第8話 国境線(1)
帝国と王国の国境線に近づくと、兵士の姿をよく見かけるようになった。
しかし帝国との矢面に立って緊張しているかと言えば、そんなことはなく、緊張感に欠けていた。
なにせユリアスたちを見ても、動こうともしないのだ。
だが、国境線のイグラム砦付近に近づいた途端、兵士たちに囲まれてしまう。
「なんだよ、物騒だな」
「ここは王国軍の砦だ。お前たちは何だ」
「見ての通り、善良な旅人だ」
「身体検査をさせてもらう」
「待てよ」
ユリアスは思わず身構える。
「逆らうのかっ」
兵士たちが槍や剣を構えた。
「――一体どうした?」
砦の方から、白いローブをまとった男が現れる。
青みがかった髪を背中に垂らし、瞳は鮮やかな黄色。上背はそれほどではないが、目つきの鋭さはなかなか。
剣をはいてはいない。
「魔術師、か?」
「ここの副隊長を務める、アズス。魔術師だ。――何があった?」
「怪しいので尋問しようとしたら、逆らったんですっ」
アズスが、ユリアスたちに目を向ける。
「突然、身体検査はないだろ。俺たちはただの旅人だ。危害を加えるように見えるか?」
「そうです。私たちは善良な旅人です。兵士に突然、嫌疑を掛けられて尋問をされるいわれはありません」
「ではなぜここに?」
「帝国に行くためだ」
「なぜ」
「何故ってさっきから聞いてばっかりだな」
ユリアスは肩をすくめるが、アズスは無視する。
「質問にこたえて」
「わーったよ」
ユリアスはスレイヤーの証である琥珀を見せた。
「帝国に依頼人がいるんだ」
「悪いが、通す訳にはいかない」
「俺はスレイヤーだぜ。王国軍に従う必要はない」
「いくらスレイヤーが特定の国に属さないと言っても、国法に逆らうことまで許されてはいないはず。今、我が国と帝国は戦争をしている。国境はたとえ国王陛下の勅命により、封鎖されている」
「……無理矢理に押し通ることもできるんだぜ」
「ユリアス、いけませんっ」
「だまれ、リシャール。こっちは急いでるんだよっ」
ユリアスの殺気に気付いたのか、全員が目を釣り上げた
じりじりと互いの距離を測るように足を動かす。
「お前たち、何をしているっ」
威圧を感じさせる、ずっしりと重たい声。
たったそれだけで、場の空気が一変し、心なし、アズスをふくめた兵士たちの表情が引き攣ったような気がした。
「しょ、将軍」
アズスがうめくように呟く。
全員の視線の先にあったのは、巨壁――そう呼ぶに相応しい巨躯。
がたいの大きさ以上に目を引くのが、深紅の鎧。
ユリアスの二回りはあろうかという上背に、左眉から顎に斜めに走っている。
緑色の瞳は猛禽類のように鋭い。
「このスレイヤーが国境を越えたいと申しました」
アズスが言えば、兵士たちは一斉に剣を収めて、将軍と呼んだ男に道を譲った。
緑色の目が、ユリアスとリシャールを捉える。
「スレイヤー。お前らが?」
「そういうあんたは……紅獅子ハインツか」
「ほう。スレイヤーに我が名が伝わっているとは」
男の唇がかすかにほころぶ。
「そりゃ有名人だからな。一等兵時代、あんたの所属する部隊は帝国との戦いに大負けし、仲間が囚われた。上官は撤退を命じたが、あんたは有志を集め、仲間を奪還するために無断で敵軍めがけ駆けた。あんた自身は全身に矢を浴びて危うく死にかけながらも、仲間を奪還、さらに敵将の首まで挙げた……。自分と敵の返り血とで、あんたの身体は真っ赤に染まった。誰が呼び始めたか、紅獅子……」
「まさか俺のファンに出会えるとはな。お前の名は?」
「ユリアス」
「はじめまして、将軍。リシャールと申します」
「
「ええ。それでも仲良くしていますよ?」
「お前は黙っててくれ、頼むから。――んで、紅獅子。あんたには迷惑をかけるつもりはない。通してくれ」
「駄目だ。回れ右をして帰れ」
「意固地なやつだな」
「この国境線を守るのが俺の任務だ」
「確かに、素晴らしい任務だよな。兵士も他の国境線で見た連中と違って粒ぞろいみたいだしな。だが、幾らここを死守したって、オーリー平原は帝国にとられちまってるぜ?」
オーリー平原という単語に、兵士たちはざわめく。
ハインツは表情を硬くする。
「……平原の状況は?」
「見渡す限り帝国兵さ。王国兵は吊され、ひどい有り様だ」
「私たちはそこで囚われていた女性たちを助け、それを王国軍のオタカルという兵士に渡しました」
リシャールが、ユリアスの言葉に続いて言った。
「オタカル」
と、アズスは頷く。
「将軍、その話は聞きました。確かに一人で収容所から人々を逃がせるものかと考えていましたが……。なるほどお前たちが手助けをしたのか。それなら理解できる」
「なぜオタカルはお前のことを話さなかった?」
「途中で仲違いしたんだ。意見の相違ってやつさ。――で、だ。わざわざオーリー平原って名前を出したのは、意固地なお前はオーリー平原に向かいたいと上に言ったんじゃないかって思ったからなんだ。結果、帝国兵が通ろうとしないようなこんな国境線の端っこにとばされた。――当たりか?」
「貴様、将軍を侮辱するか!」
アズスが今にも魔法陣を描くような勢いで、身構えた。
「やめよ、アズス」
「しかし!」
「アズス」
「……はっ」
「ユリアスよ。確かにここは国境線の端には違いない。だとしたら何だというのだ。陛下より任された大役には変わりない」
「あんたに手柄をくれてやる。今から俺たちは帝国領に向かって突っ込む。そうなると当然、帝国兵は騒ぎ出す。俺たちを捕まえるかもな。そこへあんたたちが登場。偶発的な戦闘が起き、帝国の砦は偶然、落ちちまう。あの帝国の砦はオーリー平原と帝国本土をつなぐ、補給線の要地。あの砦が落ちれば、オーリー平原の帝国兵は浮き足立つ。撤退するかもな」
「そんな馬鹿な誘いにのると、本気で思っているのか?」
「なら、サービスだ。砦の攻略にまでは付き合ってやる。それに、いいことも教えてやるよ。王都じゃあ、帝国にやりたい放題されている現状に、貴族や王に対する不満が今にもはちきれそうなくらい膨らんでいる。そこへ、紅獅子ハインツが帝国の砦を落としたと国民が知れば……貴族は無視するだろうが、国民は放っておかない。あんたは一躍時の人。オーリー平原の奪還作戦を任されるかもな」
「……なるほど。悪くない取引かもしれない」
「アズス」
「申し訳ありません……」
「おいおい。あんた、こんな辺境にいすぎて、牙が抜けちまったのか? 命令に従っていたら、紅獅子ハインツは今ここにいない。上官の命に逆らったからこそ、今のあんたがある。違うか?」
「あの馬鹿な突撃で、訓練学校時代からの友は皆、死んだ。俺の短慮のせいでな。命を助けた仲間も自分を責め、結局、兵士として役に立たなくなってしまった……。だからもう二度と命令に逆らわない――俺はそう誓った。貴様のようなスレイヤーごとき口車になんぞ、乗るものかっ」
ハインツは吐き捨てた。
「なら、無理矢理押し通る、か」
「それをしたら、殺す。言っておくが、脅しではないぞッ」
ハインツは巨大な戦斧を取り出すと、地面に突き立てた。
しばし睨み合う。
最初に目をを反らしたのは、ユリアス。
「……リシャール、行くぞ」
「あ、はい……」
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