王立図書館(3)

 王都だけあって、でかくて豪華な建物には事欠かないが、それでもスレイヤーの王都支部は他を圧倒するような威圧感をたたえている。

 周囲を囲む高い塀にちょっとやそっとでは押し入れない硬く閉ざされた門には、スレイヤーの象徴、火喰い鳥が刻まれていた。

 建物の方もそこかしこに見張り台を備え、籠城でもするのかと思うほど。

 王都の中心地であるはずなのに、人々はこの建物を避けていた。

 扉を押し開け、建物の中に入る。

「いらっしゃいませ」

 制服姿の女性に迎えられる。

「ユージェニーはいるか? 会いに来た。俺は」

「ユリアス様とリシャール様ですね。支部長から話は聞いております。ユージェニー様は奧の私室でございます。ご案内します」

「いや、大丈夫だ」

「かしこまりました」

 女性に見送られ、奧に通じる廊下を進む。

「……スレイヤーの支部にしては、手薄なんですね。人もあまりいませんし」

「さっきの女、あいつ、スレイヤーだ」

「本当ですか? 普通の女性にしか見えませんでしたが……」

「かなり血を知ってる。目ん玉が空洞だった。普通の人間じゃねえ」

 廊下の突き当たりに、火喰い鳥の描かれた木製扉があった。

 中に入ると、そこは書斎。

 執務机では、ユージェニーが作業をしていた。

「あら、ずいぶん早かったわね」

「まあ……正直、うまくいかなかった。で、お前に意見が聞きたくてな」

「いいわ。お父さんの行方、よね。困った時はお互い様、だもの」

「助かる。……ちょっとこれを見てくれ」

 ユリアスは城の描かれた絵を見せる。

「これ、どうしたの?」

「オヤジが大事にしていた絵なんだ」

「実は図書館で調べたのですが、一枚の絵に時代が全く異なった技術が使われているようなんです。このような絵は見たことがなかったので」

「……みたいね」

「分かるのか?」

「絵画は専門外だけど、ここまでタッチが分かりやすいとね……。でもこのお城、まるで童話の双子の王の住まう城みたい」

「お前もそれかよ。リシャールも同じこと言ってた」

「だって有名な話だもん。はぁ……。寝物語に聞かされて、私はお姫様になって双子みたいな王様のお妃様になりたいって思ったもんよ」

 ユージェニーは絵を、ユリアスに返す。

「親が錬金術師だと知らなかった頃の淡い夢か……。で、何か分かったか?」

「全然。言ったでしょ。絵画は専門外。錬金術師の領分に絵の鑑定は入ってないの。でも……巫女母マザーなら分かるかも」

「マザー?」

「ドルイドの長よ。一度、彼女から仕事を請け負ったことがあってね」

「連中が依頼? 連中の手にも負えなかったのか?」

「神域から外に出るつもりはないんですって。グリフィンやコボルとが何頭かね。で、仕事を終えたあと、興味本位でマザーと話したの。そうしたら、仕事の迅速さと手際の良さを褒められたわ。何かしら道に迷うことがあれば、光をくれると言われたの。私に迷いはない。迷えば死ぬ。スレイヤーはそういうものだから。でも、今のあなたには必要だと、思わない?」

「マザーはどこにいる?」

「待って。まだダメ。ちょっとそんな顔しないでよ。私はあなたを王国兵から救いだし、しるべを教えてあげようっていうのよ。あなたは、借りが大嫌いでしょ。仕事をしてくれれば、マザーの居場所を教えてあげる」

「いいだろう。何を狩ればいい?」

「スレイヤー」

「……なるほど」

「王都から徒歩でだいたい一日くらいの距離の場所にヴァルサという村があるんだけど、村の人々が皆殺しにされたの。王国はてんやわんやよ。帝国が領土を侵してるところに、魔物騒ぎなんだから。彼らは討伐軍を送りこんだけど、誰一人、王都には戻らなかった……」

「ヴァルサの吸血鬼か」

「知ってるの?」

「ここに来るまでに演説をしているじいさんがいてな。そいつが言っていた。で、王国は知ってるのか。相手にしているのがスレイヤーだと」

「いいえ。ただの魔物だと思って、私のところに依頼してきたの。もちろん話すつもりもないわ。真実を話せば、スレイヤーが魔女狩りの標的にされかねない。【酔う】のはあくまで、限られたスレイヤーだけ。殺された兵士たちの遺族への賠償金だっていくらでも積むし、葬儀費用もこっちが出す。でもスレイヤーであることを王国に話すことだけはできない。これだけは譲れない」

「分かった……。借りの帳消しの為じゃない。まあ、一応、同業者に対する慈悲って奴だ」 ユージェニーはほっとした顔をし、口元をほころばせる。

「助かるわ。これがそのスレイヤーの情報……」

「やめろ。殺す奴のことなんざ、知る必要がない」

「そうだったわね。ごめんなさい。景気づけに酒でもどう?」

「今から行く。そいつはヴァルサの村に居座ってるのか」

「そうよ」

「死骸はどうしたらいい?」

「そのままに。あとで死骸のある場所を教えてくれれば、こっちで回収するわ」

「分かった」

 ユリアスたちはスレイヤーの支部を出る。

 歩きだしてしばらくして、

「【酔う】とは何ですか?」

 リシャールが口を開いた。

「なんだ、深刻そうな顔して黙ってると思ったら、そんなことが聞きたかったのか?」

「……私はスレイヤーではないので。部外者が聞いていいのか……」

 大した話じゃない、とユリアスは言った。

「魔物の血ってのは、猛毒だ。その返り血を浴びれば、たとえそれが飛沫しぶきにすぎなかったとしても、普通の人間の肉は爛れ、血液は沸騰し、骨は朽ちて、やがて死ぬ。が、スレイヤーってのは強靱な精神力と肉体を持つ。だからこそ、魔物狩りで身を立てることができる。だが、どれだけ強靱な精神力と肉体を持っていても、人間であることに変わりない。塵も積もればなんとやら。毒素が溜まれば心身を少しずつ蝕まれていく。それも皮肉なことに強靱な心身があるせいで、死ぬことが許されず、発狂しちまう」

「しかし、発狂しただけで王国軍の討伐軍を返り討ちにできるものなんですか。いくらスレイヤーでも、軍隊をたった一人で退けるなんて無理だと思うのですが」

「ただ発狂するだけじゃないんだよ。血を追い求める魔物に成り果てる。散々、殺し抜いた獲物と同じ存在に堕ちちまう。俺たちはそれを【酔う】と言っている。これは他のスレイヤーを守る為の、絶対の秘密だ」

「魔物を相手にする危険だけではなかったなんて……」

「ま、ドルイドのマザーを紹介してもらわなきゃならないからな。同業のよしみで、引導を渡してやるさっ」

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