国境線(2)

「ユリアス、退いてしまっていいんですかっ?」

「ハインツとぶつかるのはゴメンだしな」

 リシャールはますます不思議そうな表情になる。

「……ど、どうして笑ってるんですか?」

「ハインツは頑固だったが、アズスや他の兵士たちはかなーり、俺の提案を真剣に聞いてたんだ」

「しかし将軍ははっきり提案を一蹴しましたよ」

「あいつらは将軍を慕い、崇拝している……。そんなあいつらが一番耐え難いのが、将軍が政治の事情で疎まれること。活躍の場を奪われているとこ、だ」

「ですが、そうだとしても、こうして退いたのは何故ですか?」

「アズスたちのほうから、俺の提案にのってくる。それを待つためだ」

「希望的観測が過ぎるのでは?」

「いいや。俺には分かる。だから、俺たちがしなきゃならないのは」

「ならないのは?」

「野営の準備だ」

 枝や枯れ葉を集め、携帯の火打ち石で火を付ける。

 火が辺りを明るくする。

 しばらくじっとしていると、「お前も日に当たれよ」とハインツが呼びかければ、アズスが草むらを掻き分けて姿を見せた。

「……いつから気付いていた?」

「さっきから」

「そうか。でもお前たちを追いかけ回すためじゃない。――先程のお前の提案を受けたい。お前たちが強行突破し、帝国の砦を……」

「俺はいいが、ハインツはどうする?」

「将軍のことは私たちが説得する」

「私たち?」

「ハインツ将軍の部下、で。――将軍は、こんなところで日々を過ごしていい人ではない。帝国と戦っている今となっては尚更」

「だがハインツは手強いぜ。砦に到着する前に捕まるのはゴメンだ」

「私たちがそうはさせない。だが、砦を陥落させるのは協力してくれ」

「……そっちが本当に協力するなら、な」

「やるかどうかはお前たちに任せる」

 アズスは言うだけ言うと、立ち去っていった。

「……期待したとおりになりましたね。どうします?」

「やるさ。帝都に行って、オヤジの手がかりを見つけるっ」


 ハインツは砦の中の自室で、ランプの明かりを頼りに、森で見つけて来た手頃な大きさの木を人の形に削る。

 机には、同じような木の人形がずらずらと置かれている。

 ここに飛ばされて以来、手持ちぶさたに作り続けていた。

 この人形は、ハインツの故郷の村の風習だ。

 子どもが産まれると隣近所の人たちが人形を送り、末永い幸せを祈る。

 人形の作り方は子々孫々に継承されていく。

 しかしそんな故郷はもうない。

 帝国に蹂躙されたのだ。だからこそ、ハインツは王国軍に士官したのだ。

「将軍、失礼します」

 ノックの音とともに、アズスの声が聞こえた。

「入れ」

 ハインツは手を止めることなく言った。

「警備部隊から、今晩も何事もなく……とのことです」

「そんなことをいちいち伝えてこなくていいと言っただろ」

「申し訳ありません。しかし……ヒマなもので」

「まあそうだな」

「人形がこれだけあると、壮観ですね……」

「そうだろ。お前に一体やる。末永い幸せを」

「ありがとうございます」

 投げた人形を、アズスが受け止めた。

「見事、ですね」

 アズスは人形を様々な咆吼から眺めたまま、突っ立っている。

「……なんだ。まだあるのか? どれだけ待っても、これ以上は何もやらんぞ」

「あのスレイヤーの提案、拒絶してよかったのでしょうか」

「何が言いたい」

「将軍はこんな場所にいていい人ではない。こうしている間にも帝国は王国の領土を切り取り、人々を苦しめて――」

 ハインツは手を上げて、制する。

「やめろ」

「……すみません。余計なことを」

 その時、部屋に兵士が飛び込んできた。

 アズスは不愉快そうに眉をひそめる。

「不躾な真似はするな」

「も、申し訳ありません! しかし緊急で……」

「構わん。言え」

「は、はいっ。昼間のスレイヤーが守りを突破し、帝国領へ向かっています!」

「あのスレイヤーめッ。すぐに捕らえろっ!」

「はっ!」

「俺も出る! いいか、絶対に帝国領を踏ませるな! アズス、来いっ!」

 ハインツは飛び出すように、部屋を出た。

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