいやいや!普通怪しむだろ!)


 そうは思ったが、組織に入れた事は成功だ。部屋を割り当てられ、今日は初日という事で、明日から仕事を手伝う事になった。ドアの鍵を閉め、父にメールを送った。


〝組織加入成功!全然怪しまれなかった。でもバレないように用心するよ″


〝そうしてくれ。こちらもすぐに早乙女総監に伝える。上手くやれよ〟


 組織に潜入して数日、他の仲間にも迎え入れられた龍一は、さっそく組織の仕事を手伝い始めた。その内容は、父が言っていた通り酷いものだった。何人も罪の無い人々を殺害し、挙句の果てには家まで爆破している。不快を感じたが、怪しまれないようにジェインを崇拝しているフリを続けた。いずれ父から脱走しろとの連絡が入る、その時までは自らを偽り続けるしかない。






「そうか・・・。君はジェイン・アルベルトを崇拝していた訳ではなくて、そのフリをしていたのか」


「ああ。そうしているうちに親父から組織を出ろっていうメールが来て、すぐに俺は準備に取り掛かった。その時、近城も連れ出す事にしたんだ。あいつ、両親を家に侵入してきた泥棒に殺されて、路頭に迷っていたところをジェインに拾われたらしいんだ。最初は信頼していたらしいんだけど、次第におかしいと感じるようになって、奴の本性を知って疑いを持つようになったそうだ。それで、俺は脱走しようと持ちかけた」






 龍一の誘いにすぐに近城は同意した。それに対し、龍一は自分の素性を全て近城に話した。情報屋兼探偵の父の意向でこの組織に潜入した事、父のような人間になりたくて法律を学んでいる事などを。それでも近城が脱走したいという気持ちは変わらなかった。


 しかし、さすがに二人同時に脱走するのは怪しまれるので、別々にアジトを出て港で待ち合わせる事にした。


『先に俺が出る。カイトは怪しまれないように俺がいた痕跡を消せ』


『分かった。その後は?』


『俺の親父がNYから迎えに来てくれる。それまでは港近くで待機だ』


 その夜、龍一は全ての準備を終えると、任務に出るとジェインに伝えて、アジトから出た。その足で港へ向かう。近城はそんな龍一の後ろ姿をジッと見つめた後、アジトへ入っていった。


 港に着いた龍一。約束の時間は午後五時。まだ時間はある。


『ま、気長に待ちますか』


 それから数時間たっても近城は現れない。何かあったのだろうか。もしかして、脱走計画がバレて消されてしまったか。嫌な予感が胸をよぎる。すぐに携帯を取り出し、電話しようとした―その時だった。近城が現れたのは。しかし、様子がおかしい。どう見ても脱走したという格好ではない。全てを察した龍一に近城は銃を向けた。銃弾を避けると、父が待つ交差点まで走った。近城が大声を上げながら追いかけてくる。やがて父の車を見つけ、乗り込んだ。


『父さん、出していいよ』


『近城くんは?待たなくていいのか?』


『あいつは乗せなくていい!』


 父は頷くと車を発進させた。サイドミラーに近城の姿が小さく見える。だが、龍一は後ろを振り向かなかった。ただ、裏切られたという悔しい思いだけが頭の中を行き来していた。






「その後、俺は父が紹介してくれたFBI公認のボディガード会社に入る事になった。『ゴッドデビル』の秘密を突き止めた功績として。近城に裏切られた事は忘れる事にした。俺は親友のつもりだったけど、あいつはそうじゃなかったんだって思い込むようにした。そんな矢先だった。両親がカルロス・チャンに殺されたのは」


「仕事に行っている時に襲われていたそうだな」


「あの時、俺は社長の命令で映画俳優のボディガードをする為に、映画館に行っていたんだ。その日は親父と母さんの結婚記念日で、俺の仕事が終わったら三人で食事に行く事にしてた。とにかく早く終わらせたくて仕方なかったよ。俳優には事情は話していたから、早く終わらせたいんだろうって笑われたけどな。やっとの事で全部終わらせて家に帰ったら・・・もう親父と母さんは冷たくなってた・・・。すぐに犯人はカルロスだって分かった。奴は最初から俺を監視していたから」


「カルロスが『ゴッドデビル』の一員・・・」






 無残にも両親を殺害された龍一は、しばらく社長宅に身を寄せた。最初はただ復讐する事だけを考えていた。だが、それは社長や仲間に止められた。それでは『ゴッドデビル』と同じになってしまうと。その場では頷いていたが、一人の時はとにかくカルロスを捜した。やがて、スポーツクラブでサッカーを教えているという話を人づてに聞き、こっそり様子を窺いにいった。懐に銃を忍ばせて。しかし、どうしても撃つ事が出来なかった。カルロスに懐く子供達を見てしまったから。


 結局復讐を遂げる事は出来ず、『ゴッドデビル』の追手から逃れた龍一は、知人の家を転々とした後、日本へ帰国した。その際に自分は死亡したというニュースを知人の新聞記者に書かせた。両親の仇をとろうとして逆に殺害されてしまったと。それだけでもカルロスへの、『ゴッドデビル』への復讐になると思ったのだ。






「日本に帰った後は、何事もなかったように大学生活に戻ったよ。その時、親父の知り合いが経営している探偵事務所に入った」


「・・・何でだ?何でそれを輝さんに話さない?君のパートナーだろ?」


「言える訳ないだろ!俺も一時的とはいえ、『ゴッドデビル』の一員だったんだぞ!何人も罪の無い人を殺した!大人のみならず子供まで!その事まで早乙女に言えって言うのか?そんな事出来る訳ないだろ!」


 その時、倉庫のドアが開いた。そこには輝が立っていた。


「輝さん!」


「早乙女・・・!」


「・・・ご、ごめんなさい。立ち聞きするつもりじゃなかったんですけど、いつまで待ってもお二人が戻って来ないので・・・。あの・・・今の話・・・本当なんですか?」


「・・・それは龍一くんに聞いて下さい。俺は聞き込みに行きますので」


 それだけ言ったディルはチラッと龍一を見て、倉庫から出て行った。龍一は椅子に座って俯いている。輝は戸惑いの表情を浮かべたまま、龍一に近づいた。


「龍一くん・・・」


「・・・ごめん、黙ってて。知られるのが怖かったんだ。俺が・・・殺人鬼だったって事をあんたに・・・」


「・・・僕の家で『家族になろう』っておっしゃったのは、その事が原因だったんですね」


「・・・親父と母さんが殺された日、俺は仕事が終わってすぐに親父の携帯に電話したんだ。でも出なかった。嫌な予感を感じて車を飛ばして家に戻ったら・・・親父と母さんの周りは血の海だった・・・。何で俺じゃなかったんだ・・・?何で俺を殺さなかったんだ・・・何で父さんと母さんだったんだ・・・!組織を脱走したのは二人じゃなくて俺なのに・・・!何で俺を殺さなかったんだ!」


 頭を抱えて叫ぶ龍一に輝がそっと近づき、そっと龍一の身体を胸に抱き寄せた。


「龍一くん、もういいよ。もういいから・・・」


「早乙女・・・」


「貴方が自分を責める気持ちは分かります。自分が組織を脱走したから御両親が殺害されたとお思いなんですよね?でも貴方のせいじゃない。貴方は何も悪くない。悪いのは、貴方の御両親を死に追いやったカルロス・チャンと『ゴッドデビル』だ」


「・・・・」


「大丈夫。僕は貴方の味方ですから。誰が何と言おうと僕は・・・」


「・・・辞めてくれ・・・!」


 龍一は輝から身体を離した。


「俺に優しくするな!俺は・・・俺は殺人鬼だぞ!何人も罪の無い人を殺した!」


「でもそれは貴方の意思ではないでしょう?」


「ああ、そうだ。俺の意思じゃない。でも俺がやった事に変わりはない!大人も、カップルも、老人も・・・子供まで殺したんだ!俺の手は今でも血で染まってる!今だって『人殺し』っていう声が頭に響くんだ!そんな事をさせる為に親父は俺に潜入捜査させてくれた訳じゃないのに・・・!それでもその時は従うしかなかったんだ!奴らの動きを探る為にはそれしか・・・!頼むから、もう俺に優しくしないでくれ!」


「言ったはずですよね?貴方が誰だろうと関係ないって!過去に何があろうが気にしないって!貴方は僕のパートナーです!一緒に背負わせて下さい!」


 龍一は思わず輝を見つめる。涙を浮かべながらも、しっかりと龍一を見つめる輝の瞳が龍一の目に映る。


「一人で抱え込まないで下さい。僕が貴方を支えますから・・・!僕がどんな時でも力になりますから!貴方は人殺しなんかじゃない!だって・・・ずっと僕の事守ってくれたじゃないですか!」


「早乙女・・・」


「今度は僕が貴方を守る番です。探偵とはいえ、一般人を危険に晒す訳にはいきませんから。大丈夫、僕達なら同時多発テロの謎を解決出来ますし、ファーガ達の陰謀を阻止する事だって出来ます。いや、しなきゃいけないんです。あの悲劇を・・・これ以上被害者を増やさない為にも」


 そう言ってニッコリと笑う輝。


 やっぱりだ。輝は自分より強い。同時多発テロで父親を失ってしまって哀しいはずなのに、強くあろうとする。龍一が輝に惹かれたのは、その強さがあったからこそなのだ。自分もああなりたいという願望があったから。もちろん恋愛感情もあったけれど。だからこそ、勇造は龍一の相棒に自分の孫を選んだのだろう。輝の強さを龍一にも持ってほしかったから。


「ごめん・・・」


「これからは、隠し事はしないで下さい」


「うん。ありがとう、早乙女」


「分かっていただければいいんです」






 外で二人を待つディル。やがて倉庫から龍一と輝が出てきた。


「大丈夫か?」


「はい」


「・・・心配かけてすまなかった」


「気にするな。それより、ちょっと気になる情報が入ってきたんだ」


 ディルに伴われてオフィスに戻る。


「カルロスとファーガの会話の中に『アレ』という単語が出ていたのは知っていると思うけど、その『アレ』と『ゴッドデビル』が繋がっている可能性がある事って情報なんだ」


「その情報はどこから?」


「LAのテレビ局の記者から。極秘取材という名目で、『ゴッドデビル』幹部との接触に成功したらしい。で、そこから面白い証言がとれたそうだ」


「何ですか?」


 輝の問いに、ディルは資料を取り出し、二人に渡した。そこには、『ゴッドデビル』がファーガの命令で動いている事、さらに『アレ』について詳しく書かれていた。


 さらに読み進めると、『アレ』とは、同時多発テロが映されたフィルムの事、そのフィルムをジャーナリストが持っているなどと書かれてある。


「同時多発テロの映ったフィルム・・・?」


「何でそんな物をファーガが欲しがっているんだ?」


「そこまでは聞き出せなかったようだけど、多分都合の悪い事が映っているんだろう」


「それをレイさんが持ってるってのか?」


「まだ聞いてないけど・・・」






 話し合った三人は、意を決してレイに聞いてみる事にした。


「お帰り、ディル。今日は早かったんだな。龍一くんと輝くんもいらっしゃい」


「レイ、ちょっと話があるんだ」


「いいけど」


 食事の準備をしていたレイは、手を洗って、リビングに戻って来た。ディルに促されてソファに座る。


「何だ?話って」


「あのさ、同時多発テロの映ったフィルムなんて持ってないよな?」


「フィルム?ああ、持ってるよ。取ってくるから待ってて」


 そう言うと、レイは自分の部屋からフィルムと写真を持ってきた。見てみると、確かに同時多発テロの様子が鮮明に映し出されている。思わず輝は龍一の手を握った。亡き父の事を思い出してしまったのだろう、龍一は優しく輝の手を握り返した。


「これを撮ったのはいつ?」


「怪我をする一時間くらい前だよ。この写真がどうかしたのか?」


 龍一と輝がディルを見る。しばらく沈黙していたディルだったが、やがて重い口を開いた。


「・・・ファーガがそれを欲しがってる」


「ファーガが・・・?」


「多分、自分に関する、不都合な事が映っているからだと思うんだ。レイ、あの時一人で現場に行ったのか?」


「ああ。本当は一緒に行く人がいたんだけど、急用が出来たと言っていたから私一人で現場へ行ったんだ」


「もう一人?誰と?」


「誰って・・・アダムだよ。前に話しただろ?亡くなった姉のリサの婚約者」


 それを聞いたディルは思わず立ち上がった。


「ディル捜査官?」


「おい、どうしたよ?」


「悪い、ちょっと本部に行ってくる。レイの事頼んだ!」


 そう言ったディルは、上着を手に家を飛び出して行った。突然の行動に三人は首を傾げる。


「何だよ?あいつ・・・」


「あ、あの、レイさん。アダムさん・・・でしたっけ?急用って何だったんですか?」


「詳しい事は聞かなかったんだけど、何でも人と会う約束があるからって・・・」


「アダムさんってジャーナリストなんですか?」


「ああ。正確に言うと、敏腕カメラマンだ。リサが亡くなってから、私とよくペアを組んで取材を行っていた。前のパートナーが急に亡くなったって言ってて」


 その話を聞いた龍一は、すぐにパソコンを取り出した。その行動に首を傾げる輝とレイ。アダムの事を調べてみると告げ、あらゆるサイトや書き込みにアクセスする。その時、あるサイトを見つけた。そこはテロリストを糾弾する目的で作られたサイトで、政府公認のものだった。ファーガに関する書き込みはなかったが、『ゴッドデビル』に関する批判は山程書かれてあった。


「あれ・・・?」


 龍一がある書き込みを見つける。それはアダムに対するものだった。書き込みには、


『奴はスパイだ。国家の秘密を売り飛ばした』


『裏切られたジャーナリストの皆さんが可哀想』


『奴こそ、同時多発テロの首謀者ではないか』


そう書かれていた。


「何じゃ?こりゃ」


「アダムがスパイって・・・そんな訳がない!アダムが・・・あの人がテロの首謀者なんて・・・!」


「落ち着いて下さい。まだそうと決まった訳じゃありません」


「早乙女の言う通りだ。政府公認のサイトとは言え、まだ確証は得られた訳じゃない。このサイトを管理している政務官も、まだ事実確認を得られた訳ではないから軽はずみな発言は控えるようにと書いている。もう少し様子を見てみよう」


「・・・分かった」


「龍一くん。ディル捜査官はどうしたんですかね?」


「アダムさんの事で何か気になる事があったんだろう。まあ、それもこのサイトの書き込み同様、確証を得た訳じゃないけど」






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