国境線(3)
アズスの言う通り、ユリアスたちのことを兵士たちは見て見ぬふりをした。
しばらくして王国軍の砦が騒がしくなったかと思うと、馬にまたがるハインツを先頭に、王国軍がユリアスたちめがけ向かって来た。
「きました!」
「よっしゃっ! 俺たちも帝国に突っ込むぞ!」
ユリアスたちは帝国兵の陣地に乗り込むや、硬く閉まった砦の扉めがけフェンリルを叩きつけた。
バリバリィィィ!
勢い良く扉が爆ぜた。
城門に人ひとりが楽々と通れる穴を穿つや、リシャールともども中に飛び込んだ。
いきなりのことに帝国兵はぽかんとした顔で、ユリアスたちを見る。
ニィッと大きい笑みを浮かべた。
「帝国軍の豚ども! お前らはここで死ねっ! 死にたくなけりゃ、この砦からさっさと逃げろ!!」
「て、敵襲! 敵襲!」
鐘が鳴らされる。
ワアアアアアアア!!
「邪魔だ、どけっ!」
ユリアスは間の抜けた顔をさらす帝国兵を、右手を変化させたフェンリルで掴み、放り投げた。
「化け物めええええ!」
右腕だけではない。左腕で魔蛇をうみだし、それで弾きとばし、壁に叩きつけた。
「さあ、どんどん来い!」
背後を守るようにリシャールが、帝国兵ふたりを瞬く間に斬り倒す。
それでも重要拠点を守る兵士たちの数はかなり多い。
「弓矢隊! あの二人を射殺せ!」
数十人の射手が一斉に矢をつがえ、構える。
(あの量……さすがにヤベーかっ!?)
しかし矢は放たれなかった。
射手たちは炎に飲み込まれ、城壁が吹き飛んだからだ。
魔法の炎だ。
「お、王国兵だ! 王国兵が来るぞぉぉぉぉぉ!」
しかしそんな叫びも、ユリアスたちによって掻き乱された状況では、意味がない。
慌てふためく帝国兵の真っ直中を、王国軍は縦横無尽に突っ切っていく。
怒号と悲鳴が交錯し、帝国陣地がことごとく踏み荒らされる。
ハインツは常に先頭に立って、肩に担いだ戦斧で敵兵たちを薙ぎ倒す。
「さすがは紅獅子だっ!」
ユリアスとリシャールも負けじと、帝国兵を引き裂く。
帝国の旗が倒れれば、それが篝火に触れて燃え上がる。
炎はますます広がり、砦の周囲を昼間のように明るくした。
「おのれ、王国軍めええええええ!」
馬にまたがった男が剣を掴んだ右手を大きく構え、ユリアスめがけ突っ込んでくる。
甲冑の装飾から、この砦の指揮官だと分かる。
ユリアスは身構える。
「邪魔をするなっ!」
その脇を疾駆するのは、ハインツだ。
「紅獅子ハインツか! 相手にとって不足はない!」
指揮官は槍を扱き、襲いかかってくるが、ハインツはその槍を軽く弾き、がら空きになった帝国指揮官を斬り倒した。
「指揮官が死んだ!」
「ああもう、嫌だぁ!」
帝国兵たちは逃げていく。
(終わったか……)
その刹那、背後に強い殺意を感じた。
「っ」
条件反射だった。
ユリアスが前方に跳び退くと同時に、さっきまでユリアスが立っていた場所に巨大な戦斧が突き刺さっていた。
「おい、倒す相手が違うんじゃないか、ハインツ……!」
ハインツは大きく笑った。
「許せ。今のは俺の部下を抱き込んだお前へのバツだ」
「しょ、将軍……」
「アズス。お前にも後で、バツをやるぞ。眠れると思うな?」
「あ、は、はぃ……」
アズスはうなだれた。
「……バツ、ね。それにしちゃあ、殺意は本物だったような気がするんだけどな?」
「ハハハハハ! 許せ。だが……まさかスレイヤーが怪物だったとはなっ。スレイヤーってのはみんな、そうなのか?」
「怪物ではありません。ユリアスはキメラで、れっきとした人間ですよ」
当たり前のように、リシャールが応えた。
「なんでお前がそれを言うんだよ」
「仲間ですから」
口に出すのが恥ずかしいことを大真面目に言われ、ユリアスのほうが面食らってしまう。
「アハハハハ! 面白い連中だっ! まあいい。事故により帝国の砦は潰れた……。部下が俺に黙って画策したことは腹立つが……」
「俺みたいな小物なんて相手にしてないで、さっさと早馬を王都へ出して、休んだほうがいいんじゃないか。これから忙しくなるんだからな」
と、王国軍の兵士が駆け寄ってくる。
「申し上げます。国境線に配置された王国の別部隊が砦に押し寄せているようです」
「んじゃ、俺たちはさっさと、ずらからさせてもらう」
「待て。スレイヤー、名前は?」
「ユリアス。魔物のことで困り事があったら、請け負ってやる。予算次第だがなっ」
「考えておこう。――よし、お前ら! 後続部隊を出迎える用意をしろッ!」
背後の喧噪を尻目に、ユリアスたちは帝国領に渡った。
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