R.Fスタジアム
タキコ
釜石鉄道新花巻駅のホームは、人影まばらだった。
ほんとに電車が来るのかなと疑うぐらい。今晩、釜石のスタジアムで試合があるとい
うのに。
トリヰは、スケッチブックを開いた。新しい画用紙に、濃い黒芯で、小さな駅舎を描き始めた。
ほんとに来るのかな、肝心のお父さん。
スピーカーから駅長の声がして、乗るはずの電車が到着するらしい。
もしもお父さんが来なかったら、盛岡に戻ろうか。
電車がホームに入って来ると同時に、お父さんが駆け込んできた。
「おう、おう」と、豪快に叫びながら。
二年ぶりに見るお父さんは、腹の肉が重力に逆らえないでモタついている。
「筋肉も休ませないと再生しない。鍛えれば、すぐに硬く戻る」って、いつも言ってたっけ。
釜石まで2時間近い。
お父さんが、トリヰの横に並んで座るものだから、座席が狭い。
おかげで気分が塞ぐ。
一人で喋るお父さん。声がでかい。
「遠かった遠かった」「長崎の家を何時に出たと思う? 空港まで時間がかかるんだ、これが」「東北は過ごしやすいな、やっぱりな」「一番暑かったのはどこだと思う? 東京駅だった、なんとな」等等。
ムッとしているわけではないのだが、トリヰの口元がダンマリを決め込む。
トリヰは、スケッチブックに俯く。鉛筆を動かし続けた。
空を走る列車と、山猫。
お父さんが覗き込む。
「お、釜石にモノレールか」「お、トリヰはたぬき年だったか」
お父さんの茶化し口調は変わらずだ。
しかも、何も分かっちゃいない。
黒芯を紙にゴシゴシと擦りつけた。
不意に、お父さんが身を乗り出す。
窓に額をくっつけて叫ぶ。
「懐かしー」
すもも色の夕闇。ただただ深い山あい。
どう懐かしいのか、トリヰには不可解だ。
お父さんは、お構いなし。
「ラグビー場は、どんだけ復興しているんだ」
違うよ、復興は、町だよ。町の生活だよ。人の心だよ。復興の授業で、言ってたよ。
「ラグビーはな、手から手へ、球を繋いで繋いで、大事に繋いで、トリイを取りに行く」
お父さんは、昔、ラグビー選手だった。トリイってトライのこと。
「大事な物を前に出すな。仲間に渡せ。落とすなよ」
「地面に置いたら、仲間と一丸で運べ。肩を組み合ってな、一丸だぞ」
小さい頃から、繰り返し聞かされたセリフ。
トリヰは、頭の中で、言葉の続きを復唱していた。
ゆっくりと、スケッチブックの新しい紙を開く。
微細な海岸線と、なだらかに広がる平地。
あの日、大地が突き上げた海のお化け。釜石の小中学校の子供たちが手と手を繋ぎ合わせて逃げた場所。
空想に広がる草原に、トリヰは、楕円の球を幾つも幾つも重ねてデッサンした。
それから、天に、地に、連なって走り回る子どもをたくさん描いた。
「トリイ遊園地かぁ……」
トリヰは、思わず顔を上げた。
絵を見つめるお父さんの笑みが柔らかい。
「お、ジョバンニがいる」
「え?」
お父さんは、何もかにも分かってる?
「この絵は色をつけるといい。鮮やかにな」
お父さんの声が小さくなって、ちょっと自信なさそうだった。
R.Fスタジアム タキコ @takiko
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